帰り道の寄り道

 帰り道にコンビニに寄る。ついでになにか買うもんあったら、買っておくか。そう思い、スマホを出す。千芳に電話をかける。数秒後、コール音のあとに千芳が出た。
『はい、もしもし』
「あっ、俺だ、俺。今コンビニだけどよ、なにか買ってくるもんあるか?」
『うーん……』
 悩む声が聞こえる。多分、首を傾げたな。スリスリとスマホが擦れる音がした。
『あっ』
「ん?」
 とりあえず気になる雑誌は、ないか。
『コンドーム、コンドームを買ってください』
「ブッ!? は、はぁ!? な、なにいってんだ!」
『え? 近藤さんとかいうアレでは……? ほら、あっても困るものじゃないし』
「そ、それはそうだがなぁ……」
 だからって、公共の場でコンドーム近藤さんと連呼するのはどうかと思うぞ!? 手で隠し、辺りを見回す。幸い気付かれていないようだ。ふぅ、と息を漏らす。
 おっと、これでも気付かれちまう可能性がある。
 息を潜め、千芳にいった。
「つってもお前、途中でバテるじゃねぇか……」
『は? なにいってるんです? 非常用の備えについて、いってるんですよ?』
「は?」
『非常袋の整理をしてたんです。が、水を入れる備えが不十分だな、と思って。軍用にもあるし、そういう使い方も推奨されてますし』
 呆気に取られて、コンドームを見る。薄型0.02mmとあって、そんなことは一切書かれていない。
 んな使い方、あるか。
『それに、足湯として使えるってあったんですよ? なんか、水かきみたいに。あれ、やってみたいなぁ、と思って』
 俺は、セックス以外に思いつかねぇんだけど。そういいたいのを堪え、返す。
「そ、そうか……」
『えぇ。あ、もしかして知らなかったんですか?』
 千芳のその一言に、己のプライドが揺れる。
 ここで俺に二つの選択肢が現れる。一、『知っている』と答える場合。この場合、非常にまずい。いらん見栄張ったおかげでアイツの難しい話を延々と振られる上に、途中でわからん質問を投げられる。二、『知らん』と答える場合。これはまだマシだ。多少呆れられるかもだが、こういえばアイツはちゃんとコッチに合わせて話を始める。置いてけぼりになるよりゃ幾分マシだ。
 なので、二しかないだろう。間違って三の『話を濁す、変える』をした場合、アイツの機嫌を損ねることは間違いないので、その手間を省くためには間違えてはならんぞ、俺。
 言い方に注意して、千芳に答える。
「あぁ、知らなかったぞ」
『あら、そうなんですね……。SNSでも結構パズってますよ? やってませんでしたっけ?』
「やっちゃいるが……。そもそも、俺とお前の趣味は違うだろ。興味あるやつも違うし」
『それもそうでしたね、興味の範囲で流れてくる情報違いますもんねぇ』
「おう……そ、そうなのか?」
『うん、そう』
 あっ、砕けた。
 そう思いながら、別のコンドームを取る。
「なら、ゴムの種類も違うか? どれを使えばいいんだ」
『いや、そこまでは……。ただコンドームとしか書かれてなかったし……。もしかして』
 千芳の声が低くなる。おい、俺はなにか下手を踏んだか?
『なにか、いやらしいことを考えてません……?』
「阿呆か。んなもん、最初の内に思ってもうとっくのとうに消えたわ」
 今更かよ。気付いたの。
 そう思いながら、性行為と切り離して、あくまで【軍用で非常時による水を入れるためのタンク】としてゴムを選ぶ。
 決して、【ミルクを入れるためのタンク】とか、しょうもない下ネタを考えていたわけじゃないぞ。おう、決してな。
 そう己に言い聞かし、千芳のオーダーに答える。
「じゃあ、適当に丈夫なのを選べばいいか?」
『じょう、ぶ……?』
「あぁ、こっちで適当に選ぶわ。使っても問題なさそうなやつにもするし」
『……馬鹿ッ!!』
 おっ? 怒った。しかも気付いたな?
 俺の意図に気付いて取り乱した千芳に、ニヤニヤを隠しきれねぇ。電話の向こうで「もう」「まったくもう」「あぁ……」と恥ずかしさで項垂れる声が聞こえる。あー、チクショウ。これがたまんねぇんだよなぁ、こういうの、俺しか知らねぇんだよな。なんか、無性に嬉しいぜ。
 そう思いながら、千芳の喜ぶヤツと普通に分厚いやつを買う。後者の方を入れときゃ、非常時になっても打たれることはないだろ。
 照れ隠しに怒鳴る千芳のことを思いながら、コーナーを移る。
「他に買うもんはあるか?」
『あぁ、じゃぁ……』
 布擦れのあとに、歩く音が聞こえる。ガチャッと冷蔵庫の開く音もした。
『あー……。じゃぁ、今、どこのコンビニいるんです?』
「あ?」
 思わず窓の外を見る。確か、看板は緑と白だったな……。
 千芳にコンビニの名前を教える。すると、千芳の声が嬉しそうになった。
『やった! じゃあ、食べてみたいものがあるんです。確か、チーズが入ってる肉まんで……。とても美味しいと紹介がありました』
「……そうか」
『なので、買ってきてくれると嬉しいです』
 ……俺にはわかるぞ、わかるぞ。
 千芳は謙遜していっているが、俺にはわかる。きっと、買えば今以上に千芳の嬉しい顔が見れるということを。
 クソッ、電話越しでしか聞けねぇのが悔しい! どうせなら千芳の顔も見たかった!! けどテレビ電話にしたら速攻で千芳が電話を切るので、俺は非常時でない限り使うことは避けている。
 スナックコーナーを通り抜け、肉まんの上に立つ。ちょうど、二つあるな。それに俺以外に客はいない。
 じゃぁ、買えるな。よし。
「おう、わかった。じゃ、買って帰るわ」
『やった! ありがとうございます!! じゃぁ、楽しみに待ってます』
「おう……」
 電話でしか千芳の声を聞けねぇのが、非常に苦しい……。今すぐギュって抱き締めてぇ……。
 悔やみきれない思いを胸中に抱きながら、清算を済ませる。肉まんと、ゴムと魔剤はそれぞれ別の袋に入った。利き手で二つの袋を持つ。
(熱いうちに、帰るか)
 恐らく家で胸を高鳴らせているであろう千芳の顔を思い浮かべながら、俺は家路に走った。

