アラセイトウ

 スンッと良い香りがした。カーネーションもあるのだろう。ほのかに甘くて、スパイシーさがある。まるでクローブだ。お腹が空いてきた。見れば、食べ物じゃなくて花で。カーネーションの姿もなかった。勘違いだったのだろうか? とりあえず、今日はシナモンクッキーでも食べたい。そんなことを考えていると、先輩がこっちに気付いた。
「気になるのか?」
「いえ、別に」
(どちらかといえば、勘違いしただけ)と思うものの、口にすると億劫だ。先輩が距離を詰めて、顎を乗せてくる。
「買うか?」
「別に、そこまでは」
「けど、いいじゃねぇか。一輪くらい」
「そこまで長く持たせるとはいってない」
「一夜くらいの命、買ったっていいじゃねぇか」
「なんか、遊郭での口説き文句みたい」
「手入れをすりゃ、長く持つだろ。聞いてみようぜ」
「貴方がよければ」
 どうぞ、なんていってしまったけど『貴方』なんていわなきゃよかっただろうか。口を手で隠す。静かに盗み見ると、先輩が口を開けていた。ポカン、としている。なんか、やっぱり、変に感じたのだろうか? なにか、と口を開く前に先輩が消える。「ちょっと、行ってくるわ」なんていって、花屋に入った。私だけが置いてけぼり。なにを思ったのかは知らないけど、店の中で話し込んでいるようだ。(つまらない)いじけて座り込む。足元にあった花を眺めた。
 長細いバケツの中にあるというのに、花は元気である。栄養剤でも入っているのだろうか? 疑問ばかりを挙げていたら、先輩が戻ってくる。手にはさっきの花があった。
「それ」
「いいじゃねぇか。少しくらいよ」
「え」
『少し』ではないし『一輪』ではない。紫色と紅色、薄紫色とピンク色の花があった。全部で四輪。彩りは綺麗だけど、一輪というわけじゃない。
「なんでそんなに」
「聞いてみたらよ、色々とあるらしいぜ」
「なにが?」
「あー、いや。うん」
 やるよ、と押し付けてきた。やっぱり、育てる気はないんじゃ。仕方なく受け取る。甘く香水みたいな匂いがした。(いい匂い)うっとりして、花を抱き寄せてしまった。
「ちゃんと、俺だって面倒を見るぜ?」
「そう」
「おう。ちゃんと、専門家から聞いてきたからな。長持ちさせる方法」
「そっか」
「あぁ。枯れた方を取れば、持つらしいぜ」
「枯れるんだ、やっぱり」
「それでも、他のと比べりゃ随分と持つらしいぜ」
「そう」
「ドライフラワーじゃねぇしな。でも」
 枯れた方を取ると、持つらしいぜ、と先輩がいう。もう一度同じことをいって「なぁ、いいだろ?」と確認を取ってきた。(そんなこといっても)もう買った後だし、返品なんてできない。どうして、念を押すようなことを聞いてくるんだろう。
「いいよ」
 と返せば、先輩の頬が緩んだ。


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