先輩は照れる

 猿投山渦。猿投山こんにゃく本舗の次男坊であり、本能字学園において生徒会四天王運動部統括委員長の立場にいた。性格は人情味に厚く少々身内を贔屓する癖がある。そしてこんにゃく好きであり熱い郷土愛を持っている。一言でいえば『熱い』人間であった。居場所のないはぐれ者や不良たちに居場所を作るために、北関東番長連合の代表として纏め上げた過去を持つ。彼らとの熱い親交は今も続いている。
 さて、このように猿投山渦は熱い人物であり世話焼きの一面も併せ持つので、近所の悪ガキどもには格好の相手だった。
 猿投山は実家のこんにゃく本舗でこんにゃくを切って、水の張った桶へ入れようとしていた。居候の千芳はといえば、カウンターでこんにゃくの値段表を見ながら暇を潰していた。
 千芳の白い指が、ショーケース内にあるこんにゃくの形をなぞる。値段表と見比べて商品を頭の中に叩きこんでいた。その微かに傾いた顔を、猿投山は盗み見る。ボーっと千芳の顔に見惚れていたら、突然の来店があった。
 先刻の悪ガキどもである。
「ばんちょー! 今日も遊ぼうぜぇえ!!」
「こんにゃく切ってないで俺らと遊ぼうよー!」
「ぬおっ!? いらっしゃいませー、って。なんだ、お前らか。どうしたぁ? 母ちゃんから頼まれたお使いか? えらいな、えらいなぁ」
「ちげぇよ! さっきの聞いてた!?」
「俺ら、猿投山のおにいちゃんと遊びたいのー!!」
「『猿投山のお兄ちゃん』? 先輩のお兄さんとですか? ごめんなさい。今、外に出ていて」
「ちっげぇよ、ねえちゃん! 俺はばんちょーと遊びたいの!!」
「コイツなの、コイツー!!」
「おい! 年上に向かって『コイツ』呼ばわりするんじゃねぇよ! せめて『猿投山さん』だろおがッ!!」
「近所のにーちゃん」
「さ、猿投山こんにゃく本舗本場の味を、お前の家にお届けしてやろうかッ……!?」
「先輩、落ち着いてください。君たち」
 千芳は値段表を畳んだあと、カウンター越しに悪ガキどもを見る。
 悪ガキどもは千芳を見上げる。見惚れる悪ガキに気付くことなく、千芳は尋ねる。
「渦お兄ちゃんと遊びたいの?」
(うっ、『お兄ちゃん』呼びも中々心臓に来るな)
「うん、遊びたい! 俺、渦おにーちゃんと遊びてぇ!!」
「俺ら、渦おにいちゃんと遊びたいんだ、おねーさん!!」
「おいおい!? 掌返しすぎるだろ!? さっきまで俺のことを『番長』だが『近所の兄ちゃん』とかいってたガキどもが、なにを今さら『渦お兄ちゃん』呼ばわりを」
「渦おにいさまは黙ってください」
「黙りやがれこんちくしょー」
「ぐっ! だ、誰だ! ガキどもにこんな言葉遣いを教えたのは……!!」
「最近のアニメは面白いですからね。先輩も、息抜きをしてきたらどうです?」
「はっ? いや、仕事、持ち場離れることはできねぇだろうが!?」
「大丈夫ですよ。この時間になると人も少ないし。それに、お義兄さんがもう少しで帰ってくるはずなので。大丈夫です」
「だ、大丈夫って、お前なぁ。俺が心配しているのはそこじゃなくてだな」
「店番のねえちゃんが良いといったんだから、遊ぼうぜ! 渦おにいちゃん!」
「遊ばねぇと遊ぶまで纏わりつくぞこのやろー!!」
「ふふっ。子どもたちと一緒に店番します?」
「くっ……! しゃぁねぇ、遊んでやるとしますかぁ!」
「やったー!」
 悪ガキどもの歓声が小さな店に響く。猿投山は仕事に使った手ぬぐいとエプロンを外すと、千芳に渡した。
「わりぃが、戻しておいてくれるか?」
 千芳は渡された紺色のエプロンと白い手ぬぐいを見て考える。
「これ、使ってもいいですか?」
「はっ!?」
「お義兄さんが来たらこんにゃくの切り方、教えてもらおうかなぁと思って。そうしたら、一人でも店番ができるし」
 猿投山の淡い期待が消え、嫉妬が生まれる。こんにゃくの切り方を教えるということは、べったりとくっ付いていることに他ならない。例え身内でも他の男が千芳の近くにいることを、猿投山は面白くなかった。
 千芳の目に『着用の許可』を待つ淡い期待が宿っている。純粋な瞳の期待を無碍にできない猿投山は、ぶっきらぼうに返した。
「あー、いいけどよ。でも、こんにゃくのイロハが俺が教えてやるから、その」
 純粋な期待を乗せる千芳の視線を受け切れず、猿投山は視線を逸らす。
 千芳の視線を自分から逸らすように、千芳の頭をポンポンと撫でた。千芳の注意が頭を撫でる猿投山の手に移る。
「兄貴には、教えてもらうな。今度のシフトんときに、教えてやっから」
「はぁ、そう、わかりました」
「ん、わかりゃあいいんだ、わかりゃぁ」
「おい! 俺、ドラマで見たことあるぜ!! こりゃしっとだ!」
「わっかりやすいしっとだなぁ」
「待てやクソガキども!」
「ひゃー! ばんちょー怒った!」
「そら逃げろー!」
 照れから一転して怒髪天を巻いた猿投山は、店から逃げ出す悪ガキどもを追いかける。一回りも年が下の子どもに心中を察せられた羞恥心もあった。
 千芳はダッシュで追いかけた猿投山の背中を見送る。ガランとした店内を見回す。埃が宙に浮いていた。
(やっぱり、先輩がいないと寂しいな)
 そんなことを思いながら、箒と塵取りの準備を始めた。


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