XI
「随分な歓迎だな………」
思わず苦笑が洩れる。
馬車を降りたランフォードの目前には、かつて自分と共に訓練に励んだ仲間達。騎士団が、武装して待ち構えていた。
ざっと二十人くらいだろうか。個々に複雑そうな表情でランフォードに対峙している。
「ランフォード殿、姫は?」
馬を暴れないように近くの木に固定したアルベールが真剣な顔でランフォードの元まで走ってきた。
「ぐっすりお休みだ。オデットが見てくれてるから大丈夫だろ。」
「それは好都合。」
何故、王から直令を賜った彼等が、王直属の騎士団に追われなければならないのか。
緊張で張り詰めた空気。しかし、おそらく襲撃を予定していただろう彼等にとって、襲う前にこうも冷静に出てこられては何かあるのではないかと勘繰るのが自然。
沈黙の中、口を開いたのは。
「どうやら君達にはこちらの行動が読めるらしい。ならば説明する必要はないな?今から君達には…死んでもらいたい。罪状はわかるか?」
月夜に輝く美しい金髪。
透き通った蒼い瞳には何も映ってはいない。
「これはこれはラ・ファイエット閣下。騎士団長自らおいでになるとは…少しは認めてもらえているようだ。残念ながら俺達に身に覚えはありませんよ。」
ランフォードは不敵に笑う。夜の闇に、黒い髪が溶け込んでいた。
「お前達は王家の財政である黄金を10d盗んだ。我等はお前達の首を王に献上し、黄金を持ち帰ることを任務として与えられた。…お前の行動にはほとほと迷惑している。責任をとっていただきたいのだよランフォード君。そして……長い間目立つことなく騎士団に所属していたアルベール君。」
なるほど良い口実だ―――――ランフォードは関心した。
「(俺達が負ければそこで死に、黄金はなくとも黄金以上の価値のある姫が戻る。この事件はすべてなかったことにされるというわけか。ならばオデットも殺されるな。)」
けれど。
「どうやら俺は…相当アークライト殿に嫌われているらしい。」
「誰もがお前のことを疎ましく思っていた。ちょうどいいだろう。この国では盗みは死罪。馬鹿なことをしたものだ。」
そしてリシャールは、静かに剣を抜く。
「気をつけろ。長い間訓練を共にしたとは言え、この男は強い。そしてアルベールも……今まで実力を隠してきている。彼等の首をとった者に、次期騎士団長の座を譲渡しても良いくらいだ。行け!」
ランフォードとアルベールが剣をとったのは一瞬だった。
金属音が夜の闇に悲鳴のように響く。
一斉にかかってきた二十人をすべて止めると、ランフォードは叫ぶ。
「ずるいぜぇラ・ファイエット閣下!高見の見物ですか!」
「僕の仕事は君達の宝物を保護することだ!せいぜい頑張るといい!僕の育てた騎士達は一筋縄ではいかないぞ!」
リシャールはランフォードを一瞥すると、静かに馬車へと近づく。
ランフォードもアルベールも動けない。
しかし。
「仕方ねぇな……アルベール、殺すなよ。」
ランフォードはにやりと笑うと、剣を振るう。
かつての仲間が、倒れる。
けれど二人は、そんな過去など忘れたかのように無関心だ。
そして二人の騎士達は、夜の闇の中、まるで獣のように暴れまわった。
金属音、呻き声、悲鳴、
飛び散る血飛沫、倒れていくかつての仲間達、
皆が倒れ、気を失う。
気づけば、立っているのはランフォードとアルベール、そしてリシャールだけだった。
再び訪れる静寂、そして緊張。。
「全員意識飛ばしてるか?」
「おそらく。聞き耳をたてられようがもはや関係ないでしょう。一刻もはやく立ち去るべきです。」
ところが。
リシャールの存在などまるで気にしていないように、ランフォードとアルベールは剣に飛び散った血液を拭い、静かに納めた。
静寂を破るのは、リシャールの拍手だった。
「…ここまで上手くいくとは思っていなかったよ、また腕を上げたな。」
リシャールは怪しく笑う。
月光によってつくられた陰で、ひどく残酷な笑みに見えた。
ランフォードは苦笑する。
「閣下こそ……下手な演技お疲れさまです。とにかく話すのはあとだ。まずは姫を…」
「ランフォード!!!!!!!!!!!!!!」
夜空に響くソプラノ。
馬車から飛び出したのはほかでもない。
「……姫…?」
「ごめんなさいねぇ…どうやら薬の効果が切れちゃったみたい。」
続いてオデットも出てきた。長い間馬車にいたせいかのんびりと伸びまでしている。
「どういうことなのよ説明してよ!どうして私達がっ…!彼等に…!私を守るはずの彼等に襲われてるのっ……?!どうしてあなたは皆倒してしまっているのっ……!?どうしてオデットもアルベールも知っているのに私だけ寝かされているのっ…!全部話すってあの時言ったじゃない!!説明してよ!!」
シャルロッテは、泣いていた。
怖かったのだ。
聞き慣れぬ下界の音。
金属の、闇を切り裂くような音に、人々の苦しむ声。
すべてが未知で、しかもそれらがすべて、王によるものだと。
実の、父親による、ものだと。
アークライトのせいとはいえ、それでも悲しく、辛かった。
そして傷つけていたのは他でもない。
唯一の信頼を寄せる、ランフォードその人で。
普段強い彼女が見せる久しぶりの涙に、ランフォードは申し訳なさそうに笑う。
「姫、落ち着いてください。とにかく今は急がねばならない。手伝っていただけますか?それが終わったら、この茶番劇の説明をしましょう。よろしいですか?」
だんだん下をむくシャルロッテの頭をそっとなでると、シャルロッテは静かに頷いた。
彼等はそして、谷底に馬車を落とし、リシャール達が乗ってきた馬に乗り変える。シャルロッテは男装を解き、いつものドレスに戻った。
「動き辛いでしょうが、ここからは姫としての特権を利用させていただきたいのです。申し訳ありません。」
ランフォードは丁寧に準備を進めながら優しくシャルロッテに語りかけた。
「さて、俺は姫と乗る。オデットをよろしくお願いしますねラ・ファイエット閣下。これから先また襲われた場合、アルベールがまず先陣をきって欲しい。いいな?」
「了解。」
三頭の馬に、それぞれ乗り込む。
夜が、明けようとしていた。
「ようやくすべての駒がそろいましたよ王。」
「…アーク…ライト……」
アークライトは静かに王にワインをついだ。
王はその曇った瞳で宙を睨み続ける。
少しずつ光がこぼれてくる空は、刹那的な美しさに満ちていた。
「すべての者に、幸あらんことを。」
アークライトの呟きは、太陽の光に飲み込まれて、消えた。
to be continued...