あっ

口から咄嗟に出た小さな言葉は人混みの中に消えた。びっくりした、まさか、ね。

人の波に逆らわずに歩いている中で、一つの背中から目を離せずにいた。ずっとずっと見てきた背中。高校の頃のあの白いシャツではないけれど、それでも一瞬でわかってしまう自分が憎い。

好きだった。高校一年で出会って、ずっと好きだった。女子との絡みが薄い彼だった。その中でも私は彼と仲の良かった方だと思っていた。

彼の読んだ本は私も読んで、彼の好みだと言った音楽は私も聴いた。少しでも彼に近付きたくて、でもそんな努力は実らなくって。彼の隣にはいつの間にか、違う女の子が居て。

背中がどんどん遠くなって、少し早歩きになった自分。追い付いたとしてどうするの?私が彼を好きだったこと、彼は気付いている。私のこと、わかってて他の女の子と?悔しいよ、悔しいけどさ、仕方ないんだよね、きっと私じゃないんだよね、一緒に居て幸せを感じる女の子は私じゃなかったんだよね。

わかってる、わかってるけど少しでも、少しだけでいい。卒業してから、断ち切ろうとも断ち切れなかった。ちゃんと、最後まで恋がしたい。


足が早まる 背中が近いよ、どうしよう、

名前を呼ぼうとしたら、彼が振り向いた。


「…名前…?」
「ゆっ悠太…」


少し驚いた顔をして、すぐにいつもの穏やかな顔になって、久しぶりって。ああ、ずっと見てきた顔だ、雰囲気だ。あの頃より更に穏やかになってて、そっか、今、幸せなんだ。


「元気?買い物?」
「あっうん、」
「びっくりした。」


二人で人混みから避けて悠太がぎこちない私にいろいろ声をかけてくれた。あー、この優しさに甘えたい、でも、私は甘えちゃだめだ。悠太にはもう、甘えちゃだめ。


「あのさ、悠太、覚えてる?」
「名前のこと?覚えてます」
「ちがくて、私がさ、」


君のこと、好きだったこと
言えない、言えない言えない言えない


「ん?」
「…悠太、ちょっと目閉じて」
「なんで」
「少しでいいから」
「はいはい」


少し屈んだ悠太が目を閉じた。言うなら、今、言え、言え、言え、夢みたいな出会いなんだから、もう会えないかもしれないんだから、もう会いたいって願うのをやめなきゃ。でも、ずっとずっと大好きだったんだから。ちゃんと伝えて、失恋しよう。


「…私、悠太のこと大好きだったんだよ!毎日楽しかった!ありがと!でも辛かったよ!ばいばい!」


悠太がパチッとまんまるな目を開けたけど私はそのまま人混みの中に紛れるように走って逃げた。後ろで、ちょっと、って聞こえた気がしたけど振り返られない。今泣きそうだから。でも言った!言った!私は言えたよ、もう、だめ、大好きでした。このまま消えて居なくなってしまいたい。恥ずかしい。楽しかったなあ、悠太に恋をして、後悔もあるよ、あるけど、楽しかった。一喜一憂して、



でももうこれにておしまい。

20130903
title by ゼロの感情。