44-1

ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえたあと、「ただいま〜」という呑気な声が聞こえる。同棲している白石くんが帰ってきたようだ。ビニール袋のガサガサいう音が聞こえるところをみると、またもや寄り道してコンビニに寄ってきたらしい。

煮魚の鍋から一時視線を外して、リビングのドアのほうを見やると、ドアがバーンと開いて、ニコニコ笑顔の白石君の登場だ。

「ただいま〜!」
「おかえり〜」

…と、返事しつつも、白石くんの手にある小さなビニール袋の中に、高級アイスクリームのあずき色のカップを見つけたので、ジトっと小さく睨みつけたあとは、散財していないか取り調べだ。

「またコンビニ寄ってきたの?」
「アイスクリーム買ってきたんだよ〜名前チャンの好きな味のやつと……ビール!」

舌をぺろりと出してテヘッと片目をつぶる白石くんにため息をついた私は、腕組みしてお説教のスタートだ。

「も〜、こないだ買ってきたお団子もまだ残ってるのにまた無駄遣いして…。あと、後払いの請求書来てたやつ、ちゃんと払った?9000円くらい…」
「ばっちり払ったって!今日期限だったも〜ん」

しっかり正社員になったというのに、なぜか万年金欠の白石君は、どうも金銭管理ができていないのでしょうがない。昨日お財布をチェックした時は、財布の中身がたった1000円しか無くて、いったいそれでどうやって請求書を処理するのか心配で経過観察していたのだが、とりあえず杞憂に終わったようだ。
まあ、どうやってどうにかしたのかは、聞かないけれど。

私のお小言を上手にかわしながらも、上着をその辺に放り投げた白石くんは、キッチンで夕飯を作っている私の後ろにサササ…と擦り寄ってきて、甘えるみたいに後ろから抱き着いてコテンと顎を肩に乗せてくる。

「名前チャンのエプロン姿、好き。可愛いよ!」

「もう、料理の邪魔しない!」と顔だけ後ろに振り返って白石くんを牽制する途中で、ちゅ、と白石くんに唇を奪われてしまって、面食らう。
…いつもこうやって無邪気な甘さにひるんでしまうの、本当によくないわ…。

「今日ご飯なぁに?」
「カレイの煮つけだよ」
「イエーイ!俺それ好き!」

いつも通り、何を作ってもこんな風に喜んでくれる白石くんの反応にこっそり頬を緩ませつつも、いつまでたっても抱き着いて離れない白石くんに、なんだか不思議な違和感だ。

「ちょ、ほんとに離れてよ〜夕飯作れないよ?」

ところが、一瞬「ふふふ…」と、なんだか意味深な微笑みを寄越した白石くんは、「今日ね、名前チャンにお土産あるんだ!」と嬉しそうに私に囁いたのだった。

「え?アイスでしょ?」
「違う!……こ・れ!」

そう言って、後ろから目の前に差し出されたのは、小さなティーバッグだった。

「なにこれ?」
「ハーブティー。オーガニックのものだから、美容と健康にいいんだよ〜?」
「へえ〜ありがとう。どしたの?これ。それに、この絵、ラッコ?」
「……まぁまぁ、とにかく美容にイイんだって。貰い物だけど、女子が飲んだほうがいいでしょ?」

「ありがとう〜肌にいいとか?」と言いながら受け取って、忘れずに飲めるように、それをキッチンのカウンターにポイっと置いておく。
白石くんはその性格からか、色々なものを色々なところから貰ってくる得な性格で、私もそのご相伴に預かることも少なくない。きっと、これも職場のお姉さんから貰ってきたんだろうな、なんて想像しながら、何故かルンルン嬉しそうにテーブルに向かう白石くんの後ろ姿を見送ったのだった。





夕食を済ませたあとは、いつもどおり二人でキッチンをお片付け。そして食後のまったりタイムに差し掛かったところで、ふと昨日買ったお団子がまだ残っていたことを思い出す。横着してパックのままテーブルにそれを出して、ソファに寝っ転がってパンツ一丁で漫画を読んでいる白石くんを呼び寄せた。

「白石くん、お団子食べよう。今日食べちゃわないと」
「はーい…」

読んでいる漫画がちょうどいい展開のところなのか、未だページに気を取られている白石くんが、視線はそのままで生返事。

「お茶淹れてくるから、キリのイイところで来てよ?」
「ウン…」
「私温かい緑茶にするけど、白石くんは緑茶とウーロン茶どっちにする?」
「ウーロン茶!」


まずはポットから急須にお湯を注いで、緑茶の準備をしたあとは、棚を開けて白石くんお気に入りのウーロン茶の茶葉を取り出して…と思いきや。買い置きしていたウーロン茶の茶葉が、無くなってしまっていたようだ。

