リモートワーク

 長い外出要請の中、ついに先輩がキレた。「コンニャクくらい一人で作れるだろ!」「販売しなきゃいける!!」「俺が動かなきゃコンニャク業界が倒産する!」「卸す用のコンニャクくらい作らせろ!!」云々かんぬん。結局、お義父さんの一声で許可が下りたわけだけど。──コンニャクを一人で作って動くということはつまり──私は休みというわけだ。実質、無期限の有給扱い。少し居心地が悪いので、しばらく家事をしよう。出先に関することは先輩がやってくれるので、とりあえず家事の分担を整理して。そんなことを考えたら、すっかり夜になってしまった。
(しまった、ご飯の支度してない)
 もしかしたら「またかよ」なんて飽きられてしまうかもしれない。わたわたと動き、キッチンに入る。しまった、まだハイターに配管を浸けたままだった! 水仕事もできない。(どうしよう)もう、レンジで済ませるだけにするか? でも、せっかくここまで頑張ったんだから、ご褒美に美味しいものを食べたい。色々と考えて、冷蔵庫を開ける。なにもない。どうしよう、買い出しするのも忘れた。
(リスト作って、渡しておけばよかったかも)
 店に並べる分がない分、明日と今日の仕込みに集中できる。その分を引いて考えれば、仕事はもう終わるはず。どうしよう、お風呂だけ先に用意しようかな。そっちだと、まだ準備はできるし。
 とりあえず、お風呂を張る。ピカピカだから、入浴剤もあるのを入れよう。あ、先輩の意見を聞いてからでいいか。時間は、一〇分経ったら見に行くつもりで。飲み物は、麦茶飲ませればいいか。入る前になにか食べると、胃に負担かかるらしいし。そんなことをうだうだと考えてたら、先輩が帰ってしまった。ガチャリとノブが回る。
(どうしよう。『先にお風呂入って』っていおうかな)
 予行練習を頭の中にして、出迎える。開く玄関を内側から引き寄せると、ピザを見せつけられた。
「あっ」
「わりぃ。買っちまった。要るか?」
「あ、うん」
 勝手にしちゃったのらしい。ホカホカだからか、袋が曇ってる。湯気が水滴となって、線が出来ていた。そこだけが透明。声色から疲れてるし、見上げれば疲れてる。そんな顔色を見てから、道を譲った。
「ありがとう。ちょっと、用意できなくって」
「ん、そうか。疲れてんのか?」
「どちらかといえば、美味しいのを食べたい気分かも」
 そう弱音を零せば「ん」と先輩がピザを差し出してくる。よく見れば、作務衣にブルゾンジャケットを羽織っている。「服は?」と聞くと「面倒臭くてこのまま出掛けちまった」と返ってくる。
「そんな。せめて持って帰ればよかったのに」
「このまま出掛けりゃ楽だろ? また着替えりゃいいし」
「店にあるのが」
「それ着て帰る」
「作務衣は?」
「勿論、持って帰るぜ?」
 なら問題はない。ピザを受け取って、リビングに戻る。入ると、後ろで先輩が玄関の鍵を閉めた。テーブルにピザを置けば、先輩がカーペットに倒れた。
「あー、クソッ。久しぶりだから腕が鈍ってたぜ」
「それはご愁傷様。早く腕が戻るといいね」
「本当にな。早く、前みたいに捌けるようになりたいぜ」
「今は卸す分だけこなせばいいと思うよ。どうせ、まだ続きそうだし」
「あー、チクショウ」
 すごく項垂れてたので、クッションを渡した。仰向けだけど、喉を反らして大の字になっている。疲れたんだろう、胸に置いたクッションをギュッと抱き締めた。
「千芳よ」
「はい」
「普通、そこは抱き締めてくるところじゃねぇか?」
「そうでしょうか。ギュッと抱き締めたので、それでもいいのかと思って」
「だー、チクショウ。欲をいやぁ、お前が良いんだよ。あー、クソッ。千芳」
 千芳、千芳と狂ったように私の名前を連呼した。なんだこれは。急に駄々っ子になって。先輩の手からクッションを取れば、バタバタ床を叩いた手足が止まる。ピタッとなったものだから、思わず手を伸ばした。
(抱っこかな?)
 まるで三歳児みたいに抱きかかえられるかと思ったら、グイッと男の人がきた。成人男性の力である。そのまま、ギュッと抱き締められる。
「やっぱ、お前がいないとダメだわ」
 そう落胆混じりにいわれると、どう返していいか、わからない。ギュッと抱き締め返す。「パワー、出ました?」とその場限りのことを聞けば「おう」と返ってくる。そのまま、ずるずると起き上がった。
「ちょっと出た」
 なら、どうすればもっと出るんだろう。と思ったら、先輩が髪に鼻を埋めた。スーッと、匂いを嗅がれる。
「それ、元気出るの?」
「おう」
 やっぱり、男の人ってわからない。けど、私も先輩の匂いを嗅いで落ち着くのだから、お互い様かとも思った。


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