右京と左京は石段に座り込むとどちらともなくケースを取り出し、中から引っこ抜くようにタバコを一本咥える。左京が100円ライターで火をつけると、ん、と右京が手を伸ばした。「自分のがあんだろ」と言いながらも兄弟の手を断る事なく左京は半透明な緑色をしたライターをその手に渡す。「中に忘れた」と右京は言って自分のタバコに火をつけながら息を吸った、ライターはぽんと左京の手に戻される。
 中では大人用の敷布団に小さな子供が丸まって寝ているのだが、万が一でも起きられてはたまらない、子供が起きているうち近くにいる者はタバコ厳禁と話し合いで決まったのだ。とはいえ大きな喧嘩がない限り、その世話は饕餮兄弟もしくは加藤に託されるのだが。
ふぅっと吹き出した煙と、タバコの先端からくゆらせる煙が交じり合いながら空へと消えていく。


 二ヶ月前だ、あの子供がやってきたのは。達磨一家のシマ内で騒ぎが起きたと聞いた日向と加藤は下の者を引き連れて意気揚々と出て行った。境内で暇を持て余していた饕餮兄弟が、見慣れぬ子供を発見したのは偶然ではないだろう。
 がさがさと草の上を何かが動く音、フェンスで囲まれているとはいえ偶に厄介な来訪者もやってくるために、二人の兄弟は同時に音がしたほうを振り向いた。いたのは動物でも九龍の下っ端でもなく、子供だった。子供がいったいどうやってここまで来たのか、詳細は不明だが、林を通ってきたのは髪や衣服に付着した葉っぱや木の枝で見てとれる。
「なんだ? 迷子か?」
「ここは子供が来る場所じゃあねぇぞぉ」
 右京と左京は半笑いでしっしと払う仕草を見せたが、その子供は一向に出て行く気配はない。きょろきょろと境内を見渡し、物珍しそうに二人の男を見ている。痺れを切らした右京が重い腰を上げて歩み寄っていく、その様子は子供から見ればどす、どす、と近付いて来る、さながら熊だっただろう。それでも子供は逃げはしなかった、屈んだ右京は言う。
「あのな、遊び場なら他に行け、な? ここは悪い大人しかいねぇんだから何されっかわかんねぇぞ」
 その口調は気怠げだがやんわりと忠告をしていた、此処は達磨一家の地、頭の日向が縄張りとする部屋、子供とはいえその領域は踏み越えてはいけないのだと。
子供は、ぱちくりと瞬きをし何度か頷いた。右京がこれでようやく事は片付いたかと思いほっとしたのも束の間、子供はズボンのポッケから取り出した何かを差し出してくる。迷惑料じゃねぇの、と後ろで笑って近寄る左京をよそに右京はその四つ折りにされた紙を受け取ると、すぐにその場で開いた。

『あなたの子です』

 そう書かれた紙切れを、二人は顔を見合わせ、また紙を見てから次に子供の顔を凝視した。
「「いやいやいや」」
 どちらにも似ていない、鼻も目も口も。ならば加藤か?日向か? 或いは下の馬鹿の誰かかもしれない。だが、もしや、あの時、いやまさかと二人で同じ葛藤を見せるあたり、互いに心当たりはあるのだ。
「おい、これは誰に渡せって言われた?」
 子供は首を傾げて、わからないような表情を見せる。
「どっから来た?うちはどこだ」
 首を振る、言いたくないのか言ってはダメだと誰かに──恐らく母親に言われたのか。字体は綺麗なものだったので二人は書いたのは母親だと見当をつけていた、あなた、と称するあたりその通りなのだろうが。
「名前は?名前ぐらい言えるだろ」
 てつ、と子供は言った。喋れないわけではなかった、意思疎通も出来る。安堵かそれ以上の倦怠感か、二人は長いため息をついて再び顔を見合わせたのだった。

