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「…さて。まずはこれからの行動予定を立てる。」

ロゼッタ砂漠の入口、フィリーネはそれなりに大きな町だった。砂漠を越えるにはこの町を通らなければならない。これはすなわち、物資の移動が盛んだということを意味している。そのためか町は活気で溢れ、人々の声が町中に広がっていた。

一行はここで砂漠を越えるための準備をし、物資を集めるために滞在することを決めていた。ランフォードの言葉に、皆それぞれに耳をすます。


「フィリーネはリベルハイトとも交流があります。つまり、ここでの様子までもがあちら側に伝わる可能性がある。だからこそ、今から役割分担をしますから、皆その通りに行動していただきたい。いいですね?」


シャルロッテは静かに頷いた。自分の役割、一国の姫として、全うすべきことは既に決まっている。


「まず、アルベールはリベルハイトでは顔が割れている。お前には俺達が集まれるよう、情報を整理できるように拠点となり、外出しないでほしい。フィリーネでは姫のお付きの御者として、なるべく目立たないように行動してくれ。」


アルベールは表情を変えずに頷いた。蜂蜜色の瞳は凪いでいる。


「次、オデット。お前はエルヴィーラに行ってもらうわけだが…そうだな、フィリーネでは姫の召し使いのスタイリスト、ということにしておいてくれ。お前のその格好じゃ、ただの召し使いで通すのは難しい。」

「悪かったわね。」


真っ赤なドレスの裾をひらひらと手で触れながら、オデットは拗ねたようにそっぽを向いた。



「次、ラ・ファイエット閣下はそのままで結構です。ブルートローゼ国騎士団長、そして姫の側近。フィリーネでも変わらず、姫をお守りください。」



「まさかランフォード君、君に指示されることになるとはね。夢にも思わなかったよ、今までは。」


不機嫌そうにそう言ったリシャールに、シャルロッテがくすくすと笑った。


「いいじゃないのリシャール、ランフォードも成長したのよ。」

「…そういうことにしておきましょう、姫。」


ランフォードは目を細めてリシャールを見たあと、目の前の姫君に話しかけた。


「姫、あなたはいつも通りで大丈夫です。普段と同じように、堂々となさっていてくださいね。」


ランフォードの言葉に、シャルロッテは静かに頷いた。姫として外出することは少なくない、けれど今回は、王も王妃も、そして兄もいない。覚悟はしていても、すべてが手探り。恐怖もある、不安にもなる。けれど、


「ランフォード、貴方は…?」


この、男がいれば。


「俺も変わりませんよ。閣下の補佐として、貴女と共にいますから。」


爽やかに微笑んだランフォードの温かさに、シャルロッテは背を向けたまま、にこりと笑った。



「さて、それではまず、ここにいる俺の知り合いに掛け合って色々と必要なものを準備してもらおうと思います。それでアルベールとオデットに頼みがある。」


オデットは黒髪をさらりと梳き、じっとランフォードを見つめた。アルベールも神妙な顔をしている。


「今はオデットは閣下の馬に乗っているが、そこから降りて、アルベールと二人でアルベールの乗っている馬を売ってきてほしい。その資金を使って必要物資を買うためだ。二人いれば、何かあっても情報伝達に困ることはない。上手くやってくれ。俺達は先に知り合いの所へ行く。終わったら、ここを真っ直ぐ行って途中で左に折れたところの、深緑の屋根にベージュの壁、黄色いポストの家に来てくれ。」



オデットとアルベールは静かに頷いた。



リシャールが先ず降りて、オデットを支えながら彼女を降ろすと、ランフォードもシャルロッテを気遣いつつ降りた。どうやらシャルロッテを乗せた馬を引くらしい。アルベールもひらりと馬から降りるとオデットと共に、街へと向かっていった。

賑やかで、活気のあるフィリーネはそこかしこから良い匂いが漂ってくる。ちょうど朝食時なのだろうか、アルベールの表情は穏やかだ。逆に、オデットは酷く眩しそうにしている。確かに彼女は夜の方が、月の方が似合うだろうと、アルベールはぼんやりとそう思った。



姫君一行は目で互いに合図をすると、先に馬を連れて売りにいったアルベールとオデットに遅れて、先程の家へと向かう。シャルロッテは、ここへ来て、ぼんやりと兄のことを思い出していた。





シャルロッテの兄、シルヴァン王子はとても妹思いで、けれど夢を見るようなタイプではなかった。どこまでも現実主義で、そして理想を語ろうとはしなかった。聡明で、そしてこの国にもしものことがあったときのことまで考えるような、ある意味で母であるアンネリーゼ王妃の血を濃くひいている青年だった。そしてシャルロッテは、そんな兄を敬愛していた。






―――数年前。



「シャルロッテ、馬に乗ろうか。」


唐突に部屋に現れた兄は、ソファに腰掛け読書をしていたシャルロッテにそう告げた。


シャルロッテのそれよりも色素が薄い柔らかな金の髪、陶器のような素肌、青空をそのまま閉じ込めたような瞳はじっとシャルロッテを見つめている。シルヴァンは、まるで人形のような顔をしていた。


「…本当に突然ですね、にいさま。何故?」


シャルロッテは嫌そうに顔をしかめ、分厚い本に銀色のしおりを挟んだ。


「シャルロッテ、お前はずっとそうして本を読んで過ごしている。それは確かに将来的には役に立つかもしれないが本自体はただの紙、敵がこの城に突入すればあっという間に読めなくなってしまう。それならば緊急時のため、馬にのって逃げる練習をすべきなんだよ。そのことがお前を守ることがあるかもしれない。僕は何か可笑しいことを言っているかな?」


シルヴァンは姿勢を崩さぬままそう言って、そして小机に乗っていたチョコレートを口に放り込んだ。


「…なかなか上等なココアだな。」

「にいさま、この国に緊急時なんていつ来るんですの?」


呆れたように呟くシャルロッテを冷ややかに見下ろして、シルヴァンは囁いた。


「いつ来るかわからないから緊急時なんだ。いいかいシャルロッテ、いつかそんな時が来たら、お前は兄に感謝すべきだからね。そして何故緊急時が訪れたのかを話してくれ。僕としても興味深い。」


シャルロッテは可笑しそうに、くすくすと笑った。


「仕事に空きが出来たから妹と過ごしたいって素直におっしゃればよいのに。」

「お前も随分と口が達者になったな。」



そして、今。


緊急時だと言えるのかは微妙かもしれないが、けれどシャルロッテは馬に乗っている。


状況を話せる、兄は既に、いないけれど。



シャラン、と。兄のピアスと同じ、海の色の石のブレスレットが鳴った。






「姫、ここです。」


ぼんやりと思い出に浸っていたシャルロッテは、ランフォードの言葉にはっと視線をあげた。仮面を外したままで外出するなど始めてだったせいで、頭が軽いことに少しだけ感動しながら、姫はじっとその小さな家を見つめた。



かわいらしい家だった。ランフォードの言った通り、深緑の屋根にベージュの壁、そして黄色いポスト。窓は開いており、レースのカーテンがひらひらと風に踊っている。



「っランフォードさん…!」



突然、少年の声がした。


窓から顔を覗かせた少年は、ランフォードの姿を見ると。


ふわりと、嬉しそうに笑った。




「久しぶりだな、……ロラン。」




ランフォードのライムの香りが、風に乗って少年に届いた。









to be continued....









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