■ イルーゾォ様、ご来店

しんどい、疲れた、みんな死ね。
夕暮れも薄紫に染まりゆく、イタリアの美しい壮観の街並み。友人や家族、恋人が行き交う乾いた石畳の道をのそり、のそり。
げっそりとしかし凶悪さを孕んだ青白い顔に、重たい黒髪を不規則に垂らし。ジャパニーズホラー映画のアイドル的出で立ちでパッショーネ暗殺チームの鏡のスタンド使いが歩いていた。

今日は始まりから散々な1日だった。
非番だったにもかかわらず、急な暗殺要請により更年期生ハム野郎に理不尽に叩き起こされた午前7時から始まり。
変態マスクメロンが性懲りも無く、悪魔の実のような絶望的ヘアスタイルの猫耳スーツ野郎にちょっかいを出し、ダイニングの家具と俺の朝食がレリゴーした。

騒ぎを聞いて降りてきた我らがリーダー朴念仁下半身しましまパジャマの28歳に連帯責任としてメタリカれ、空腹と無意味すぎる重傷とともに仕事に飛ばされた。
もちろん仕事もアンラッキーの連発だった。いつもならありえないミスの連鎖、ファイヤー、じゅげむ、ばっよえーん。
鏡の中からターゲットの恰幅のいいおっさんが、これまた毛深いムッチムチのおっさんとまぐわっている様を見せられた時はちょっと死にたくなった。第一ラウンドが終わる前に早々に始末させてもらった。あの心の叫びと静けさは、一人部屋でゴキブリを見つけタイマンを張っている時のアレだった。
ちくしょう。ホモはうちの妙に設定がないから語り辛いガチコンビだけで十分だっつーの。きっとあいつらもろくな死に方しねぇな。


そんなこんなで身も心もズタボロボンボンになりながら家路をたどっている。幸せに行き交う奴らを睨みながら。

「あーくそっ、身体中あちこち言うこと聞かねぇ……」
肩、鉛のように重たく硬い。腰、ズキズキギシギシ。脚、棒。身体、動くが屍のようだ。無茶と無理と無駄と無頼のメニューに加え、苛酷と厳酷と残酷と冷酷のフルコースはイルーゾォの心身を披露で満たした。
それもこれもみんな誰のせいだ。ボスのせいだ。死ねボス。100ぺん死ね。1000回死ね。

すっかりと街が闇色に染まり、イルーゾォの脳内ボス殺害劇場が1284回目のアンコールを迎えた頃、普段は立ち寄らない、薄暗い道に入っていたことに気づいた。
「(やべ、道間違えた。戻るか?いや、この際このまま抜き出た方が……)」

舞台を一時休演し、あたりを見渡していると、薄暗い小道の先、小さく暖かな灯火が目に入った。
「リストランテか……?こんな人気のない通りに。まあいい。休憩がてら入ってみるか……」



扉を開けると、アジアだった。
ほんのりとした温かみのあるオレンジの照明に映える、い草が香る緑茶色の畳。
床の間には花のような障子窓を背に、冬化粧を施した山の掛け軸、黒の信楽に菖蒲の花が咲いている。
そして空間に澄み渡る、琴の音の清らかなリズムがイルーゾォの視覚と聴覚を支配した。


「すげぇ……。オリエンタルって奴か? うおっ、SHISHIODOSHIじゃねーか」
かぽーん。昨夜テレビで見て記憶していた日本の竹筒装置を実物で目の当たりにし、ちょっと感動していると、奥の障子から、すっとジャパニーズSEIZA(これもテレビで見た)をした人影が現れた。


「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」


着物+黒髪+美人=YAMATONADESHIKOである。
安物のお土産品のような派手派手しいそれでなく、青を基調とした繊細でモダンちっくな着物姿に烏の濡れ羽色と言っていいしなやかな黒髪、アジア特有の幼さが伺える顔は白く透き通る陶磁器の肌に、桜色の唇がまるで一枚の絵のようで。
思わずGANMIしてしまった。イルーゾォの日本知識はこれにて終了である。


青白く目つきの悪い表情にしばし凝視されても、目の前の彼女は一切その微笑みを崩さず、深々と礼をした。
「日本式エステサロン『なごみ』へようこそ。 お客様、初めてのご来店になりますか?」

「あ、ああ……」

着物、いい。かわいい。違う違う、そうじゃねぇ。
え、エステサロン……?リストランテじゃなかったのか。というかエステサロンなんか生まれて初めて入ったぜ。


「ありがとうございます。お客様、お名前をお伺いしても?」

「えと、イルーゾォだ」

「イルーゾォ様、この度はご来店ありがとうございます。申し遅れました、私はなまえと申します。イルーゾォ様、本日、特にお疲れの部位はございますか?」

「…………………全部」
全身、悲鳴と悲痛の大合唱オーケストラだ。

「かしこまりました、お履物は、手前の靴箱へ。さあ、どうぞ、こちらへ」


ふわりと桜色が綻ぶ。彼女の白い手が、障子の向こうへと誘う。電光に導かれる虫のように、イルーゾォは色美しい緑の道をふらふらと歩いた。


通された間で、受け取った、肌触りのいい紺の作務衣に着替えたイルーゾォは、部屋の中心にある、上質なシーツの掛けられた寝台へ身を沈めていた。ゆらゆらと、寝台横の和紙で作られたランプの奥の小さな炎をぼーっと見つめていた。


