達磨一家の朝は早い、というよりもここ最近早くならざるをえなくなった。相変わらず、頭である日向は相変わらず昼までのんびりと寝ているほうが多いのだが。

 離れにあるとある平屋、朝食の音と香りが漂う中で厨房に立っているのはがっつりとした体格の男が二人。狭いだのお前がそっちへ行けだの言いながらも、まな板の上では着々と準備がこなされていく。銀髪に、白のノースリーブを着た男がふと後ろを向く。
「おい、てつ。日向起こしてこい。今日はそっちにいんだろ」
その方向にいたのは小さな子供、「てつ」と呼ばれたその子供はこくりと頷くと小さな靴を履いて、日向の寝床になっているお堂へと駆けて行った。

 元はどこかの寺だったのだろうか。木々の奥に一つだけ佇む講堂は、いつしか達磨一家の物となっていた。てつはすでに勝手がわかっているらしく、がらがらと音を立てて引き戸を開けたが、その音や入ってくる陽の光にさえ、中の住人はぴくりともせず掛け布団を頭にまで被せて眠っていた。まずは挨拶、と教わったてつは靴を脱ぐと、その布団をよそに達磨一家の象徴でもある大きな般若へ頭を下げた。布団の主は、言わずもがな、達磨一家頭、日向紀久だ。
 日向は事あるごとにここで眠っている。自宅があるのだろうに、特に喧嘩の後は必ずといっていいほどこのお堂で寝る日が多いのだと、皆が話していた。てつは小さな手で出来る限り日向の体を揺すった。ゆっさゆっさと揺れはするが、それでも日向は起きません。次にてつは足元へ寄ると、裸足の裏を小さな指でこちょこちょとくすぐった。てつはこれをやられるとすぐに起きるのだが、それでも日向は起きません。やれることはやりつくした──さてどうすればいいのだろう、と小さな頭が動こうとしたその時、ぐう、とお腹から合図が出た。寝ている日向には聞こえていないだろうが、慌てて自分の腹を押さえる。すると布団の塊がくっくっと小さく自分から揺れ出したではないか、日向は起きている、そのうえ腹の音まで聞いていて笑っているのだ。てつは反論したげに力いっぱい揺さぶった。
「あー……わぁったよ……起きっから……おら、飯食いに行くぞ」
 ばっさ、と掛け布団を豪快に飛ばしたかと思えば、てつはその布団を頭から被り目の前がまっくらになっていた。ぎしぎしと木の板が軋む音から、日向は本当に起きたらしい、慌てたてつも布団を引っぺがし、日向に続いて靴を履きに戻った。

「おー、なんだ日向、今日は早ぇじゃねぇか」
「……こいつの腹の虫がうるさくてな」
 てつはぶんぶんと首を振ったが、加藤はなるほどなとだけ返して白米の盛られた茶碗を置いていく。肩ひじを机の上に置いて、日向はまだ眠たそうに目を閉じた。
 何を手伝えばいいのかうろうろとしている子供に、味噌汁を両手に厨房から出て来た右京が気付いた。
「もうすぐで食えっから、そこで待ってろ」
 そこ、とはてつ専用に置かれた小さな椅子のことを示している、座ると空気が抜けてぴぃと音が鳴る椅子だった。ぴぃ、と音を鳴らして、てつは言われた通り大人しく待った。味噌汁と白米、そしてお新香に先ほど宣言されたように香ばしく焼かれた鮭が並ぶと、早速朝食が始まった。

 朝食が終わると大人の間ではじゃんけんが始まる、洗い物じゃんけんである。勿論既に寝っ転がっている日向は抜きにして、だ。てつは専用のエプロンを首からかけてやる気満々である。じゃんけんで負けた者が厨房に立ち、食べ終わった皿の片付けを任される方式だが、今回は左京の負けだったらしい。今朝厨房にいたうちの片方、右京の兄弟である。

 午前は勉強。達磨一家のそれぞれが、当たり前だが仕事に行くわけで、子供は自然と一人になる。園には通わせていないようだ。だが子供が一人きりはあまりにも危ないだろう、ということでてつは誰かに付きっ切りとなる。今日は加藤、赤い髪で軽トラを使い、町内を回っている。時々降りては何かを話していたりタバコを吹かしていたりするが、てつは助手席でシートベルトにぴったり付けられている。さながらぬいぐるみのようだ。今日はリュックから文字帳とえんぴつを取り出し、文字の練習だ。日によりそのノートは算数であったり自由帳であったりもする。
 昼は朝食時に作ってあったおにぎり。それとプチトマトに黄色くて甘い卵焼きが、小さなタッパーに入っている。加藤は同じように、しかしそれより大きく握られた拳ほどの握り飯を二つ、仕事の合間にかぶりついていた。

 午後は運動。誰かが見ている範囲内で仕事の付き添いだったり、暇なときは原っぱで虫取りだったり。
 小さな、少し角が擦り切れているカラフルな色合いのリュックサックを背負い、あちらこちらと駆け回っている姿。あんまり遠くに行くなと言い聞かされてはいるものの、幼心に好奇心というものは何処にでも沸いてくるものだ。てつもまたそれ同様、草から花、虫からトカゲとあらゆるものにはしゃいでいる。加藤は仕方なくトラックを降りると、河原でうずくまり出したてつに近寄っていった。
「おい、どした? なんか……」
 腹でも痛いのだろうか、そう心配しかけた時、てつが自分の服を伸ばした上に石をあれこれ集めているのが見えた。大きいものは子供の手のひらサイズから、小さいものは小指ほど、丸いものにとんがったもの、ごつごつとしていたり滑らかだったり形は様々だ。
「なんで石なんだよ……ほら、こいつは?」
 普通は花とか、と言いながらも加藤も石集めに参加する。よく分からないが、てつの中にも判断基準はあるようであれは駄目これは良い、と頭を振っては二人で河原のありとあらゆる石を模索した。
二人がやっと一息ついたときにはもう日が暮れ始めており、夕陽が橋の向こう側へと沈んでいくのが見えた。真っ赤ともとれるその色をした日の塊は、二人の影を刻々と伸ばしていく。でこぼことした河原に、黒い影がふたつ落ちていた。てつの服はもちろん石についた土まみれで、結局持ち帰るとなった石は数個にまで絞りに絞った。これは毎度のことではあるが、あまりに拾って来た物が多いと怒られるのだ。
「満足したか?」
 そう加藤が聞くと、てつは自分より高い男を見上げ、こっくりと頷いた。二人の頬には同じように泥がついていた。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -