短冊への願い

 七夕の行事はよく知らないが、とにかく短冊を書いて笹に垂らすことは知っている。最後にその笹を短冊ごと燃やして、天の川に願いが届くよう祈るのらしい。ルーツは、確か、書道の上達を願うことらしいけど。
 短冊に垂らす先輩の願い事を見ながら、思う。
「コンニャク繁盛」
「なんだよ、文句あっか。こーいうのはなぁ、自分の願い事を書くってぇのが、セオリーってもんよ」
 そう先輩は胸を叩いていうけれど、本当にそうだろうか。よく見れば『弊社をぶっ壊してほしい』なんていう切実な願いもある。人それぞれだ。というか時流をよく表してると思う。そんなことを思いながら、自分の短冊を眺めた。
 願い事は、なにも思いつかない。
「お前はなにを書くんだよ?」
「いえ、なにもないなぁ、と」
「はぁ? 欲のねぇヤツだな。なにかねぇのかよ。そうだな」
 私の手元を覗き込むなりそういった先輩は、グッと体を伸ばす。そのまま腰に手を当てて、顎にも手を当てる。その状態で目を空に流して考え込むと、なにか閃いたようだ。パッと口を開く。
「ん。なんかお前、欲しいもんあっただろ。それ書いておけ」
「なんでですか。そういうのは人に願うものじゃなくて、自分で手に入れるものだって」
「いーんだよ。こーいうのは、決意表明の場みたいなものなんかにも使えるからな」
(決意表明)
 果たして、それは本当なのか。体裁よくいっただけじゃないんだろうか? そう思うものの、その言い分には一理ある。
『決意表明』それも参考にして、短冊に書くことを考える。
(本来は、書道の上達。けれども願い事に今は変わったのだから)
 そう考えると、いいとこ取りをしてしまいたくなる。
 サインペンを軽く振る。幸い、ペン先が乾いてはいなかった。インクの様子を見てから、サラサラと短冊を書いた。
 先輩は、難しい顔をして、それを見ている。
「『世界平和』、ねぇ」
「なにか?」
 文句でも? と視線で問えば、先輩がギュムッと眉を顰めた。
「もう少し、こう、自分のことをいえよ」
「そういわれても。平和が一番だと思いますが? そうでなければやりたいこともやれない」
「そうだけどよぉ」
「なら」
 少し背を伸ばして、先輩の横に結ぼうとする。けど届かない。ヒョイッと先輩が短冊を奪って、私のをその横へ吊るした。これに少しだけ、居た堪れなさを感じた。
「全部ひっくるめてお願いした方が、お得だと思いません?」
「いいたいこたぁ、わかるがなぁ」
 ツン、と先輩の上唇が突き出す。ついでこちらには目も合わさず、明後日の方を向いて不満をいう。
「願い事は具体的に書いた方が、叶いやすいというぜ」
「じゃぁ、いいです。もう胸にちゃんと描きましたから」
「マジかよ」
「えぇ、マジです」
 先輩の言葉尻を捕らえて、言い返す。
「ですので、その方面でも抜かりはありませんから」
「書いた方がいいんじゃねぇの?」
「大丈夫です。先の一石二鳥がありますから」
「ふぅん」
 先輩の視線が私の書いた短冊に向かう。
「それが、『世界平和』でねぇ」
「というか、そもそも自分で叶えるべきものなので。お天道様にお願いするまでもないかと」
「お天道様にお願いした方が、グッと叶いやすくなるかもしれねぇぞ」
「そもそも、わざわざ公然の場で書く方が恥ずかしいです」
 そういうと、ギョッと先輩が目を大きくする。それからニヤニヤと笑い始めた。
「ほーう?」
「なに笑ってるんですか? 夕食のおかずで簡単に且つ美味しいのが手に入りますように、なんてことかもしれないのに」
「なんとなーく、いいたいことはわかるぜ? なんてったって」
 先輩がコソッと耳打ちをしてくる。「お前が『公衆の場で恥ずかしい』っていうときゃぁ、決まって俺に対して恥ずかしいと思うことなんだからな」と伝えてきた。図星すぎて思わず先輩の肩を叩く。肩と思ってた場所が胸で、しかも鎖骨の下であばら骨。「いてっ!」と先輩は思わず顔を顰めた。
「ご、ごめん」
「いってぇ……。かなり力入れて叩いただろ、お前」
「はい」
「否定しろよ……」
 そう先輩は項垂れるけど、真実であるからしょうがない。そう思ってたら、ムクッと先輩が顔を上げた。
「まぁ、その分、図星だってぇことは丸分かりだがな」
 またそういうことをいったので、今度は先輩の脛を蹴って反論を出した。
「いって! だから肉体言語でいうのをやめろ!!」
「だって。なにをいっても図星と取られるのだから。仕方ありません」
「だったら素直に認めりゃぁいいだろ!」
「嫌です。こんな、公衆の場で」
 認めたくありません、と。言い終えると、カッと顔に熱が集まった。思わず俯く。そのまま黙ってると、先輩もわかってくれたのらしい。
「お、おう……」
 と、少し恥ずかしさの混ざった声で応えてきた。だから、嫌だったんだ。
 先を歩く先輩の背中を叩く。ポンポンと軽く何度も遠回しに叩くが、なにも応えない。ただ、口を開いて一言。
「ピノ、買いに行くか?」
 と遠回しなことを聞くので、それに「うん」と頷くしかなかった。
 声が出ない。黙って先輩の背中に額をくっ付けて、うんと頷いて答えた。歩く。コンビニまで顔の熱が引いていればいいなぁ、と思いながら先輩の真後ろを歩いた。
 チラリと先輩がこちらを見る。
「あ、歩きにくくねぇのかよ」
 遠回しに「横を歩け」というものだから、無言でそれに応えた。
 なるべく先輩を見ないように気を付ける。ジッと地面に視線を縫い付ける。無意識に自分の顔を触ると、やっぱり熱が集まったままだった。
(恥ずかしい)
 さっさと帰りたい……。そう思いながら、公然の場を歩いた。


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