XII




「今回の事件は、三つのグループを考慮しなければ説明できません。」

ランフォードは馬を走らせながらシャルロッテに語りかける。

「俺達一行と、アークライト側、そして国民です。そもそも俺達は必ず道中で襲われる筋書だった。国民に俺達を悪人として認識させ、国に戻りづらくするためです。アークライトは俺達を追い出したがっていた。けれど、アークライトとしては花も探して欲しいわけです。つまり俺達が国に帰ってきたとき、受け入れてくれるのはアークライトだけだという状況を作った。」


そしてシャルロッテは、自分の中で留めておいた疑念を口にする。

「待って…!……今まで怖くて聞けなかったけれど、アークライトが私と貴方を国外へ出したかったということは……レティシアは……!」

自分の身代わりとなり、姫として国にのこった少女。
ランフォードは苦しそうに返す。

「……死んではいないでしょう。けれど、恐らく催眠にかけられている。国民が姫のお顔を知らないのをよいことに、奴はレティシアを姫とする気だ。姫、貴女は例のロケットを、お母様にもお渡ししたんですよね?」

それはもう一つのことを暗示していて。

「ええそうよ…!そうなると、私の愚かな警告のせいで、お母様も…危険なのよ!!私の顔を知っているのはお母様だけだもの…!」

「…あのように聡明な王妃をむやみに傷つけるとは思えませんし、恐らくレティシアのように催眠にかけられているかもしれませんが…貴女の警告がアークライトよりはやければ、あるいは催眠にかかっているふりをされているかもしれません。まだすべては憶測。結論を出すのは早いですよ。それに催眠は解くことができます。」


どこか遠くを見ているようなランフォードの言葉は、憶測というにはあまりにしっかりとしていて、どこか決意の色が見える。

「ランフォード……」

その笑顔が、本物であると。
誰が証明できるのか。

「…とにかく俺達はもう進むしかないんだ。お辛いでしょうが、話を聞いていただけますか?」


シャルロッテは静かに頷いた。


「ありがとうございます。ともかく国民への俺達の印象はいまや最悪です。すべてはアークライトの手のうち。さてここで、オデットの屋敷を思い出してください。あの女はカクテルを用意した。姫には赤…でしたね。睡眠薬を混ぜたこと、大変申し訳なく思っていますが、貴女に取り乱してしまわれては騎士団のやつらに貴女が姫だとばれてしまう恐れがありました。今の姫はレティシアのはず。極力矛盾はさけたかったんですよ。アークライトの手の平かもしれませんが、今の俺達はアークライトの思惑通りに進むことが一番の近道なんです。」

ふと、あの切ない旋律が聞こえたような気がした。

「アークライトは…私達を進めたがっているのね…」

「そうです。それだけは確かでしょう。……カクテルの話に戻しましょうか。その中に、客人がいないにも関わらず用意されたものがあった。緑のカクテルです。今さら言うのもおかしいですが、本来緑を飲む予定だったのはラ・ファイエット閣下なんですよ。というのも、オデットの予見では俺達が襲撃されるのはあの屋敷だったからなんです。あそこでラ・ファイエット閣下が仲間に加わる予定だった。実際は違いましたが、オデットが間違えたわけではないんです。アークライトも、あそこで俺達を襲わせる予定でしたから。」

「え…?ならどうして…!」

「ぎりぎりでアークライトが気づいたんですよ。俺の指示した馬車の意味に。」


馬車を用意しろと言ったランフォードに、アークライトはどこか納得していないようだったことを思い出す。

「馬車を指示したのには理由があります。王家の大きな紋章がついていれば騎士団はすぐに俺達だと気づく。襲わせやすくしたこと。そして、アリア渓谷で馬車を壊すためです。」

「え…?」

「馬車を突き落とし、貴女の…ロラン少年の衣装をよごして血液を付着させ、上から一部見えるようにしておきましたよね。つまりあそこであの状態を見れば、俺達はあそこへ落ちたことにカモフラージュできるわけです。確認したくともあそこへ安全に降りるには時間がかかる。まず諦めるでしょう。」

「でも…馬の数が減ってしまっているわ。二頭の馬は馬車に繋がれていた元々私達が連れてきた馬、けれど一頭はリシャールの……あっ…!」

「気づきましたね。そう。そもそもラ・ファイエット閣下がこちらにいる時点で駄目なんですよ。まず目を覚ました騎士達は団長がいないことに気づく。けれど馬もいなくなっていることから、馬車を追ったのだと思うでしょう。けれど馬車は谷底。」

「共倒れ…」

「…を、狙ったつもりです。とにかく国に帰ったあいつらはアークライトに報告をする。当然アークライトはすべてが仕組まれ、ラ・ファイエット閣下が寝返ったことを悟るでしょう。けれどアークライトは俺達が死んだことにしてくれますよ。すべてはアークライトの作った台本なんですから!」


「私達が死んだのに、花を持ち帰ったらどう説明するのよ。それに、例の謎の罪状…あれは無関係?」


ふいに、オデットが口を挟んだ。


「…さあな。あとはアークライトが勝手にやってくれるさ。俺達は用意された道を行けばいい。黄金を盗んだってのは……妙っちゃ妙だが…」


「愚か者。あんな無茶苦茶な罪状があると本気で信じていたのか。あれは僕がついた嘘だよ。ランフォード一行を襲えとしか言われていなかったが、騎士達がそれじゃあまりに納得しない。だからあえて極刑の罪状を選んだんだ。ランフォード君…君はどうやら皆に慕われていたようだね。」


リシャールが、優しく笑った。




「ここから先、次に情報を得られるのはおそらくロゼッタ砂漠でしょう。もう襲われることはないはずだ。そうですね閣下?」

「たぶんね。油断は禁物とだけ言っておこう。一応僕は君の上司だ。」


白んでいく空に光りがこぼれる頃。
彼等は朝の空気に溶けるように、静かに馬を走らせていった。


















疑心暗鬼に捕われて
魔物の巣穴に飲み込まれ
愚かな道化は月に歌い
哀れな騎士は毒を飲む

薔薇の女は刺を刺し
天使のふりした悪魔が踊る
ただただ口をつぐむのは
盤の外の占い師

幕を開けるは物語
何が真で何が偽か
己で判断するが良い




第1章  Spekulation



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