「(あー、やわらけぇ……。静かだし、いい匂いだし。こんなゆっくりするの、何時ぶりだろ……。なんか、鏡の中より、落ち着く……)」

「イルーゾォ様、失礼いたします。お召替えの程はいかがでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ。入っていいぜ」


スムーズに背を見せることなく、正座のまま部屋へ入ってきたなまえに、素直にすごいと驚いた。
時間にして3秒、音はスッ、スッ、スッ、シャッ。


「これも日本の着物なのか?割と着るのも楽だし、着心地がいいな」

「そちらは作務衣と呼ばれる物でございます、日本ではくつろぎ着用でお召しになる男性が多いのですよ。大変、お似合いですイルーゾォ様」

「う、ああ……。その、その着物も、なまえによく、似合ってる、えと、さすがジャポネーゼだな……」

「ふふ、まあ、お上手ですこと」


全然上手じゃなかった。てめー本当にイタリアーノかというほど、全くもってスマートじゃないセリフ。真っ赤になって、カミカミで、俺は乙女か。


「ではイルーゾォ様、施術を施させていただきます。まずは目元を温め、ハンドマッサージから初めて行きますね、熱かったらすぐにお申し付けくださいませ」


ふわりと、熱を持った、触り心地の良い布で覆われる。じんわり、目の奥から張り詰め、からまり合った糸が綻ぶような安らかな暖かさに思わずため息が出る。あったかい、目蓋も、眼球もみるみるうちに、優しい蒸気に包まれ、失われていた水分が回復していく。


「温度の程はいかがでしょうか、イルーゾォ様」

「ああ、すごく、いい……」


変態マスクメロンではないが、これはベリッシモと言っていいほどの心地よさだ。ほんのり香る柑橘の香りも心を落ち着かせる。一瞬脳裏に浮かんだ変態マスクメロンはすぐに脳内ゴミバケツにブチ込み硬く戸を閉じた。
「それでは始めさせていただきます」と、白く、しっとりとした、少し硬めの指が、俺の掌に触れた。


「んっ……、あっ、ん」

「ふむ、イルーゾォ様のおっしゃる通り、全身くまなく疲労がたまっておりますね、掌にも老廃物がたまっておいでです」

「んんっ、あっ、う、そ、こぉっ……!!」

「ここ、特に感じますか?疲労に加えて、体も少し冷えやすくなってるようですね、もう少し揉みほぐしていきますね」

「あうっ!ぐっ、あ、あっ、あっ……!」


おいおいおいおいおい、何だこれ、おいおいおいおいおい。
やばい、やばい、やばい。きもちいい、めちゃくちゃ気持ちイイ…………………!!!

ごりっ、ごりゅ、ぎっ、ぎっ、ぎゅっ。


指先から手の平、関節をくまなく使い、なまえの指が的確に俺の手のコリをほぐし、とかしていく。
気持ちいいっ……!ダメだ、声、止まらない、溢れて、こんな、ダメだ、みっともねぇ、ただの、マッサージなのに……!
再び脳裏に変態マスクメロンが浮かび、奴の持っていたポルノ漫画(触手モノ)の「悔しい、けど、感じちゃう……!」というフレーズが浮かぶ。


「あっあ、ぎっ、う………!」


脳裏に浮かんだポルノ漫画(そういえば女にウサ耳生えてた)と変態マスクメロンを脳内シュレッダーにかけ、再び、喜びの声を上げる口をもう片方の手の平で覆い、力を込める。


「あら、ダメですよ、イルーゾォ様。力、抜いてくださいね」

「……!?ひうっ!あっ、んん……!」


耳元に、艶やかな音色。覆った口元をすぐさま解放された、再び不規則に揺れる俺の声が紡がれる。
あっという間に反対側の掌も、心地の良い指圧の虜となり、その施しを受けるほかなかった。


「はっ…は、う……」

「ふふ、お疲れ様です、ではお体の施術を施させていただきますね」


目元のタオルが取り払われ、ぼんやりとした明かりが徐々に視界に広がり、なまえの微笑んだ表情がオレンジの陰影を孕み、その妖しげな色っぽさに心ごと持っていかれそうになる。あっという間にうつぶせ状態になり、低反発枕が顔面を抱いた。


「だ、だめだ、もう、これ以上、おかしく、なる……!」

「大丈夫ですよ、全部、キモチイイことしかしませんから」


顔を枕に埋めているせいで、彼女の顔は見えなかったが、きっと彼女はとびっきり、妖艶な笑みを浮かべて、

「あなたの全てを癒してあげる」



「おいメローネ、あの腹出しユニクロ。帰ってきてからずっと、ニヤニヤヘラヘラ俺がこの世で一番幸福だみたいなくそうぜぇ面してるけどよぉー、ついにストレスで薬に手ェ出したか?」

「さぁ、どうだかねぇ。なーんかずっと大事そうに何かを握りしめてるけど…、あ、頬ずりした」

「ふぁぁぁぁ…、幸せだ…。へへ、この世にあんな極楽があったなんて……。なまえ、また俺が来るの待ってるって……ふへへへへへ………」


「おいリゾット、イルーゾォが持ってるアレ」

「……あの店のポイントカードだな」

「見ろよ、初めてでもう中毒症になってるぜ。相変わらず末恐ろしい女だな」

「……とりあえず体調は回復したようだ。イルーゾォには明日からフルで入ってもらおう」


またのお越しをお待ちしております。
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