 そこからは日向が戻るまでの間、仕方がないので兄弟二人が「てつ」の面倒を見た。とはいえ何をして遊ぶわけでもない、「てつ」は境内の中をぐるぐると歩き回ったり一人であちこちいじって遊んでいるので、二人は時折近くに来る「てつ」へ質問をするだけだった。「何故此処へやって来たのか」「どうやって来たのか」「母親の名前は」「親戚はいないのか」などなど、どうにかして母親にの元へ返さなくてはならない一心で。だが殆どその成果は得られなかった。首を傾げるか横に振るだけだ、ひとつだけ言えるのはこの子供に身寄りがないという事実だけだ。どうやったらSWORDのわざわざ達磨一家が所有する地を選ぶというのか、母親も母親だ、ほかにやり様はあっただろう。右京は、一人遊びが疲れたのか石段に座ってリュックをまくらに目を閉じる「てつ」を見る。まだ小さい、小学生になるかならないかというところだ。自分達が言えた立場ではないが何もこんなところへ送らなくたって、我が子の事を思うのならせめて……と感傷に耽りそうになったところで、日向を筆頭に加藤らが帰ってきた。
「……なんだそのガキ、お前ら、どこで作ってきたんだ」
 日向は相変わらず、言いづらい事をあっさり言ってのけてくれる。饕餮兄弟も、今回ばかりは冗談抜きで笑えなかった。

 それから話し合いになったのは言うまでもない。日向と加藤、そして饕餮兄弟、もちろん他大勢「達磨一家」に所属する者に子供を見せながら心当たりはないか怒鳴るように聞いた。皆が当初の饕餮兄弟のように顔を見合わせ、お前じゃねぇの、あのときの、いや違う、あれは最近だ、それよりあいつかも、と騒つきが収まらない一夜だった。「てつって名前なんだから、饕餮からとったんじゃねぇの」という誰かの発言は拳固で潰された。
結論は、父親と思われる人間は此処にはいない。であった。「てつ」も父親に会った事はなく、となると勿論どの顔にも見覚えはないらしい。だがそうなれば当然、この子供は此処から追い出さなくてはいけない。
「どっかテキトーな託児所にでもやっといたらいいんじゃねぇの」
 また誰かが言った言葉、「てつ」は理解していたのだろう。首は振らないが小さな手の平がぎゅうっと左京の裾を握りしめていた。
 左京と右京はそれを見て小さなため息をつく、初めに発見した情けとでも言うのだろうか、自分達がここまでお人好しだとは思ってもみなかった。そんな考えが浮上してきたのが最後、「てつ」は「達磨一家」で引き取ることになったのだ。


 それからもう二ヶ月も経った今、初めこそ抵抗はあれど三日経てば何とやら、仲間内にも顔は覚えられた上に日向の後ろ盾があるため悪さはされない。最近では地区の住民にも噂は広まっており、近くの商店街ではお使いがてらによく物を貰って帰ってくるようになった。飴やら駄菓子やら、「てつ」は貰うと逐一誰かに報告をしに来る。今日は手伝いついでに、大判焼きを貰って帰ってきた。
「戸籍は」
 左京が小さくなったタバコの吸い殻を銀色に曇った灰皿へと押し付けて聞いた。右京はとうに二本めを手にしていた。子供が来るまでは、外で灰皿なんぞ使う事も無かったというのに今では当たり前の光景だ。
「さあな……調べらんねぇよ」
「進展も無しってやべぇんじゃねぇの」
「やばいだろうなぁ」
 考えたくも無いのか、今ある一本を吸うのに手一杯なのか、右京の返答は曖昧だ。左京は二本めを取りかけたところで止め、真っ暗な林を見つめた。「てつ」がかい潜ってやってきた、あの林の位置を。
 林を抜けてフェンスで囲まれた境内、あえて砂利道を歩いて来なかったのは今思えば子供なりの警戒心だったのかもしれない。草をかき分け見知らぬ地に辿り着いたとき、大の大人を見た時、子供はどんな思いだっただろう。此処しかないと初めから縋る場が無かったのかもしれない、そんな子供を引き受けてしまうだなんてこの地区では正気じゃない。無名街ならば身寄りの無い人間の集まりだ、それでも「家族」として受け入れられたかもしれない。

「……でも、まあ。縁があったんだろうなあ」
「縁、ねぇ」





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