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「姫、」


「お医者様からお話を聞いたわ。にいさまは病気だったのですって。」


真っ黒のドレスに身を包んだシャルロッテは、その蒼い瞳でランフォードに優しく笑いかけた。


すべてが黒い。
色を忘れてしまったかのように世界は物体としてのみ認識される。

悲しみというにはあまりに煩雑で、憎しみというにはあまりに純粋だった。



「あの謎の言動はすべて、痛みを柔らかげるお薬のせいだったみたいなの。」

「…姫、」


王子の葬儀は、ごく一部の召し使いと家族のみで行われた。
王がすでに高齢であること、王子の死によって次期王女となることが確定してしまったシャルロッテがまだ若いことから、王子の死は国民には伏せられることとなった。ただ、王子は病気であり顔を出すことが難しい状態であることのみが国民や騎士達には告げられ、事態は巧妙に隠蔽されてしまった。


「いつかはバレるというのに……」



けれど。



「でもね、にいさまが死んだのは私のせいなのよ。」

「……姫、」

「おかわいそうなにいさま。愛した国民に愛されぬまま逝ってしまった……」

「………、」

「私のせいね、にいさま。」

「………シャルロッテ…!」

「だって私、貴方からもらった片方の指輪、にいさまに渡せなかったのだもの。」


ランフォードは、こちらを見ているのにどこか遠くをみているようなシャルロッテの肩を、そっと抱いた。


「無礼をお許しください。けれど…どうしても貴女にお話したいことがあるのです。」

「…なあに?」


シャルロッテは、子供のように笑った。


「あなたのお兄様はご病気ではなかった。俺はそう言いました。」


灰色の瞳が蒼い視線と交わることは――――ない。


「あなたがまちがってたのではなくて?」


「しっかりしてくださいシャルロッテ姫!王子は何者かに殺されたんだ。それも俺達の知らないうちにです。犯人は十中八九…!」


「親族もしくは国の上層部。そう言いたいんでしょう。」

突然、シャルロッテの笑みが、張り付けたようなものへと変わった。
狂気を含んだその笑みは、ひどく残酷で、恐ろしい。



「私は彼等を疑えない。疑いたくない。だからいいのよこれで。にいさまは病死。これでまあるく治まるじゃないの!」

「……姫…」

そしてシャルロッテは、今度は甘くとろけるような笑顔を見せたあと、ひどく真剣にそっと囁いた。


「ランフォード、よく聞いて。あなたは気づいてはいけないことに気づきかけている。それはあなた自身を滅ぼしかねないの。あなたは大切な人員、失うなんて考えられない。だからね、」

そして、シャルロッテは。

片方の指輪を、ランフォードの手に握らせた。


「姫…?!」

「これはあなたが持っていて。」

「まさか…!」

「…私、気づいてたのよ。もうすぐにいさまが誰かに殺されること。だからこそ渡せなかった。隠蔽されることも予測できたから、にいさまの亡骸に私が立ち会えないかもしれないと思ったの。ならば渡してしまえば二度と回収できなくなる。だからね、」


シャルロッテは、そして弱々しく笑った。
瞳に、涙を湛えて。

「命が絶たれることが明白な者より、生き残る可能性がある者に、私は賭けたかった。」


ランフォードは、何も言えなかった。


たった一つの指輪が、そんなにまで、シャルロッテにとっては深く意味するのだと、気づくことができなかったことが、悔しかった。


そしてランフォードは、そっと指輪をはめる。


「姫、俺はこの指輪が意味のあるものであったことを証明したくはない。けれど、この指輪のおかげで少しでも貴女が救われるように、俺はすべてをはっきりさせます。だから、」



