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ランフォードの発言に、シャルロッテは何も言わずに続きを促す。
「この男は今から4年前まで、リベルハイト王国の騎士団長でした。国一番強かった彼は、ある事件に巻き込まれ…国を追放されてしまいます。その事件こそが、リベルハイトの反乱軍、“シュテリア”による“騎士団解体作戦”です。」
「解体…?」
「反乱軍の目的は、王家の解体と新しい王権制度でした。そのためにはまず王直属の騎士団を壊す必要があると判断したんでしょう。彼等は一斉に攻撃を仕掛けてきました。当然、日々訓練をつんでいる騎士達に敵うはずがありません。彼等も馬鹿ではありませんから、そのくらいは承知していた。つまり、」
「一斉攻撃には別の意味があった…?」
「…ええ。彼等は我先にと先頭に立って攻撃に応戦した勇敢な若き騎士団長を…連れ去ったのです。彼は国一番強いが、国一番策略家でもあった。彼等反乱軍のアジトがわかれば大きな収穫になりますからね。抵抗するふりをして、わざと捕まったんだ。ところが…」
話を聞いているアルベールの瞳は、暗い。
「彼等はすでに、一市民ではなくなっていた。薬を使って、騎士団長に催眠をかけたんです。騎士団員を、ひとりのこらず殺せ、と。」
「………そんな…」
「精神を鍛える訓練もしていましたが、彼等は異国から催眠方法を得ていたらしい。手も足も…出なかったそうです。催眠にかけられた団長は仲間を殺そうとしました。が、そう簡単にはいかない。実際は…10人ほど殺したところで、他の団員に捕らえられました。…当然、彼は国外追放。当時のリベルハイトでは、極刑が国外追放だったんです。彼は家族も、愛する人も残し…遠い異国に連れられたのです。」
「…アルベール、」
「姫、僕は幸せなんです。連れられた先に、心優しい騎士がいたのですから。」
「おっと。それは俺じゃないようだ。心優しいなんて俺に一番似合わない。」
灰色の瞳が、楽しそうにアルベールを見る。彼は疲れた顔をしていた。
「…今でも感謝しているよ。ランフォード殿。」
「俺より強い癖に何言ってるんだ。それに今回のことですべてちゃらだよ。」
「それこそ虚言だ。貴方は僕と本気でやりあったことはありませんから。」
二人は、今度は愉快そうに笑った。
「…不思議とね、僕は恐怖していなかった。もちろん10人の命を奪ったことは感触としてもきちんと記憶しています。けれど、何処か僕は他人事のように思っているみたいなんですよ。もしかしたら、あの薬は罪悪感さえも壊してしまうのかもしれない。だとしたら…とても恐ろしい話です。」
アルベールは、力なく微笑んだ。
ひどく弱々しく、それでもその哀しみに彩られた瞳はどこかつくりものめいていた。
「…とにかく、これでシュテリアのやつらの目的は果たせたわけだ。何てったって騎士団長が不在ですからね。次の団長が決まるまでのわずか一週間の間に、彼等はとうとう騎士団をあっという間に解体してしまった。…実際、アルベール以外は弱かったんですよ。リベルハイトはもともと他国との戦争が少ない国でしたから。」
「…それでは、今でも騎士団は解体されたままなの…?4年間も…?」
「まさか。今ではきちんと機能していますよ。彼等は王に認められたいだけだったんだ。シュテリアの存在を、リベルハイト中に知らしめたんです。そしてこれこそが、反乱軍と王家との本格的な争いの引き金になった事件なんです。」
そして、ランフォードはゆっくりとカクテルを飲み干した。
「ところで姫。シュテリアは何故、王家を解体したかったかおわかりですか。」
「……何か、大切なものを王が独り占めでもしていたのかしら。」
シャルロッテは、鼓動が速くなったのを感じる。
息苦しい。
呼吸をしなければ。
「…さすが察しがいい。その通りです。そしてその大切なものこそが…」
ああ。
「“Girl levres”。少女の唇という名の、美しい花のことです。」
物語が、ようやく繋がってきた。
「…まさか、」
「その花は、花びらに解毒効果があった。蛇に噛まれても花びらで傷を覆えばあっという間に治り、煎じて飲めばどんな病気も治ったという。その花をね、王家が全て回収してしまった。花は不思議とある場所でしか採取できませんでしたが、そこを王家の土地にしてしまい、民衆へと花が流出しないようにしてしまったんです。その時点で、すでに花は民衆にとっては生活にかかせないものとなっていた。それが突然なくなったわけですから、怒りもします。そしてできあがったのが、反乱軍、シュテリア。」
「……その花が、アークライトが、おとうさまが欲しがっている花だというの?」
「…それはまだわかりません。ただ、アークライトからリベルハイトという言葉が出たことを考えると、どちらにせよ今回の一件に十中八九関わっているとは思いますがね。」
