沢田は受験どーすんの、大学?専門?

んー…どちらかといえば就職、かな。就職って言って良いのか微妙なところだけど…

えっそうなんだ、そっか、無事決まるといいね

う、うんありがとう

何、なんか隠し事でもしてんの

実は決まってるんだ

えっ

俺、イタリアに行くんだ

…いやいやいやそれは留学じゃないですか就職じゃなくて留学じゃないですか

イタリアに行って、仕事?っていうかなんていうかとにかくもう決まってるんだ。

じゃあ卒業したら、すぐ行っちゃうんだ




その言葉に沢田は曖昧に笑ってはっきりとは答えなかった。はぐらかして、人の良い笑みを浮かべて、今年の夏は涼しくなるかな、なんて期待を込めた言葉を窓の外に放った。涼しくなるわけないじゃない。ほら、じんわり、広がる汗。今年の夏、その響きに何だかとても胸が締め付けられた。夕方、雨の匂いが鼻を掠めた。夏はもうすぐ、暑さとともにやってくる。





今年の夏は、暇ですか

蝉が鳴き出してうだるような暑さとの格闘中、鳴り響いた携帯の着信音の正体がガチガチに緊張しながらそんなことを聞いてきた。ああ沢田今顔真っ赤だろうな。なんて考える余裕なんて私には無くて。沢田と高三の夏が過ごせるなんて考えてもなくて、だって私は、





来年の夏は、帰ってくるの

私の問いかけに沢田はお祭りを楽しむ人々を見ながら、どうだろう、と答えた。繋いだ右手に力を込めた。きっと、きっと、沢田と過ごす夏はもう来ない。何故だかそんな気がして、勝手に残念がって涙が出そうになって、沢田は私の事なんてきっと忘れちゃうのだろう。一緒に食べたかき氷の味も花火の色もこの言葉もこの瞬間も、


「沢田、」
「ん」




好きだよ

ずっとこうして毎年一緒に居たいなあなんて泣きそうになりながら絞り出した声。沢田が優しい目をして後ろで花火が鳴った。これが最後の花火。終わりたくない離したくない離れたくないよ。どうしてこんなに愛しい、どうしてこんなにわがままなの。この夏の思い出は私には贅沢過ぎたのだ。まるで現実的でない、私の願望だけで成り立っている儚いもの。その証拠に沢田の困った顔。一緒に居たい、でも無理なんでしょ。知ってるよ。わかってるよ。



右手が熱い、汗がじんわり。強く強く握られた手は痛くてどこか安心できて、カラン、コロン、下駄が鳴って、ラムネのビー玉が弾けて飛んで、花火が鳴って、



「ごめん」



全てが弾けた
暑くて暑くて、苦しい夏もさよならの時間
離れた右手だけが暑さを忘れて、夢から醒めて、君を好きに、大好きになった夏が終わる。





静かで暗い夜道を歩く沢田の背中を眺めて、何で期待を持たせるような事をしたのよ、なんて考えたけどやめた。沢田の高校生最後の夏を過ごしたのは私だから。少しでも楽しい思い出になっていたらそれだけで幸せなことだと思ったから。



言葉は何も出なかった。私の家の前で、沢田がした一度だけのキス。大好きでした。ばかやろう。嫌いになんてなれないよ。


夏休みに恋をした。夏休み最終日に失恋をした。大人な恋だなんて私達には無縁で。不器用で辛くて辛くて苦しくて、でもそれでも私は君が大好きでした。



明日からお互いの毎日が始まる。夏が終わって夢から醒める。何年経っても忘れない、特別な夏。バイバイありがとう。またね、


131011