 * * * * * *

 玄関を開けると、酢飯の匂いがする。夕飯、酢飯なんだろうか。
 そう思いながら靴を脱ぎ、声をかけた。
「ただいまー。帰ったぞー」
「はーい、お帰りなさーい」
 極めて反射的に返した声である。が、肉声で聞けることが非常に嬉しい。
『手を洗って』と煩いほどいわれるので、先に手を洗いに行く。まぁ、肉まんも食うことだ。手洗いしとくか。ワンプッシュし、泡を出して洗う。一応、爪の間も洗っとくか。念には念を入れて、とのこともあるし。あっ、ゴムはここに隠し……いや、やめておこう。
 尻ポケットに買ったゴムの一つを入れ、ダイニングに行く。千芳の背中を見る。寿司桶で、なにか掻き混ぜているようだ。
(酢飯だな)
 アレを使って酢飯じゃないことは、まずないだろう。しかし、一応聞いておく。
「なに作ってんだ?」
「酢飯。コンニャクの酢飯です。余ってるでしょう?」
「ん、んー……。まぁ、な」
 猿投山こんにゃくのコンニャクはそりゃぁもう、日本一と謳ってもいいほど美味いが、それと一日で捌ける量は別だ。中には失敗コンニャクもある。切れ端もある。
 そういうのは、生産者である俺たちの口に入るのだ。
 手を伸ばし、千芳を抱え込む形で酢飯を味見する。
「ん、まぁまぁ美味いな」
「褒めてる?」
「褒めてる」
「ふーん」
 千芳の訝しい目が気になるが、今は無視する。人参のほろ甘さとコンニャクのプリっとした柔らかさ、それに酢飯。うん、相性は最高だな。
 やはりコンニャクは和食に合う。そう思いながら、手元のコンビニ袋を千芳の目元まで上げる。
「肉まん、買ってきたぞ」
「わぁ!」
 瞬間、それを見た途端、千芳の顔が輝いた。目の前で、そりゃあもう、キラキラと、嬉しそうに。
 クソッ、心臓に悪い。煩い心臓を千芳の背中から離し、調理台にコンビニ袋を置く。
「あと、いわれたもんも買ってきたぞ」
「ゴム……?」
 ガサゴソと袋の擦れる音がする。
「えっと、これが非常用に良いって、ことなんですか?」
「……知るか!」
 わけのわからん話に付き合わされた挙句答えを求められて、思わず突き放してしまう。しかし、千芳はそれでへこたれるどころか「ちぇっ」と悔しそうにいっただけだ。
 ある意味、こういう気分の切り替えは助かるんだが……。肉まんを取り出し、自分の分を食う。
「っつか、どこからソレが非常用に良いって聞いたんだよ。犬牟田さんか?」
「まぁ、お互い気付かない振りをしつつも相互フォローですから……。まぁ、うん、かなぁ」
「んだよ、まどろっこしい。じゃ、違うということか?」
「んん、まぁ気付いてる可能性はあると思う」
「どっちだよ」
 犬牟田さんといいコイツといい、本当まどろっこしい話が好きだな。と思いながら肉まんを齧る。
 中華まんの皮の甘さのあとに、普通の肉まんの味がする。それからチーズが顔を出し、肉の固まりがデカくなる。おっ、ネギも入ってんな。
 千芳も作業を止めて、自分の肉まんを食う。
 ホカホカの肉まんに目元を緩ませて、出てきた湯気に目を輝かせて、大きく口を開ける。
 そして一口二口と、俺と同じように肉の固まりとチーズまで辿り着いてから、頬を綻ばせた。
「んっ」
 紅潮する頬に、緩む口元。楽しそうに食べて、伸びたチーズも美味そうに食べる。
 ……クソッ、こういうの弱いんだよな。明日も頑張るか、っていうつもりになるというか……。
 嬉しそうな千芳の顔にこそばい思いをしながら、俺は伸びるチーズを切った。
 コンビニではSNSではなくテレビ番組に取り上げられたとあったが、まぁ、余計な一言だと思うので黙っておこう。
 千芳と来たときにまたあったら、話の種にするくらいにしとくか。
 俺は自分のを平らげたあと、千芳に尋ねた。
「で、他にはあるのか?」
「ん、お味噌汁一品と、惣菜をスーパーでって思うんだけど、どう? たまには食べたいし」
「んー……」
 作り置きは、まだある。一日、俺を入れれば一回で終わるような量だ。
 もしくは、ついでにその材料を買い足しておくつもりか。
「いいぜ。そうすっか」
「ん、ありがとう」
 ……そう、一々感謝して嬉しそうに顔をヘニャッとさせるのも、心臓に悪いな。
 と俺は冷静に分析するものの、心臓が喉まであがってきて苦しくて仕方ないのであった。


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