暑すぎる日に打ち合い(在学中)

 暑い。汗を吸った服が肌に纏わりつくし、不快感も増す。極制服だって例外ではない。伊織先輩に「極制服にも冷却効果を!」とか要求を通しているけど、優先順位は低い。犬牟田先輩も極制服及び生命戦維の研究に参加しているけど、極制服によるエアコン効果の実装は、まだ先が遠そうだ。あの渋面を見ればわかる。先輩との打ち合いを終える。動いたせいで汗だくだ。先輩も相当なものだけど。
「ここまでにしましょう」
「まっ、まだまだだ! 三本勝負のはずだったろ!!」
「じゃぁ、今ので決まったってことで」
「逃げるのか!?」
「いや」
 暑苦しい先輩といると、余計に暑くなる。パタパタと極制服の胸元を抓んで、空気を送る。前後に服を揺らしても、生温かい風しか起きない。ポタポタと、汗が落ちる。ムワッと熱気も昇ってきた。
「暑くて、シャワーを浴びたい」
 そういいきると、先輩がポカンとした。私と同じように、熱気が昇ってる。頭から湯気を出しているし、ポタポタと全身から汗を掻いている。もう、この体育館自体が熱気を籠ってるでしょ。三つ星専用体育館。空調設備はどうした。
(『心頭滅却火もまた涼し』といっても)
 流石に、これじゃあ元も子もないでしょ。グッと極制服の袖で汗を拭う。あぁ、これも洗わなきゃ。予備に、体操服があるといいんだけど。ないかな。まぁ、漏洩と警備の面もある。ないだろうな、流石に。あっても生命戦維の入ってないようなものだろう。そういえば、サクッと設備と構造を頭に入れただけで、詳細は覚えていない。よく使う先輩の方が、覚えているだろうか。
「その、ここにシャワー室なんてありましたっけ? あと洗濯機とか」
「お、おう。あるけどよ。流石に洗濯機は」
 ねぇぞ、だろうか? まぁ、あるならあるでいいや。最後まで話を聞かず、指差した方へ向かう。「あ、おい! 待てっていってんだろーが!!」そう先輩が叫ぶけど、『待て』とは今聞いたばかりだ。
 広い体育館の中を歩く。このフロア自体が大きくて、その次に連動するエリアがある。そこはちょうど、学校にあるような廊下の造り、その面影を残していた。いわずもがな、本能字設計である。後ろからついてきた先輩が、追い付く。「場所、わかんのかよ」といってるが、汗を気にしてほしい。私の頭に汗が落ちてきた。ポタポタ雨宿りか。「えぇ」とだけ答えて、通路を歩く。壁にあるマップを見れば、なんとなくわかる。
 歩いて、通路を曲がって、様々な施設を見る。トレーニング用品も置いてあったのか、ここ。体を鍛える分には良さそうだ。しばらくして、シャワーの形に記号化したプレートを見つけた。その横に、扉がある。ちょうど扉の上から少し下がった高さに、プレートが打ち付けられてある。
「男女兼用?」
「んなわけねぇだろ。女性専用はこっちだ」
「隣。どうして?」
「あー、野郎が間違って入らねぇようにするためだろ。なんちゃらってヤツだよ」
「そうですか」
 無意識に右を選んでしまう性質なのだろうか? 社会が形成する要因は大きい。先輩の前を通り抜けて、隣のシャワー室に入る。
「では、そういうことで」
「お、おう」
 一方的に打ち合いの終了を告げると、先輩がたじろぐ。まぁ、了承は得れた。さっさと浴びることにしよう。
 シャワー室に入る。いきなり浴びれるのではなく、更衣室みたいな感じに広がっていた。給水機も常備してある。ありがたい。すぐに紙コップを取って、水を入れた。一杯、二杯。乾いた体に水分が染み渡る。
「プハァッ」
 やっぱり、三つ星と一つ星、一つ星と二つ星じゃランクが違うな。特に設備の面。ここまで手厚いのは、二つ星にないだろう。多分、ベンチと扉で区切ったシャワー室だけ。ちゃんと男女で分かれているだろうとは思うけど。
 壁の凹んだエリアに近付く。ラタンの籠から畳まれた白いタオルが見えるし、横の空いた空間は、使ったタオルとかを入れるところだ。近くの開かれた棚を見る。他にも清潔なタオルが、ラタンの籠に畳まれてあった。
