クリーミーに気が乗らない

 ざぁざぁと降る音が聞こえる。手が、服の中に入ってきてお腹を撫でてくる。おへそを触って、そこから伝うように胸へ登った。柔らかく触ってから、キスをする。けれど、どんなに優しくキスをしても、どれだけ舌を入れようとしても、私の気分は全然乗ってこれなかった。閉じる口の割れ目を舌が這う。けど舌を入れる気にも出す気にもならない。ボーッと外の様子を見てたら、舌が唇を割った。けれど、歯で止められる。歯の間を広げようと、優しく愛撫するみたいに舌を往復させるけど、そんな気分じゃない。プイッと顔を背ける。ようやく、渦が気付いた。
「もしや、乗り気じゃねぇのか?」
「……ま、ぁ」
 言葉を濁して、「まぁ」と肯定とも否定ともつかない返事をする。したいといわれれば、したいかもしれないが、それでも気分は乗れない。まるで不感症にかかったみたいだ。渦は覆い被さったまま、ガシガシと頭を掻く。嫌われたんじゃないだろうか、そう思ったら渦は離れた。
 ベッドの脇に座り、脱いだシャツを拾い上げる。横顔は見えないし、背中しか見えないから、どんな顔をしているのかもわからない。とりあえず、する気はなさそうだ。シャツに手を入れて、外されかけた下着を付け直す。渦がベッドの端に手をかけた。
「ごめん」
「謝ることでもねーだろ」
 なんとなく、悪い気がして謝る。そうしたら渦は「気にするな」的なことを返したけど、果たして本当にいっているのかはわからない。気まずくて、顔を見れない。ベッドの端へ追いやられた布団を見てると、渦が部屋を出ていった。自分だけしかいない。中断したのだから、これ以上ベッドにいることもない。
 部屋の中を歩き、脱いだパーカーを羽織る。温かい。なぜか、肌寒い一日だった。そう思いながら、春の肌寒さに手をこすり合わせて、息を吐いた。温かくない。裸の足がとても寒い。温かいものがほしい。
 そう思って、キッチンに行く。確か、ココアやコーヒー、紅茶のインスタントもあったはずだ。ポットにはお湯が入っているかな。それに軽く抓めるものとして、いくらかストックもしてあったはずだ。温かいものと合うのって、なんだろう。そう思いながらキッチンに行くと、渦がいた。
 私に背中を向けたまま、なにかを入れている。調理台にはポットが乗っていて、コトンと急須も置かれた。もしかして、自分の分を入れていたのだろうか。そう思いながら、抓めるものを探した。
(確か、ドーナツが)
 常温で保存するものだから、食器棚の中に片付けたはず。思い当たるところを開ければ、当時の姿を変えず、長細い箱があった。これだ。
 箱を開き、ドーナツの数を数える。
(うん、変わってない)
 最後に食べたときから、数が変わってない。後ろでカチャンと陶器のぶつかる音がした。
「食うのか?」
「ん。まぁ」
「そっか」
 また歯切れの悪い返事をすると、渦は頷く。どうも、調子が悪い。答えられない自分に歯痒く感じる。そうとも知らず、渦はキッチンを後にする。残されたのは、私だけだ。人間でいうと。一人ぼっちのキッチンで、ドーナツを調理台の上に置く。全部は、やめておこう。小分けに、食べようか、と思い皿を出す。白い皿だ。あまり、白いのは見たくないな。でも、ドーナツ映えの良い皿は、手元の白いのしかない。それを調理台に置く。皿は、ドーナツ二つ分は乗せれる。そこに黄色い粒々を乗せたのとチュロスみたいなのを乗せた。私の分は、どれだろう。ま、ほしいのを食べればいいか。
 自分のカップを出し、飲みたいのを探す。今は、カフェインも濃いものも取りたくない。なにか、薄いのでいいや。お湯だけだと、味気ない。私はいつもの私と違って、どうも調子が悪いのだ。だから、そのときに買ったのだと合わない。
(どう、しようかな……あっ)
 渦が、買ったやつだ。ブラックで飲みにくいと感じる渦は、試しにこれを買ってみたんだっけ。
 飲む機会の少ないクリープを、箱から取り出す。様々な料理と使えるだけあって、期待はできる。カップに開け、お湯を注いだ。薄めで、いいや。入れた粉の量を思いながら、ストップをかける。そしてマドラーを出し、軽く掻き混ぜた。
 一口飲む。水で薄めたような愚考にも関わらず、自然な甘さが思った通りに良い感じで薄まっていた。それとドーナツを持って、リビングに戻る。
 リビングでは、渦がテレビのセットをしていた。テーブルも、渦の部屋にあったものだ。それらをリビングに出して、どうするつもりだろう。唖然としていると、渦が気付いた。
「おっ、見るか?」
 なにをだ。主語をいってほしい。
「映画」
 なるほど。そう納得し、辺りを見回す。すると、カーペットにクッションがいくつか転がっていた。
(確か、端に置いておいたはずなのに)
 見れば、テーブルはテレビの台を代替している。テーブルは、視聴席から遠い。なら、サイドテーブルが必要だ。
 ドーナツとカップを渦のテーブルに置き、部屋に戻る。確か、小さなテーブルがあったはずだ。あっ、あった。それを持って、リビングに戻る。渦は、映画を受信する機械を繋いでいた。その後ろを通り過ぎ、座席の横にテーブルを置く。これで、手元に食べ物が置きやすくなった。観客席を整えてると、渦が準備を終えた。
「おっ。いいな、それ」
 少し嬉しそうなそれに、一つ頷く。無言でいる私にも関わらず、渦は自分の用意した席に座った。座布団は、二つ。渦の膝に手をかけた。胡坐を掻いた渦の足が、ビクンと跳ねる。驚かせてしまったのだろうか?
