■ 雨の日の壊れたコ

「はぁ…なんで降ってきちゃうかなぁ」

沢田綱吉による不幸と不運と不遇のこもった大きなため息は、六月下旬の軽快な豪雨にかき消された。
降水確率40%を過信した結果がこの有様だ。


こんな日に限って、自称右腕の友人は六月にはなんの落ち度もない、身内による過失的食中毒により本日欠席。
曇り空の下でも、健康的な白い歯が眩しい野球少年はバト部バレー部と共に体育館にて筋トレ中。体育館が女子の声援を共振させ、こんなにも離れた昇降口からでも黄色い悲鳴が聞こえてくる。


そんなわけで見事置き傘を借りパクされた俺は、一人虚しく、目の前の雨を沈んだ目で見つめ、若干靴下が濡れてきた足で立ち尽くしていた。


「かーえーるーノー、うーターが」

「え…?な、なに」

「きーこ、えーテーく、るよー」


雨の音に細切れにされた、ノイズのような拙い歌声がどこからともなく聞こえてきた。
昇降口からそっと身を乗り出す、聞こえてきたのは右側。

色とりどりの花草、この季節には青紫の紫陽花が咲いている、花壇。大きなカエルが色美しい花々に囲われながら、曇天の空を見上げて歌っていた。


「ひぃぃ!な、何!?か、カエル!?」

日々非日常を送り、日に日に研ぎ澄ませれてゆく、ツナのツッコミソウルは雨の日でも健在であった。
そしてそのツッコミは、雨音をもろともせず、目の前のカエルにも届いていた。


「ケロ、けロ、けロ、ケろ、くわー………んん?」


ぎょろりとこちらに視線。
み、見つかったー!!


「やあ、いい天気だね」

「いや全然いい天気じゃないよ!雨だよ!……って、あれ、な、なんだ」


カエルの正体は、やけにリアルすぎるカエル型レインコートを身にまとった女子だった。緑色の隙間から、しろく細い輪郭と、大きな瞳。あ、まつ毛も長い、京子ちゃんみたいだ。
てゆうか、どこで売ってるんだろう、そんなカエル特有のヌメッと感や、頭にあるブツブツな感じやギョロっとした目が忠実に再現されてあるレインコート。怖いわ!!


「洗濯物は干せないし、体は濡れるし、傘は盗まれるし、いい天気だね」

「だから全然いい天気じゃないよ!?ていうか傘に関しては…って、あー!!」


全身、ずぶ濡れ。いつの間にかツッコミをしながら花壇の近くまで来てしまったせいで。ツナの乾燥区域は全滅していた。
時すでに遅し。


「はははは。元気、いっぱいだね。いい天気だから?」

「いろいろ違うよ!もういいよ!……ね、ねえ。あのさ、何してるの、こんなところで」

「これ」


ポンチョ型レインコートの隙間から、小さな手と年季の入ったスコップ。
もう反対には、名前がわからないけど、潮干狩りとかに使われる鉤爪のような道具が握られていた。


「もしかして、花壇の手入れしてたの?こんな雨の日に?」

「はははは、美化委員、だからね」


それに、いい天気だったから。とお決まりのように笑い。「かー、エーるーのー、うーターが」
と困惑するツナを尻目に彼女は濡れた土にスコップを突き立てた。


「ほ、他の委員の人は?もしかして、その、一人でやってるの?」


女子が雨の中、ひとり花壇の手入れをしている、というこの異様な光景は、自身のダメツナ人生の経験から、もしや嫌がらせ等の悪意による行為からなのでは……。と心がひどく抉られるようなことを想像してしまった。


「ははは、うん。一人だよ。みんな殺されたからね」

「え」


沈黙した空気に雨音が痛いくらいに響き渡った。


「ああ、違う違う」

「そ、そうだよねー!びっくりしたー!!もー!嫌な冗談だなー!!」

「かみころされたんだった」

「え」


じゃきん。脳裏に鈍い銀色が摩擦する音が聞こえた。
あと上質の革靴が濡れた土を踏む音も。


「ねえ、なに群れてるの」

ゆらり。
雨に晒された黒い髪を重くしならせ、瞳に漆黒の殺意を宿らせた並盛中学風紀委員長が、ツナと全く同じずぶ濡れ時遅し状態の戦闘態勢で現れた。
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