02

私の苦手なもの。
それは周りに分かりやすすぎる「恋心」

要は、私この人のことが好き!や、私たち、付き合ってまーす!というのを周りにアピールすることが大の苦手なのだ。

もちろん私と尾形さんの交際は社内では秘密。別に社内恋愛くらい自由なのだけど、あえてアピールすることもないし、お互いに仕事とプライベートは切り分けたい。

職場では、普通の先輩後輩としてお互いに接し、そこに変な色を滲ませることなど絶対になかった。
まあ、絶対に誰もいないと分かってるところで、ちょっとくらいは、キスくらいは…したけど。ともかく人にばれないかが、私たちのポイントなのだ。



そんなある日。

「あの、尾形先輩っ、書類、これもです。忘れてます!」
「あ、わりい。サンキュ」
「いえ、あの、…頑張ってください!」


オフィスに響く、甘酸っぱく色づいたその声に、その場の社員全員が心の中で(はあ…)と溜め息をついた。

ことの起こりは先月。
新入社員のデビュー会議で、大きなミスをした彼女は、チームの先輩である尾形さんの機転でそのミスをなんとか乗り切った。 
もちろん会議後に思い切り尾形さんから説教されていたが、その後のフォローとの相乗効果で彼女の尾形株は上がりに上がり、その気持ちはいつしか恋心に変わっていたようなのだ。
そう、隠しているつもりでも誰からも分かるくらいにハッキリと。

(まあ、分かるよ…。あのくらいの年の新入社員だと、仕事ができるだけであっさり好きになっちゃうんだよね〜)

その言葉の中に、『私は仕事ができる面だけで好きになったわけじゃないし』と棘が含まれてしまうのは自分でも認めつつ、蘇るのは自分の過去。
そう、私だって尾形さんと仕事を共にしながら恋に落ちていた。
それだけに、その気持ちが分かるだけに、優しくフォローなんかしている尾形さんを見たときには、こうなることは少し危惧していたのだ。

……こういうことが過去に一度もなかった訳ではない。
どういうわけか意外とモテるあの男は、後輩だったり、関係先の女性社員だったり、色づいた目線で見つめられていることは少なくなかったのだ。

なので逆に、私も小さく火がついたヤキモチ心を隠すことなんてお手の物。過剰反応せず、だからといって完全に無視もせず、普通の人が普通にゴシップに興味を持つ程度にこれらを眺めているふりができるようになっていた。
もちろん、そのヤキモチ心は二人きりのときに消火してもらっていたけれど。



「……な、よくやるよな、あの子」 
背後から耳元に顔を近づけて囁いてくるのは杉元さん。
私と同じチームの先輩で、彼も尾形さんと並んで影のエースの一人だ。パワーにあふれて的確な働きは後輩にとっても支えになり、お兄さん的存在として私も頼りにしている。

「まだ若いんですよ。ていうか、最初の大きい会議の後って…結構こういうことありますよね」と、チラリと杉元さんを振り返り面白そうに一言。

「ふーん……ということは名前チャンもそうだったってことかな?確か組んでたの尾形じゃなかったかな?」と探りを入れるように顎で尾形さんを指す杉元さん。

「…実は嫉妬してたり?」とニヤリと笑う。

うん、鋭い。でも、私のほうが一枚上手ですよ?

「まさか。そりゃグラッとこなかったわけではないですよ。尾形さん仕事できますし。でも、やっぱりいい先輩って感じですね」

嘘には真実を半分。これも尾形さんから教わったことだけどね。

「だよなあ。というか何でアイツばっかり…心が読めない怖い男だよ、アイツは」と口を尖らせて呟く杉元さんの横腹を、指でツンツンつついてあげた。

「おわっ、くすぐったぁ!」と腰を引いて逃げる杉元さんに、「なんだ、嫉妬してるの杉元さんじゃないですか。やっぱりピチピチの若い子からあんな風にせんぱーいって呼ばれたいですか?チームの後輩としては切ないなぁ」といたずらっぽく笑ってチラリと睨み付ける。

「んなわけないだろ!尾形に嫉妬なんて!てか、仕事仕事!」と図星だったのか拗ね出す杉元さんに、「はーい、せんぱい」とふざけて返す。

杉元さんは扱いやすくていいなぁ。絶対私達のことバレない自信あるなぁ、と心の中で独り言。

実際そのやりとりで嫉妬心が和らいできた私は、その後は集中して仕事に取り組めたのだった。



その日は少しだけ残業して、尾形さんの家に向かう予定だった。

金曜日ということもあり、残業していたのは私以外にシステム関係の2、3人。トラブルが起こったとかで、SEルームにこもって何やらワイワイ騒いで作業していた。どうやら徹夜になるらしい。
巻き込まれるその前に、私は「…帰りまーす」と小さく呟いて、フロアを出てエレベーターホールに向かった。