リベルハイト。
シュテリア。
哀れな騎士。
そして、花。
物語の主役は、果たして誰なのか。
「まだ、足りないでしょ。」
今まで黙っていた、オデットが口を開いた。
「この聡明な姫君にはすぐにバレるわよ。いいから話しなさい。全て、と、貴方は言ったわ。」
金色の瞳が猫のように細められる。
空気が、少しだけ冷たくなった。
「…お前、面倒。」
「煩いわね。とっとと話しなさい。」
「……俺はあまり憶測の段階で喋りたくないんですが…いいですか姫、あくまで可能性として聞いてください。」
「……“エルヴィーラ”のことね?」
三人は、シャルロッテの唇からこぼれた言葉に目を丸くした。
オデットは愉快そうに笑う。
「…あなたには敵いませんよ。……どこまでご存じで?」
「リベルハイトの民間信仰の集団で、御神体が変わっているってことかしら。彼等は普段は普通の市民だけれど、月に一度の集まりのときはひそかに悪魔的な所業を行っているって。」
シャルロッテの言葉に、アルベールは眉を潜め、オデットは神妙な顔で宙を睨み、ランフォードは…笑っていた。
「……どこでそれを?」
「おかあさまよ。おかあさまのところに来ている宝石商から聞いたのですって。」
「…いつですか。」
「……半年前くらいかしら。」
すると、ランフォードは大声で笑い出した。
「…まずいですよ姫。敵は俺達より断然頭がキレるようだ。奴は半年前から仕組んでいた。恐らくその商人もアークライトの差し金でしょう。そして奴は姫、貴女の記憶にすでにリベルハイト王国を刻んでいたようです。俺がもし、エルヴィーラを知らなかったときの保険のためにね。」
「…肝心な所は伏せていたようだけどね。」
「それでは姫、もっと素敵なことを教えてさしあげましょう。エルヴィーラの御神体は…ヘカテ。冥府の女神です。そしてその悪魔的な所業は恐らく…死者の再生。」
灰色の瞳は、もう笑ってはいなかった。
「俺は魔術は信じない。再生とは名ばかりで、恐らく人体実験でもしているのでしょう。とにかく、リベルハイトの王家、反乱軍、そして宗教団体がすべて花と絡んでいるのは事実です。そしてアークライトは、俺達をリベルハイトに行かせたがっている。花と魔術の噂が混同したか、もしくは同一のものか。まだわかりませんが、俺達はリベルハイトへ行く以外に道を用意されていない。それも…あまり時間がないようだ。」
「…え…?」
ランフォードは真っ直ぐにシャルロッテの瞳を見た。
何か、強いものに後押しされているように、その瞳はシャルロッテには強すぎた。
「俺達の遂行すべき命令はアークライトと王のためにプレゼントを献上すること。ですがいいですか姫。さっきこの占い師が言ったのは…それは副産物にすぎないということなんだ。」
オデットが神妙に頷く。
「…わたしと貴方を、国から出したがっているということ?」
「…恐らくアークライトは何かの目的のために国を手にしようとしている。ただ、国を所持したいんじゃない。国という機能、組織を使いたいんです。そのためには聡明な跡取りである貴女が邪魔になる。お兄様がお亡くなりになった今、王が亡くなれば次の王権は貴女に譲られます。アークライトはこれを避けたい。そして、国という組織を利用するためには、俺のような半端者も邪魔だった。だから俺達が志願するよう仕向けたんですよ。」
シャルロッテの脳裏に、数時間前の出来事が蘇る。
アークライトの張り付けたような笑顔。
レクイエム。
「それじゃあ…」
「貴女の耳に入れば貴女が必ず変装して現れると踏んだ。そして保険に…」
毎晩毎晩耳に流れてくる、悲しい旋律。
それが父をおかしくしているのだと気づいたのはいつだったか。
不可思議な音色。不安で不安で仕方なかった。
「ヴァイオリン…」
ふと洩れた言葉は、シャルロッテを目覚めさせるには十分だった。
「…いつも貴女が聞いていたヴァイオリンは王へではない。貴女へ向けた催眠だったんですよ。」
だからか。
男装するなど禁忌。それをいとも簡単にやってのけてしまったのは。
何も知らない小娘が男とたった3人で異国に護送もつけずに行こうとしたのは。
素顔を大衆に曝したのは。
「…大丈夫、もう解けているはずです。あれは毎日聞かなければ意味がない。だからアークライトは王宮からはなれられないんだ。とにかく、もうやることは決まりましたね。」
ランフォードは優しく笑って大きな手をシャルロッテの手に重ねた。
彼の指には、美しく輝く指輪。
シャルロッテの瞳は、ひどく冷たく、人形のようだった。
「一国の姫、次期女王として、アークライトの陰謀を阻止します。」
その声は透き通り、そして空気に溶けていった。
彼等の進むべき道が、ようやく決まった。
「「「貴女の御心のままに。」」」
to be continues ....