―――――――安心して、泣いて良いですよ。




その一言は、シャルロッテに深い哀しみを思い出させるには十分だった。

世界が一変する。止まっていた時が動きはじめ、ようやく色を取り戻す。
シャルロッテの瞳には光が燈り、硬かった表情が弛緩する。




次の瞬間、聡明な姫君は、声をあげて、泣いた。










その日から。

シャルロッテは誰もが驚くほどに、笑顔を取り戻した。
ますます勉強熱心になり、どこか達観した彼女の思想は何かが抜け落ちたようだった。


そしてその日から、シャルロッテは少しずつ、ランフォードに依存するようになる。





*********************************









「姫………」


オデットは、ランフォードの話が終わるとその金の眼差しをシャルロッテに向けた。

哀れな姫君は、にっこりとオデットに笑いかける。


「もう大丈夫よ。私がにいさまを生き返らせたくないと思っていることがその証拠。」

シャルロッテは気づいていたのだ。
シルヴァンは確かに何者かによってその命を落とした。けれどこれ以上、おかしくなっていく兄が憐れでならなかったのだ。王子の硝子玉のような瞳がすっかり曇ってしまってから、シャルロッテは彼の死をどこかで予見していた。だからこそ、

「私はね、殺した人を怨んでいるわけではないの。」

ランフォードは、酷く苦しそうに俯いた。

「けれど、にいさまを狂わせた者を、私は許さないわ。」




蒼い瞳が灰色とぶつかる。
いつかのように、ランフォードは眩しそうに目を細めた。彼女の瞳は生きていた。煌々と輝く硝子玉に傷はなく、曇ってもいない。

シャルロッテは、晴れやかに笑ってみせた。



「ねぇ、」

ふいに、オデットが言葉を発する。

「国のお役人は王子の死を隠蔽したんでしょ。それなのに花の話が国中に知らされたらいくらなんでもバレるんじゃない?」

ランフォードは、苦々しげに答える。

「奇跡の花を探せってことしか国には出回っていなかったんだよ。王のオカルト的なご趣味は皆に知れ渡っている。志願者をテストして、合格だった場合は教えたのかもしれないけどな。ただ俺は…はじめっから予備知識のある奴、花といくつかのヒントだけで概要がわかる奴を使うつもりだったように思う。」

シャルロッテが静かにつけたした。

「国中に知らせるために多くの人員を割くでしょう?そのためには人事を任されてるおかあさまの管轄に話をつけなきゃならない。おそらくアークライトとおとうさまはおかあさまを説得する際、再生うんぬんの話は伏せるように言ったのだと思うわ。ただ、その話がおかあさまから回ってきた私は知っていたのだけれど。」

「確かに…奇跡の花とだけしか伝えられていなかったのなら、志願者が多いのもわかるわ。花くらいなら簡単に探せそうだもの。でも…」

ランフォードとオデットの視線が交わる。

「たぶん、お前が言ったことは正しいぜ。アークライトはどちらにせよ俺を志願させたかったんだ。表向き俺は王子の死は知らないことになっているが、姫と近しい俺が知らない確率の方が低いと踏んだんだろ。」

「そうね。私はどうにも…アークライトが私以上に知ってるみたいであまりいい気がしないよ…」

一息つくと、シャルロッテは小さく欠伸をした。
瞳もどこかとろんとしている。


「…お疲れでしょう。お休みになってはいかがですか?」

オデットがそっと姫の顔を覗き込んだ。
ランフォードも優しい笑みを浮かべている。

「姫、居心地は悪いでしょうが寝た方がいいですよ。これから先いつ寝られるかの保障はない。今なら俺達が見張ってますから、気になさらずお休みになってください。」


ランフォードはあやすように頭に手を置く。

と同時に、ゆっくりとシャルロッテの瞼が重くなっていく。

「ごめんなさい……少し、休み…ます……」




シャルロッテの意識は、ゆっくりと深い眠りに沈んでいった。











「………ようやくお休みになられたわね。」


オデットは深いため息をついた。
ランフォードは苦笑している。


「…少し焦ったよ。まぁいい具合に効いたからお目覚めになるのは全部終わったあとさ。」

「もうそろそろ?」

「だろうな。オデット、姫を頼む。」


真剣な顔のランフォードに、オデットはいたずらっぽく笑った。

「…本当に、あんたはこの姫さまがよっぽど大切みたいね。任せて。あんたの勇姿が見れないのはすごーく残念だけど、ここでおとなしくしてるわ。」

「はっ………もっと見破られないような嘘をつけよ。」



ふいに、あたりが騒がしくなる。

馬の蹄が地を蹴る音。ざわめき。

気配、話し声、そして。


音は一斉に止む。

同時に、馬車も静かに止まる。


「……頼んだぞ。」

ランフォードは楽しそうに、外に飛び出した。



to be continued......


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