(ありがたい。フェイスタオルは二枚、バスタオルは一枚で足りるかな)
 とにかく、早く服を脱ぎたい。シャワーを浴びてサッパリとしたい。空の籠が重なってるのが目に入る。こちらもラタンだ。それを一つ取り、ベンチに置く。ポイポイと脱いだ服も全部入れた。汗で湿った下着も入れる。シャンプーとかボディソープは、もう中にあることを祈ろう。浴室みたいな扉を開けた。完全に個室に近い。ちゃんとシャンプーやボディソープ、コンディショナーの一式がある。あっ、トリートメントもある! ラッキー!! いい匂いだし、これ絶対最高級のところだ。質がいい。ボディソープの泡立ちもいいし、気持ちお肌がスベスベになったような気がした。至りつくセリだ! やっぱり、三つ星はどこをとっても質がいい。その代わり、業務の量は過酷だけど。修羅。備え付けの洗顔フォームで顔を洗っていたら、ふと気付いた。
(あ、着替え)
 正直服は我慢できるとして、下着は我慢できない。ちょっと確認した方がいいかもしれない。体を洗い終わってから。
 サァッとぬるま湯を浴びる。人肌程度のお湯で全身の泡を流し終えてから、冷水を浴びた。体をクールダウンさせる。プール入りたい。のびのびと泳ぎたい。キュッと栓を閉めて、体と頭を拭いたタオルで髪を纏めた。
 バスタオルを手に取る。体の水気をもう一度拭いて、胸から巻き付ける。浴室前にあったスリッパは、こういう意味だったのか。タオル生地のスリッパも履く。パタパタと脱衣所全体を歩く。探してみたけど、なかった。
(しまった。まぁ、置いてあったとしても、万が一侵入者の隠れ蓑に使われる可能性もある。ないのはわかるけど、なんというか。その)
 ──せめて、洗濯機がほしい──。仕方ない、伊織先輩か裁縫部の人たちに任すか。
(伊織先輩には悪いけど、伊織先輩だったら服の一着も作れるだろうし。下着も、もしかしたら用意してくれるかもしれない)
 この前、女性用下着のパンフレットとか分厚いの、取り寄せてたし。デスクの上に置いてあったはずだから、作ってくれるか作れるはずだと思いたい。通信用のデバイスを取り出す。電話、全然繋がらない。
(まいったなぁ。圏外だ)
 仕方ない、ちょっと出よう。お風呂上がりのまま、シャワー室の脱衣所を出る。ガチャっと音がした。
(あ、繋がった)
 圏外の表示が消えて、アンテナが一本立つ。ちょっと動かせば、アンテナが二本立った。もう少し離れれば、ちゃんと繋がりそうだ。
 開けた扉から離れる。トレーニング室へ近付こうとしたら「は?」と声が聞こえた。した方へ振り向く。お風呂上がりの先輩がいた。
「あっ」
 しかも服を着ている。脇に抱えた籠に脱いだ服を入れていた。いいな、ジャージがあって。しかも緑色だ。特段変わったデザインはしてなくて、中のシャツが体操服に近い感じのデザインだ。段々と先輩の顔が赤くなる。ポカンとしていたのに、おもむろに眉を釣り上げだした。あ、これぞ怒髪天を巻くって顔だ。すごく怒ってる。肩を震わせると、突然叫び出した。
「なに裸で出てきてんだ! 馬鹿か、テメェはッ!!」
 そう叱りつけるや否や、先輩が私を脱衣室へ押し込み始めた。肩を掴まれて、クルッと半回転。正面を脱衣所に向けられると、アンテナが一本減った。あっ、落ちそう。胸元のタオルを掴み直すと、後ろで息を呑む音がする。そのままドンドンと張り手みたいに背中を押されて、あれよあれよという間に押し戻されてしまった。
 バタンっ! と大きな音がする。開けようとしても、先輩が外から背中で押さえつけているので開けられない。「先輩」と呼びかけても、答えはなかった。
「あの、着替えを取りに行きたいんですが」
 答えはなし。無言だ。無視をしているんだろうか? それでも、このまま閉じ込められると不便である。なにかあったときに対処できないし、服も下着も生乾きになってしまう。
「洗濯もしたいし。せめて、下着と服の着替えだけでも」
 連絡しようかと、といいかけたら先輩の首が動く。斜め下に傾いた。なにか、考え込んでいるのだろうか?
