18-1

ゴホゴホと咳をするたびに頭に響く激しい痛み。
目をギュっと瞑りその痛みを身体から滲み出させるようにイメージして静かに耐える。
全くこの忙しい時に…と自分が情けなくなってしまう。

一昨日から喉に違和感があったが、気にしないようにやり過ごしていたらこの結果。
あまりにひどい熱と咳で、午後から会社を休ませてもらい数日療養する事となったのだ。
ちょうど外に出ていた同僚であり恋人の尾形さんには、一応メールで事情を連絡したのだが、特に返事はない。
なんせ、元々私よりも尾形さんのほうが忙しかったのだから今頃てんてこ舞いなのだろう。

とにかく、早く治さないとな。と、無理やり目を瞑っているうちに、いつの間にか意識は薄くなっていたのだった。



ヒヤッとおでこに感じる冷たさでビクっと目が開くと、もう家の中は真っ暗で夜だった。

「…悪い。びっくりしたか?」と私のおでこに手を当てているのは尾形さん。合鍵で入ってきたらしい。
起き抜けでまたゴホゴホと咳をして声が出ない私に、
「仕事どうしても片付かなかったのと、ちょっと家寄ってたから遅くなった」と詫びる。
大丈夫です、と言おうとして声がまだ出ない。 
尾形さんは、ベッドの縁に腰掛けて、私の頬や首筋を触って温度を確認。
「…ちょっとは熱下がったのか。ほら水分取れ」とスポーツドリンクのペットボトルを差し出す。
「…ありがとうございます…」と、やっと絞り出せた声でお礼を言った。

支えられて起き上がり、ゴクゴクそれを飲むと一気に身体が潤い頭が少しスッキリ。ずっと眠っていて水分も足りていなかったようだ。

「…飯食えそうか?食えるなら食ったほうがいいかもな」と、汗ばんだ私の額の前髪を優しくよけて、ペチンと冷却シートを貼り付ける。

……なんか、すごく優しい…。いや、嬉しいんですけど。
普段の尾形さんの態度からすると、こんなに優しさを表に出すのは珍しく、なんだか楽しそうでもある。

そんな私の視線に気付いたのか、怪訝な顔をした尾形さんは、
「……なんだよ。さすがの俺でもこんなになってる自分の女を放っておくほど鬼じゃないんだが。」とこちらをジロリと見る。
そして、「まぁ、弱ってるお前は俺次第でどうにでもできるんだな、っていう気持ちもあるが」とニヤリと一言。
……そっちのほうがメインでしょ。と、小さく睨み返すと、面白そうに私の頭をポンポン撫でて立ち上がる。

「雑炊くらいなら食べれるだろ。作ってあるからちょっと待ってろ」と、寝室を出ていく。

…今、作った、って言った…?
いよいよ珍しい行動になんだか一瞬緊張が走ってしまうが、お言葉に甘えてボケッと鳥の雛よろしく食料を待っていると、湯気のたつお茶碗とスプーンを持った尾形さんが戻ってくる。
ドレッサーの前の小さな椅子をベッド近くに足で引き寄せてそこに座ると、お茶碗から雑炊を一すくい。

…まさか食べさせてくれるとかしないよね。
と、身構えていると、尾形さんがスプーンをフーフーし始めるのでギョッとする。
数回そうして少し冷ましたあと、顔が近づいてきて、
「ほら、あーん、しろよ」となんて仏頂面。
さすがに仰天して思わず顔をまじまじと見ると、その瞳には意地悪でイタズラな色が浮かんでいる。

「……もう!病人からかって楽しいですか!?」と睨んであげると、
「なんだよ、気付いてたのかよ。つまらん…。馬鹿正直にされるがままのお前、見たかったんだが」とスプーンを下ろした。
そして、「…ま、ゆっくり食べろよ」とお茶碗とスプーンを私に渡して、自分はそのまま椅子に座って私を眺める。

全く悪趣味…。と小さくため息をついてから、改めてスプーンを口に運ぶと、卵でとじられたご飯のまろやかさと優しい塩気が口の中に広がる。
「…美味しい。」と呟くと、口角を上げる尾形さん。
「…なら良い。俺、しばらくこっちに泊まるからゆっくり治せよ」と、立ち上がり私の肩を撫でる。

「…え、でも!ここで一緒に寝たらさすがに風邪うつっちゃいますって!」と慌てると、
「…お前変なこと考えてないよな?俺も今、仕事休めないから当然リビングで寝るぞ」と冷たい視線。

あ、そうですか…。そうですよね…。と火照った顔をさらに火照らせる私を見て、
「だいたいお前の仕事のフォローもしといてやらんといけないしな」とジトリとこちらを睨むのでさらに冷や汗が吹き出す私。

そんな私を面白そうに眺めたあと、頬を優しく撫でて、
「…お前のこと苛められないとつまらんから早く治せよ」と言うその言葉の温度は温かい。
「…ハイ。善処します…」と微笑んで答えて、同じく温かい雑炊を口に運んだのでした。


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