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「それ、何の写真ですかぁ〜?」
「う…っぐ」

ソファでうつ伏せになってスマートフォンを操作していた私の上に、宇佐美くんがガバッと乗っかってくる。
顔の横には肘が付かれて、背中の方から囲われるみたいに閉じ込められた次の瞬間には容赦なく体重がかけられた。

「も、重いッ」
「だからぁ、その写真…」

少し身体を離してから耳元で呟かれるその声は、甘ったるいトーンで何でもない風を装っているけど、その実は冷たいものだ。

「もう、勝手に後ろから画面見てたでしょ」
「まさか僕には見られたくないものですかぁ?」

あっちこっちから手を伸ばしてスマートフォンを取り上げようとする宇佐美君は、私の年下の恋人だ。

「別に何でもない。ほら、この間の会社の歓送迎会の写真だよ」
「誰ですか。貴女の横に座ってる男」
「今度異動しちゃう人」
「フーーン……」

面白そうにフンフン頷いて、私が見せてあげたその写真を眺めている宇佐美君は、今度はぐいっと私の顎を持ち上げて、耳元に唇を寄せる。

「…ちょっと距離近くありません?ホラ、肩のところなんか今にも触れそうだし」
「そりゃ集合写真だから、そんなことくらいあるかもしれないし」
「…へぇ、面白くないです。恋人にイヤミ言われても平気そうですね。年の功ってヤツですか?」
「…2つしか違わないもん。意地悪」

身体を翻して仰向けになって、嫌味を放っている宇佐美君を正面から睨みつけてそう呟くと、ニッコリ笑った宇佐美君は満足気に私の腰に手を滑らせた。

「貴女、年上のほうが好みだって言ってましたし、怪しいもんです。身体に聞いてあげてもいいですよ」
「…もしかして、浮気疑ってるの?」
「…やましいことでもあるんですか?」

ピクリと動く弓なりの眉が示すのは、失望?それとも怒り?

……もしくは、ただの…。


「……浮気なんてしてないよ」
「どうでしょう」
「どうしてか教えてあげようか?」
「……あはッ、いいですね」

私の上に馬乗りになったまま、ニットの裾に手をかけて、一時休戦みたいな感じで手を止める宇佐美君はまだ余裕そうだ。その表情を確かめながら、私はゆっくりと唇を開いた。


「だって、わたし、宇佐美君のこと愛してるから」


整ったお顔が、みるみるうちに動揺で歪んでいって、目尻がほんのり桃色に染まっていく。長い睫毛のせいで、目が泳いでいることがバレバレで、思わず笑いそうになるのをなんとか堪えて次の追撃を。


「…宇佐美君はわたしのこと好き?」


どうしようもなくて、私のニットの中に入り込んだ指先が、いじいじと下着のシャツを「の」の字に弄っているのが宇佐美君の焦りを示すようだ。

「…好きじゃなきゃ付き合ってませんけど」
「じゃあ、愛してる?」
「……ッ」


…焦ってる焦ってる。
傲慢、自意識過剰、盲信的。得体の知れない怪しい男だって最初は思ってた。だけどその実、こんなに子供っぽい嫉妬と焦りを見せてくれる時もあるのだ。


「……フーン、なぁんだ。あれこれお説教しといて、宇佐美君のほうが遊びだったんじゃん…」


ちらりと目を逸らしながら、口を尖らせて小さくそう呟くと、慌てた様子の宇佐美君が息を呑む。ぐっと何かを堪えて頭を抱えると、赤く染まった頬に冷や汗を垂らしながら、怒ったように私のほうを見る。


「……っ、愛して…ます、僕も…。これでいいんでしょう」
「信用できないなぁ。いつも嘘つきだもん」
「…だ、だから、愛してますッ!」


その言葉に満足して、ニヤリと悪戯っぽく微笑んだ私のほうが1枚上手だったことにようやく気付いた宇佐美君は、悔しそうに口をギュッと結んでから、こんどは脱力してドサッと私に被さってきた。


「…貴女だけです」
「…知ってる」
「……今、貴女が欲しいです」

ほら、ね。こんなに単純で子供っぽい。
そんな貴方も嫌いになれないのだけど。


消え入るような声で愛を囁く宇佐美君の背中を撫でて、「ストッキング、脱がせて」と耳元で囁くと、まずは唇に口付けが落ちてきたのだった。


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