無重力ハナミズキ | ナノ




※現パロ高校生
※仙蔵と伊作がナチュラルにおんなのこ




斜め後ろの席からぼんやりとその背中を眺めていたら、後頭部にくしゃっとした寝癖を見つけた。今朝は気付かなかったのに、一度目に留まると途端に気になり出してくる。それが不愉快でふんと鼻を鳴らすと、仙蔵は無理やり目線を机の上に広げた教科書へ落とした。
金曜日五時間目ともなれば、まともに授業を聞いている生徒などほとんどいない。加えて教科は古典、更に三月頭とは思えないこの春めいた陽気とくれば、教室のほぼ半分以上の生徒がとっくに夢の中へと旅立っていた。
教師の方ももう諦めているのか、いちいち騒ぎ立てるようなことはしない。眼鏡の奥の瞳が優しい印象の彼は、淡々と文章を黒板に書き起こしながら、時々ゆったりとした調子で説明を加えていく。
別に眠くはないし、他にすることもないのでおとなしく板書を書き写していると、筆入れの横に置いてあった携帯のサブディスプレイが突然ちかちかと光り出した。ピンクの光はメールの着信。バイブを切っておいて良かったと息を吐き、折り畳み式のそれをぱこんと開ける。差出人は隣のクラスの親友だった。内容は何てことはない、暇潰しに付き合えというもの。隣の教室で、彼女も同じく退屈を持て余しているらしい。
右手でシャープペンを握ったまま、膝の上で返信画面を開く。左手で操作するのはやっぱり慣れない。

留三郎は?

構ってもらいたいのなら私よりも適役が側にいるだろう、という意思を込めて、彼女の隣の席に座っている筈の友人について尋ねてみる。伊作の返信は速かった。

寝てる(-_-)zz

なるほど。
剣道部の朝稽古はもとから厳しいし、大会も近いから余計疲労も溜まっているんだろう。それは寝かせておいてやった方がいいな、と考えていると、再び手元でピンクの光が点滅した。

文次郎は?

送られてきた文面に思わずぐっと奧歯を噛み締める。なんでこの流れであいつの名前が出てくるんだ。
画面から顔を上げて斜め前の席を窺うと、やつは相変わらずすっと背筋を伸ばしたまま面白くも何ともない授業に聞き入っていた。時折ちょっと顎をひいては、聞き取った教師の言葉をノートに書き添えている。留三郎と同じ剣道部だというのに、こちらは少しも眠そうな様子はない。
可愛げがなくてつまらん、と答えると、でもそういうところが好きなんでしょ、と私の逆鱗のど真ん中に触れるような文章が返ってきた。これを天然でやっているのだから尚更質が悪い。
だからお前は友達が少ないんだよ、と返事を送ったところで、ちょうど授業終了のチャイムが鳴った。


※※※※※※


「文次郎、寝癖がついているぞ」
帰宅の用意に教室がざわつく中、私はさもみっともない、と呆れたような声音を作ってやつの肩を叩いた。
あ?と振り返る間抜け顔にここだ、と後頭部を指し示してやると、骨張った大きな手がにゅっとのびてくる。
「ああ…」
長い指が問題の箇所に触れると、ここか、と文次郎は興味なさそうに呟いた。撫でつけるくらいすればいいのに、確認を済ませた手はさっさと戻ってボールペンを掴んでしまう。先ほどから何を熱心に書いているのかと思えば、文次郎がせっせと記入しているのは学級日誌だった。
「なんだ、今日日直なのか」
「ああ。ついでにお前もな」
「…そういえば昨日誰かに言われたような」
「本気で忘れてたのかよ」
はあ、と大袈裟にため息を吐いて、文次郎は右手に持ったボールペンを指先だけで器用にくるりと回した。
「放課後、伊作と買い物に行くんだろ」
「ああ」
「あいつを待たせるとうるさいからな。あとは名前書くだけだから」
ぽん、と立ち上がりざまに日誌を頭に乗せられる。慌ててそれを受け取ると、文次郎は私の脇を通り過ぎて共有ロッカーの方へ行ってしまった。
「…馬鹿め」
長い付き合いの中で、相当な我が儘を言ってきた自覚はある。そのせいで感覚が麻痺してしまったのか、それともそういう性分なのか、やつは時たまこうして私の足を竦ませるような行動を取る。目のふちと、頬があつい。鼓動が骨を伝って響いているみたいにうるさい。合わせられた上履きの赤いつまさきから顔を上げられない。今あいつを見たら、余計なことを口走ってしまいそうで怖かった。
どうしようもなくなって、両手で握り締めていた日誌のページを捲ってみる。三月四日。癖のある力強い字は、幼い頃から変わらない。この字がどんどん大人びていく様を、私はずっと近くで見てきた。
「あ!文次郎、仙蔵いる?」
伊作の能天気な声が聞こえて、ようやく我に返る。はっと入り口の方へ向き直ると、ちょうど伊作が無遠慮に吹き出したところだった。
「ちょっと文次郎!すごい寝癖!」
あはは、と明るい笑い声を立てる伊作に、うるさい!と顔を真っ赤にして怒鳴る文次郎。その左手は、くしゃくしゃの後ろ髪を必死に撫でつけていた。
「…大馬鹿め」
喉がぎゅっとしまって、鼓動の音はたちまち痛みに変わる。こらえようとうつむいたら、つまさきの赤色がやけに鮮やかに見えて苦しくなった。
誰にも言ったことはないけれど、あの骨張った大きく形の良い手に、本当はずっと触れてみたいと思っている。
でもそれが叶わないことくらい、賢い私はちゃんと分かっていたから。
「あ、仙蔵!もー酷いよさっきのメール…」
ぱたぱたと小走りで近寄って来た伊作は、私の手前で机に足を引っ掛けて見事に転ぶ。ぎゃんだのごんだの奇声を発した伊作に、私は自業自得だと笑った。


無重力ハナミズキ

100301

……………………

続くかも



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