しまった、と思わず苦い顔になってしまうが、急に緑茶に変更したところで白石くんなら怒らないだろう。それに、私のほうも、白石くんがくれたティーバッグの存在を、ふと思い出したのだ。
私はこっちのハーブティーを飲むとして、白石くんはすでに蒸らしている緑茶に変更してしまえば、万事オーケーだ。

「お茶淹れたよ〜」と二つの湯呑をテーブルに置きながら白石くんに呼びかけると、「は〜、いや〜やっぱ面白いわ、この漫画…すげぇ」と目をキラキラさせた白石くんが、放心状態でテーブルにつく。
そのままゴクリと一気にお茶を飲んでからお団子を頬張った白石くんに、「最近ずっと読んでるね、それ」と話しかけて、恒例のおやつとお喋りタイムのスタートだ。

割とどんな分野の話題にも対応できる白石くんとは、こんな風におやつを食べながらだったり、お茶しながらだったり、寝る前にベッドで寝っ転がりながらだったりのトークに花を咲かせることも多い。こうやって他愛のないことを取りとめもなくお喋りしている時間は、私にとっては結構貴重な時間で、「癒しタイム」になっているのだ。

「このお団子、ホント美味しいね」
「ね!名前チャンいい店見つけてきたよ。でねでね、さっき言ってたキャラがすごく強くてさぁ!」
「フーン!面白いね!」

白石くんの漫画トークを聞きながらも、甘い餡子で段々と口の中が乾いてきてしまった私は、湯呑を取ってゴクリと一口。と、お茶を口に入れた瞬間、「ん!!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

「どしたの?」
「アレ?白石くん私のほうのお茶飲んじゃった?これ緑茶だ」
「へ?名前チャンは緑茶じゃないの?」
「私、白石くんにもらったハーブティーにしたの。白石君は緑茶にしてもらうつもりで…。白石くんハーブのほう飲んじゃったでしょ!」

「……え?」と小さく声を絞り出して、ほぼ空っぽの湯呑をドカッとテーブルに置いた白石くんの表情がなぜか強張っていて、びっくりしてしまった。

「…え?ゴメン、せっかく白石くんにもらったのに…。ていうか白石くん気づかなかった?ハーブティーの味…」
「あ、あの、え〜ッ?…いや、これほとんどウーロン茶の味だった…」
「そうなの?じゃあ良かったじゃん」

貰ってきたティーバッグは、結局ハーブティーじゃなかったのか、と思いながらも、結果的に白石くんの好きなウーロン茶味だったのならちょうどいい。

だけど、「良くないよ…」と囁いて、急に青ざめて頭を抱える白石くんを、怪訝な表情で見てしまった。何てことなさそうな間違いなのに、そんなに戸惑われると、何だかこっちもとても罪悪感でいっぱいだ…。

「…名前チャン、俺なんともなってない…?」
「いや、なんか変だけど、別に…。ハーブティー嫌いなの?」
「そうじゃないけど…ちょっと…」
「ど、どうしたの…?」

ゴクリと生唾を飲み込んで、動揺した様子で黙り込む白石くんは、明らかにいつもと違う様子だ。

「ねえ、どうしたの?体調悪いの?早く寝たほうがいいんじゃない…?」
「…ウン、そうかも。今日、先に寝る」
「え!?ホントに大丈夫!?」

大丈夫大丈夫…と繰り返す白石くんは、そのままバスルームへと歩いて行ってしまう。私も呑気にお団子なんて食べていられなくて、残りの緑茶を一気に飲み込んだら、とりあえず白石くんがいつでも眠れるように寝室をセットしに慌てて立ち上がる。

あっという間にシャワーを浴びてきたらしい白石くんは、バスルームから出てきたあとも、心配して質問責めする私を軽くあしらって、さっさと布団に潜り込んでしまったのだった。

「ねえ、大丈夫?熱計ろうか…?」と布団越しに声を掛ける私に、「いいから、寝かせて…明日も仕事だから」と柄にもなく真面目に小さい声で呟く白石くんに、いよいよ心配しか湧き起らない。
それでも、そっと布団の隙間から手を差し入れて確認したおでこの熱はいつもと同じで、それだけでもホッとしてため息をついた。

一体どうしてしまったのだろうか、と疑問は尽きないけれど、とりあえず騒がしくしないように私も早々にシャワーを浴びて、一緒のベッドに潜り込む。
いつもと違って反対側を向いて縮こまって眠っている白石くんに、もう声もかけられなくて、
「おやすみ」と小さな声で囁いたあとは、私もすぐに目を閉じたのだった。

白石くん、風邪なんかじゃないといいな…と布団を引っ張り上げながら考えて、ゆっくり意識を手放していく。熱なんか出てしまったら苦しくなるだろう。今日は早めにベッドに入ったから、明日は回復しているといいのだけれど、いつもと違う白石くんの様子になんだか嫌な予感がするのも事実。



そして、そんな悪い予感が当たるみたいに、私が背後から感じる熱い吐息で目を覚ますのは、その数時間後のことだったのだ。



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