「せめて、電話だけでも」
 そう切り出すと、沈黙が返ってきた。そのまま待つ。やがて、扉の向こうから小さな声が聞こえる。黙っていると、声は大きくなった。先輩の声だ。
「よ、用件はなんだ。いえば、取りに行ってやる」
「マジですか。じゃぁ、お願いします」
 お言葉に甘えて、伊織先輩へのお使いを頼んだ。数十分ほど経って、ノックする音が聞こえる。あの背格好の影からして、恐らく先輩だろう。ついでに極制服も洗濯して乾いたのを着てきたのか。いいな、羨ましい。色々なケアを中断して、扉に近付く。薄く開けると、顔を真っ赤にして顔を逸らす先輩がいた。
 無言でパッキングされた服を差し出される。隙間から暗い灰色の袋も見える。黒でツルツルのロゴを押したような、デザインがあった。オシャレだ。もしかして、頼んだ下着だろうか? 無言で受け取る。「ありがとうございます」と着替えを確認しながら伝えた。先輩は、動こうとしない。顔を逸らして天井を見つめたまま、下唇を尖らせていた。
「さ、さっさと着替えろ。伊織には、この点の不満も伝えたからよ」
「そうですか。ありがとうございます。どちらかといえば、改善点」
「んなこたぁどうでもいいだろ! とっとと着替えろ!!」
 まるでこれ以上我慢できないとばかりにいわれたので、慌てて扉を閉めた。離れて、自分の置いた籠に近付く。ずっと放置したせいで、生乾きの臭いを放っている。やだな、どうしよう。かなり洗濯をして、強を選んで乾燥機かけないと取れなさそうだ。とりあえず、パッキングされた服を取り出す。あぁ、ジャージ。それも緑色。
(ピンクじゃないんだ)
 シャワー室のプレート、シルバーに薄っすらとピンクがかかっていた。てっきりそれ繋がりだと思ったら違う。下は半ズボン。中のシャツである体操服も着やすい。着心地のいい素材だ。下着も肌に優しい素材だ。服を着終えて、身支度を軽く整える。脱いだ下着を服の中に隠してから、ラタンの籠を抱えた。シャワー室を出る。通路に出て、扉を閉める。男性用のシャワー室の前で、先輩が立っていた。というか、扉に寄り掛かっている。腕を組んで、まぁた渋い顔をしていた。
「洗濯する必要があんだろ。それ」
「えぇ、そうですね。このままじゃ着れませんし」
「つ、いてこいよ。近くに洗えるところ、あるぜ」
「本当に? ならありがたいですね。乾燥機もあると、なおさら」
「おう。あるに決まってらぁ」
 背中を向けて歩き出すと、いつもの調子に戻る。いったい、どうしたんだろう。不思議だ。ラタンの籠を持ち直す。ムワッと、生乾きの臭いがした。いやだなぁ。
 先輩の後ろを歩く。いつも使ってると聞くコインランドリーの亜種で、無事極制服を洗って乾かすことができた。


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