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ほのかに香る薔薇に囲まれて、一組の男女が真っ白で上等な椅子に腰掛けていた。
アンネリーゼの薔薇庭園である。
迷路のような庭の奥、ひっそりとした場所は秘密の話をするのにはちょうどよかった。王妃の庭園は許可なく入ることはできず、シャルロッテは誰も入れるなと言い付けたのでこの広い庭にはランフォードとシャルロッテしかいない。
ひんやりとした空気は、シャルロッテの白い肌をより白くさせていた。
今にも消えてしまいそうな、そんな雰囲気を醸し出している。
「ランフォード、」
しばらく黙っていたシャルロッテは、意を決したように口を開いた。
「わたしはあなたを信頼しているわ。だから…あなたの意見を聞きたいの」
ひどく神経な眼差し。
ランフォードはそっと目を伏せた。
「…なんでしょう。」
「にいさまのことよ。」
「シルヴァン王子…?」
シャルロッテの兄、シルヴァン王子は次期国王として現在は国王の補佐についている。シャルロッテに負けず劣らず勉強熱心で愛国心に満ちた青年だが、最近の国民の評判は悪い。それも、全ては彼の言動にあった。
「あれは…にいさまじゃない…気が、するの。」
シャルロッテは何かを考えるように指先を口許にもっていった。
悔しそうに唇を噛んでいる。
「あの…発言ですか。」
ランフォードが戻ってくる前から、シルヴァンの発言は過激さを増していた。
“頭の悪い国民はその命をもってしても国民としての生活をおくることは許されるべきではない”
“肉を口にする国民は狂暴化する恐れがあるため即刻牢に繋ぐ必要がある”
“水を大切にせよ。毎日使う水分量を現在の半分にすることで全ての国民は先天的に背負っている罪を償うことができる”
「精神が病んでしまったのかもしれないけれど…少なくとも、わたしの知っているにいさまはそんなことを言う人ではなかった…」
シャルロッテの強い瞳が、どこか遠くを見ていた。
「…あなたは、にいさまを知らないけれど、でも…」
「…俺も、少しおかしいと思いますが…王子の瞳に陰りや迷いは見られない。病に犯されているとはどうにも思えないんです。」
「………そう、かしら。」
シャルロッテは俯いた。
金の髪が流れ、微かに甘い香りがする。
ランフォードは、優しくその柔らかな髪を梳いた。
「……だから、“洗脳”だと思いますよ。」
「え……?」
「何者かが…王子、あなたのお兄様を洗脳しようとしている。そう思うのです。」
ランフォードは力強い瞳でシャルロッテを見つめた。
「何か強い信念を押し付けられているか、催眠にかけられているか、まだよくわかっていません。でも、」
ランフォードは、そっとシャルロッテの手に触れた。
「俺が、お兄様を救います。」
そう言って、ポケットから小さな箱を取り出す。
「コルネリアから持ち帰った、魔よけの指輪です。二つありますから、姫に贈らせていただきたい。もうひとつは、どうぞお兄様に。…気休めくらいににはなりましょう。」
銀色のリングに、真っ赤な石。
細かな装飾が施されたそれは、太陽光に反射して煌々と輝いた。
「ランフォード……」
そして。
姫ははじめて、自らその重たい仮面を取った。
強い瞳が、直にランフォードを捕らえる。
ランフォードは目を見開く。
「貴方の心使い、感謝します。」
「っ姫…!!!」
家族と、レティシア以外は知らぬ姫の素顔は、ランフォードの想像よりも幼く、そして強い瞳をしていて。
「いいの。だって、失礼じゃないの。」
「…いけません!すぐにお隠しください!誰か来たらどうするおつもりですか!」
ランフォードは慌てて目を伏せる。
シャルロッテは楽しそうに笑った。
「誰も来ないわ。だから外したの。ねぇランフォード、」
シャルロッテはそっと、指輪をはめる。
「貴方と話をして、外の世界を知ってしまった私に、もはや王宮への未練はない。」
その発言は、規則を破るにはあまりに子供じみた理由だった。
それでも。
「私が素顔を晒したということは、私が貴方を信頼した証。指輪のお礼は、その証じゃ安すぎるかしら?」
はじめて見る、シャルロッテの真の表情。
少女らしい、幼い笑顔。
「…俺には、あまりにもったいない。」
「そんなに価値のあるものじゃないわよ。大袈裟ね。」
「俺はあまりこの国にはいませんが、姫のお顔を拝むことがどれだけ難しいことかくらいは理解しているつもりですよ。
「簡単だったじゃない。難しいテストも高いお金もいらなかったでしょ?」
二人は、お互い可笑しそうに笑うと。
「必ずや、王子をお救いしましょう。」
ランフォードは、指輪にそっと、キスをした。
それから数日後。
シルヴァン王子は、永眠した。
to be continued.....