エレベーターを待っていると、後ろから聞き慣れた足音。尾形さんだ。

「…おつかれ」

かなり疲れた声の尾形さん。今日はあの子と外まわりだったはず。今戻ったのかな。
…色々と対応が面倒くさい後輩に振り回される光景が目に浮かび少し、同情。

私は周囲を万全に確認し、「…お疲れ様です。モテ男さん」とからかいがてら、イヤミを1つ。
尾形さんは、「……妬くなよ。…って、からかっただけか。全く…」と心底疲れた様子。

「全く興味もないからハッキリ突っぱねてやりたいんだけどな、今パワハラとかセクハラとかうるさいからな。…どうしたもんか」と今度は眉間に指を当てて深い溜め息。
「…新入社員なんだから、多少は優しくしてあげてくださいね?」と釘を差す私に不満げな顔を向けるる。

尾形さんが何か言おうとしたその時に、ちょうどエレベーターが来たので、揃って乗り込んだ。

横に並んで2人とも前を向きながら、会話が再びスタート。

「…ていうか、お前こそ」
「え?」

「今日、杉元とイチャイチャしやがって」と、こちらを横目で睨む尾形さん。
あれ?嫉妬?ていうか、見られてた?

「別にイチャイチャなんてしてないです。ていうか、尾形さんとあの子が目立つよねーって話題でしたし」とジトッと睨み返した。 

再燃した新入社員の話題にうっ…っと詰まった尾形さんは、髪を前から撫でつけて下を向く。
ふっ、弱ってる弱ってる。と心の中で悪い笑顔になる私。
だが、疲れに疲れきった尾形さんにそんな追い討ちは逆効果だったようだ。

「……なあ、今日するとき、キスマークとかつけていいか?首とか、胸元とか…何なら腕とか」
「は?!」
突然の発言に眉をひそめて尾形さんのほうを振り向く私に、「…さすがにキスマークとか噛み跡とかお前についてたら、いくらそういうの疎い杉元でも、お前が誰かのモンになってるっていうことくらい、分かるだろ」と、一言。

(あのねぇ!)とその珍しく隠さない独占欲と嫉妬心に、照れながらも言い返そうとした瞬間、エレベーターが途中のフロアで止まった。

誰かが乗ってくることを察した私達は即座に距離をあけ、上がった温度をすっと下げる。オフィス恋愛にはこんなのも必須スキルなのだ。

扉がスーッと開いて、その真ん中から現れたのは、私達の部署のトップの上司、鶴見部長だった。

「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「はい。お疲れ様です」

ゆったり乗り込んできた鶴見部長は一階のボタンが押されていることを確認して、エレベーターの扉のほうに向き直った。

静かにエレベーターが一階まで直下するのを3人黙って待つ中、「ときに尾形くん」と、鶴見部長が急にくるっと振り返って尾形さんを見る。

「………はい?」

突然の上司の行動にビクッと怪訝な顔の尾形さん。私もなんだ?と展開を見守る。

「ふと思ったのだが、君の独占欲を満たしたいのなら、チンケな方法をとるのではなく、彼女のここに君の愛の印を贈ってやるのが一番では?」

鶴見部長は、そう言って、私の左手をスッと指す。

「………は?」

固まったように動けない私達を見やり、鶴見部長は目をパチパチ瞬かせてさらに告げる。

「結婚指輪は、現在の世の中において最も普及しているマーキングの一種と言えるのだよ。もちろん、ただ単純に永遠の愛を誓うものでもあるがね」

……その言葉にさすがに顔から火が吹き出しそうなのを押さえられない私と、珍しく動揺して言葉が出ない尾形さん。2人揃って何か言おうとして、口が開いたまま全く言葉が出ない。

そんな私達2人を上目遣いでジッと見たあとニコッと笑顔になった鶴見部長は、「ではお先に失礼」と言って、タイミングよく開いたエレベーターの扉の間をスッと抜けて帰って行った。

エレベーターに取り残された私達は、お互い少しだけ上気した顔を見合わせて、

「…バレてる」と揃って呟く。

誰からも操作されずにいたエレベーターが、チーン、と間抜けな音を立てて、私達を中に残したまま再び扉を閉めるまで、残り、2秒…。

[ 19/134 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]





小説トップ
- ナノ -