メイクよし、ヘアセットばっちり。洋服も靴もいつもよりも上品な物を選んで。最後に鏡の前でしっかり全体チェック。


はあ、緊張するなあ、もう。


ただ卒業した母校に行くだけなのに何でこんなに緊張するんだろう。いや、答えは明確にわかっているのだけれど。

毎日歩いていたはずの通学路も、大学生になってから歩くと何だか新鮮に思える。穂希高校の和やかな雰囲気は卒業した今でも健在だ。


「失礼します。」


久しぶりに職員室のドアを開けばお世話になった先生達が迎えてくれた。よう、華の女子大生やってるか!合コンとか行くの?髪染めたのか!なんて先生達の元気な声に緊張が解れた気がした。


「大学の課題で現場の教師に話聞くとは大変だな〜。今東先生呼ぶからなー」


東先生。その響きだけで心臓が波打つ。単純。男慣れしてない。小悪魔なんかには到底慣れないくらいの余裕の無さ。


「お待たせ、久しぶりだね」


手に持った教材を自身のデスクに置きながら先生は場所を移そう、と手招きしてきた。変わってない。優しい声色に穏やかな表情。


「大学どう?がんばってる?課題とか多くない?」
「多いです、課題はやっぱり…」
「はは、俺も大学時代大変だったなあ」


教職取ってるとどうしてもねー、なんて笑いながら語る東先生を見て、私はまだまだ東先生と同じ場所には立てなくて、同じ目線になれなくて、高校生の頃からなに一つ変わってない現実に少し気分がへこんだ。


「さっ、課題やっちゃおうか!俺なんかの話で良いなら、幾らでも協力するからね。」


いつだって頼りがいのある東先生。ピシッと自然に締められたネクタイから大人の余裕が溢れてて。ちょっと背伸びした綺麗なワンピースも、雑誌とにらめっこしてがんばったメイクも私には途端に似合ってないなんて思えてきちゃって。


「やっぱり東先生は大人ですね、」


なんてポツリと呟いてしまった。
私のその言葉に東先生は一瞬きょとんとして、すぐに困ったように笑った。

なんとなく先生を見れなくて視線を落としていたら、ネクタイを緩める先生が視界の端に入った。


「びっくりしたよ、すっかりお姉さんになったね。」
「…からかわないでください」
「あっいや、そういう訳じゃなくて、もう立派な大人の女性なんだなって」


予想してなかった言葉に思わず顔を上げた。今度は東先生が視線を落として苦笑混じりにポツリと呟いた。


「情けないよね、元教え子に緊張するなんて…」
「えっ、」
「課題の為に来てくれたんだから俺がしっかりしないとだよね。うん、ごめんごめん」


その言葉で一気に顔に熱が集まるのがわかった。緊張してたのは、東先生も同じだったの。どうして。


「大人になったね。名前さん。」


答えは少しだけ赤く染まった東先生の耳から都合良く解釈させてもらうことにした。


「早く教師になって戻っておいで。」


早起きできた私、綺麗なワンピース、それから初夏の涼しい風に大感謝。

少しだけ、大人じゃない大人に、近づけたかもしれない。


20140605