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「殿下、ランフォード、ロランと名乗る青年が面会を求めております。」



王宮、王の間は、王妃の間などとはくらべものにはならないほど豪華絢爛だった。
金銀、そして深い緑でまとめられたこの部屋には、家具はほとんどない。あるのは大きなベッドと小さな机のみ。細かな装飾の施されたベッドにはこの国の王が静かに横たわっており、側にはプラチナブロンドに紅い瞳の美青年が控えている。その青年こそ、異国の奇術師、アークライト・シュトルーベだった。彼の手には上等なヴァイオリン。どうやら先ほどまで演奏していたようである。

「…アークライト、」

「御通しして下さい。王がお待ちです、と。」

アークライトは穏やかな笑みを見せた。
王は静かに呼吸を繰り返すばかりである。

召し使いは、すぐに呼んで参りますと言って立ち去った。


「これでいったい…」

「86組目ですね。ですが王、今度はどうやら当たりのようです。」

「…みえるのか。」

「みえます。青年の側に、紅く咲き誇る美しい薔薇が。」


アークライトは再び、ヴァイオリンを奏ではじめる。
どこか不思議な音色は異国のものか。
王は、ゆったりとクッションに体を沈めた。



************************************



「しかし…そう簡単に行きますかねぇ…」

ランフォードは隣を歩く少女、もとい、少年に向かってため息をついた。
少年は素知らぬ顔で廊下を進む。


王の間へと向かう廊下はなんとも不思議で滑稽だった。
ありとあらゆる種類の魔よけ、お守りがあちこちに垂れ下がり、侵入者を拒んでいるようだ。それもすべて、壁とまったく同じクリーム色で統一されているのだから余計にたちが悪い。下手をすると酔ってしまいそうだった。


「大丈夫よ。あなたは異国のことをこの国の誰よりも知っている。」

「…それが何の役に立つので?」

「行けばわかるわ。とにかく、わたしはあなたのお付きの少年ってことになっているんだから、敬語はやめてちょうだいね。」


ランフォードはにやりと笑った。


「それは実に愉快だ。生意気なお姫さまに偉そうに口が叩けるなんてね。」

「…覚えてらっしゃい。」

そう言うシャルロッテも、愉快そうに笑っていた。








「失礼致します。ランフォード・ウィルヘルム様、ロラン様でございます。」

召し使いが二人の青年を連れて再び王の間に入ると、アークライトはヴァイオリンの演奏を止め、柔らかな笑みを浮かべた。

「はじめましてお二方。アークライト・シュトルーベです。今は王の側近を務めさせていただいております。」


ヴァイオリンを小机の上のケースに置くと、アークライトはにこやかに挨拶をした。ベッドの上の王の表情は虚ろだ。

ランフォードはそっと膝をついた。


「ランフォード・ウィルヘルム。この国のため、日々騎士団に奉仕させていただいております。この少年はロラン。私の身の周りの世話をさせております。」

ロラン―――シャルロッテは、ランフォードのすぐ後ろに膝をつき、頭を垂れた。


「…アークライト。」

「お二方、頭をお上げください。用件は…“花探し”の志願…ですね。」

ランフォードは、静かに頭を上げ、そしてようやくアークライトの顔を見た。

紅い瞳と灰色の瞳がぶつかり、灰色は眩しそうに視線を反らした。

「必ずや、王に“奇跡の花”を。」

「…1組しか選ばれないことは…ご存じですか。」

「もちろんです。けれど私は…誰にも負けない自身がある。」

「…よろしい。簡単なテストをしていただきます。お気を悪くなさらぬよう。これは他国に知られないための予防手段なのです。」

「十分理解しているつもりです。私もこの国の騎士ですから。」

アークライトは苦笑を漏らした。

「これは失礼。それでは…僕の質問に答えていただきましょうか。」




ロラン―――シャルロッテは、怪しく笑った。




「シュテリアを…ご存じか。」


「西の王国、“リベルハイト”の反乱軍ですね。」


「…では、シュテリアと対立している組織の名は?」


「“エルヴィーラ”……まさか…!」


ランフォードはアークライトを見る。
アークライトは……妖しく笑っていた。


「…さすがですね、ランフォード・ウィルヘルム殿。伊達にあちこち放浪しているわけではないようだ。僕の読み通りですよ。」


ランフォードはそして、シャルロッテの言っていた意味を悟る。
異国に詳しいアークライトの質問に答えるには、やはり異国のことを知っていなければならないのだ。


「アークライト殿は…少々性格に問題があるようですが。」

さらりと言うランフォードにアークライトは笑みを深くする。

「いいですね、その態度。ますます気に入りました。よろしい。あなた方を認めましょう。」


アークライトはそっと、王に耳打ちをする。
王が頷くと、柔らかく微笑みながら小さなメモを取り出し、ランフォードに手渡した。

「化け物が出るわけではないですからね。今回の選抜に腕は必要ありませんでした。欲しいのは知識、知性。見たところ…そこの少年も相当の知識をもっておられるようだ。あなたの教育の賜物ですか。」


メモを受け取ったランフォードは立ち上がり、礼をすると、にやりと笑った。


「…そんなところです。それではアークライト殿、馬車と馬の準備をお願いできますか。リベルハイトまでは随分ある。私は長旅は得意ではないのでね。」

「何を言っているんです。もっと遠くまで、行ったことがあるでしょうに。」

「…戦場ならば話は別なんですよ。探しもののために遠出したことなんてありませんから。」



アークライトの瞳は、冷たかった。



「おや。てっきり…いつも探しものをしているものと思っておりましたが。」



ランフォードの顔は―…ひどく、無表情で。



「…まさか。勘違いですよ。…失礼。」


そう言い残すと、黒いマントを翻し、ランフォードは足早にこの部屋を出て行った。ロラン―――シャルロッテも後に続こうとすると、アークライトに名を呼ばれる。


「…何でしょうか。」

「馬車と馬は本日、午後5時に正門に用意するとお伝えくださいますか、」

「畏まりました。」

「それと……」






アークライトは、そっとロラン――シャルロッテの肩に手を置く。


「あなたには暗い影がみえる。お父様はお元気ですか?」


「父ですか。父も母も…先の戦争で亡くしましたが。」


「おっと…これは失礼。それでは、ご武運を。」






アークライトの笑顔ははじめと変わらず柔らかい。

シャルロッテは、静かに部屋を出た。




鼓動を、聞かれぬように。








「王、ご安心ください。彼等は、必ず。」


「………。」



アークライトはヴァイオリンを手にすると、再び奏ではじめる。
それはひどく、ひどく哀しいレクイエムだった。





to be continue....


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