「ごめん。その、寒くて」
「あぁ」
 声が上擦って、そこから絞り出すように頷く。もしかして、嫌なことをしてしまったのだろうか? ますます気分が塞がる。
「えっと、その、寒いから座りたくて……。えっと、だめ?」
「はっ、いいぜ」
 即答だ。今度は小さく息を呑んだあと、軽快に頷いた。いったい、なんだったんだろう。そう思いながら、お言葉に甘えて渦の間に座った。
 座布団を後ろへ退かし、サイドテーブルを引き寄せる。その隙に、渦が少しだけ態勢を直して、私をギュッと足に挟んだ。足が、微かに温かい。自然のホッカイロだ。そう思いながら、渦の体温を楽しむ。大きな手が、リモコンを操作する。
「なに見る? 俺はなんでもいいぜ」
「そう。えっと」
 渦の手からリモコンを取り、視聴履歴を見る。どうも、今まで見たのだと気が乗らないな。そうだ、これにしよう。一つの番組を選び、再生をした。
 画面で、凸凹コンビが事件を解決する様子が放送される。それを見ながらドーナツに手を伸ばす。ゴールド、チョコレート。黄色い粒々の乗ったチョコレートのドーナツだ。正直、ドーナツよりもこの粒々が好きなのだ。卵黄と砂糖を掻き混ぜたような、ホットケーキの生地の味に似ている。味わうと、渦がハニーチュロスを手にとる。正式名所は『ハニーチュロ』のはずだ。二つの端が合わさった先端に齧りつき、食べる。簡単なエンディングのあとにオープニングが始まり、すぐに映像が始まる。放送される内容は、相変わらず凸凹コンビのコントに事件を解決しにきた刑事のコント、それと舞台となる場所に根付く住民たちの頓珍漢な様子などだ。現実ではありえない。けどそれがフィクションを強める。けれどもテーマというものが実に現実に即したりしている。こういう差の妙が、面白さを引き立てているのではないか。そう思うが、渦は違うだろう。ただ、ハニーチュロを食べて、たまにお茶を飲んで、それから私の頭に顎や頬を乗せるだけだ。これには後で気付いた。
 手持無沙汰に、リモコンを持っている手に気付いた。
「変える?」
「いや、いい」
 暇そうだなと思って提案すれば、すぐに返される。
「それより、面白いな。これ」
 と会話を続けようとした。それに、どう返せばいいのかわからない。というか面倒だし、なにより説明はこの面白さを楽しむのに邪魔になる。「うん」と頷き、話題を変える。
「確か、刑事のスピンオフもあったような」
「へ、スピンオフもあったのか?」
「うん。前に放送されたものだけど」
 というか、この番組自体が放送されたのが古い。一時停止を押して、画面を閉じる。渦が「あっ」といった。
「えっ。もしかして、見てた?」
「『もしかして』ってなんだよ。ちゃんと見てたに決まってるだろ」
「ごめん」
「謝ることじゃねーよ」
「続き、見る?」
「いや、いい。それより、お前のいってたスピンオフを見ようぜ」
 そういって、私に合わせてくる。なんだかな、申し訳ないな。と思うけど、それに甘えて続きを見る。前、中断したのだ。再生した場所を巻き戻して、もう一回最初から見る。本編と違って、話の終盤でシリアスな要素はツッコまれない。終わりまでドタバタして、エンディングでもコメディが続くことを予期させて、オープニングでもそれを強調してくる。裏切らない、視聴者の期待を裏切らない。そう思いながらボーッとしてたら、渦が頬を撫でてることに気付いた。視線を上げる。渦の視線は、テレビに釘付けだった。ボーッとしながらも、事件のトリックが暴かれた瞬間に目を輝かせている。
(なんだ)
 渦も、同じように感じていたのだ。服や味の好みが違っても、こう共感する場所が似てるようなら、心配するのはないのではないか? と不安が首をもたげてくる。渦が小さく息を吐く。事件の山場が過ぎたのだ。エンディングのコメディを聞きながら、渦の手が首の下を通って、反対側の頬を撫でてくる。無意識なんだろうか? 手の甲とは違う手の平のゴツゴツや、反面柔らかさを感じながら、体を伸ばした。
 出し抜けに、キスをする。テレビに視線が釘付けで、私に気にも留めなかった渦が、少しだけ固まる。本当、無意識だった。私の頬を撫でた状態で渦の手は固まってるし、下からキスをされるなんて思いもしなかったのだ。薄く目を開ける。驚いたように固まってる渦の目が、少しだけ揺れた。キスを離して、腰を下ろす。渦の足の間に戻って、サイドテーブルから自分のカップを取った。
 口を付ける。一口を飲むと、薄くクリーミーで優しい甘さを感じた。渦の手が、静かに下りる。私の肩を掴んで、上半身を私の背中に固定した。
(そういえば)
 渦の間に座ってキスをされたことはあったけど、こうしてキスをすることはなかったな。そう思いながら、渦の熱い顔を頭に感じた。


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