■ 東方くんと露伴くん

※関西弁主

「ちーっす、なまえさん。380円、番台に置いとくぜー」

「早すぎや、東方くん。学校終わってまだ20分も経ってないやん。まだ清掃中よー」

「だからいいんじゃないっすかー、俺一人で独占できるし」
いろいろと、ね。




暖かい色使いのレトロな木彫の床、少し色あせた青緑色の脱衣ロッカー、暖かい温度がしっとりと、肌に伝わってくる。右手にはタオル、左手には安っぽいローッカーキー。銭湯準備、良し。「走らないで」とプレートが貼られた大きな雲理ガラスの扉を勢い良く引いた。


「もー、東方くん。なんでいっつも、こない早い時間に来るかなぁ。表の方に準備中って書いてあったやん」


しっとりと、熱気と蒸気に濡れた髪。たくし上げたモダンな柄の作務衣から除く、白い脚。モップを持ってプリプリ怒ったなまえさん。グレートだぜ。チャイムと同時に陸上部顔負けの全力疾走Bダッシュで脇腹を痛めた甲斐がある。汗もかき、銭湯日和さまさまだ。


「いーじゃねっすか。水曜だし、なまえさんも俺が一番に来るのわかってたっしょ」

「まあ、一応鍵かけておいたはずの扉が開いて、ドタドタ足音した時からまた君かと思ったけどね」


一番人入りが少ない、毎週水曜日にダッシュで駆けつけたバッチリ決まったリーゼントが一番客になるのが、杜王町にある所謂昔ながらの銭湯、「亀の湯」の恒例となっていた。湯気が張り付いた時計を見ると、16時20分。新記録更新だ。いつもより自慢の髪が崩れ、肩を上下し、まだ湯に浸かっていないのに顔が赤い。


「だっー疲れた!ねーなまえさん。今日も1日がくぎょーに励んだ学生にサービスしてくれよ」

「えー、またかいな。ていうかほんまに東方くん、ちゃんと勉強してるん? 朋子さんこの前テストの点が良うなかったて言ってはったよ」

「ちょ、違うって!あの時はたまたまだって! 他の教科は普通に良かったんだってば!だから、ねっ!?」


タオル一丁のまま必死に弁明する甘いマスクのハーフ顔に思わず吹き出しそうになる。こういうところがまだまだ子供で、甘やかしたくなるのだ。


「はいはい。せっかく新しくお湯張ったのに、ドロドロのまま入られたらかなわんからね。はい、こっち座る」

「!!」

ダイヤモンドのような瞳をより一層キラキラさせ、さながら犬のように、嬉しそうに黄色いプラスチックの椅子に腰掛ける。


「はい、目ぇつむってー。熱いから気ぃつけてね」

「子供扱いしないでくださいよ…ッツ熱っぁ!」

「もう高校生やのに、頭を人に洗ってもらってる時点でめっちゃ子供やと思うけどねぇ」

「ばっちし整えた分、洗う時大変なんすよ。あー、きもちー、サイコーっすよー」

「あははは、確かに美容院とかで、人に洗ってもらったりすると気持ちいもんねー」


きゃっきゃ、うふふ。至福のひと時。泡立ったシャンプーが、髪から伝い、なまえの服に、太ももに、拭った頬に付着する。目の前の鏡が曇っていようとも、男の心眼にははっきりとその情景が伝わってくる。超高画質だ。


「(あー、ヤベェ。なまえさんの指使いまじグレートっスよ〜!つーかタオル一枚の思春期バリバリ男子高校生をそんな格好でフツーに髪洗ってるこの状況もフツーにヤベェ。リアルなシチュエーションも加わって、ソープとか風俗なんかよりもよっぽどヤベェ。マジでヤベェ。マジで出島まじ出島……)」


曇った鏡に映った仗助はそれはそれは真面目な顔であった。人間はくだらないことを考えてる時ほど真面目な顔になったりする。そこに疚しさや厭らしいことが加わればなおさらである。


「はい、シャンプー終わり。……おー、やっぱりいつ見ても髪の毛下ろした東方くんは新鮮やねぇ」

「あんまり見ないでくださいっスよ。髪長くてうざいし、変な感じだし」

「あははは。そんなことあらへんよ。かっこええ子は、どんな髪型しててもかっこええんやから」

「(やべ、めっちゃにやける……)」


長くなった髪に覆われた奥で、整った顔が盛大ににやけたその時、ピシリと、たくましい体が凍りついた。二つの、暖かさと、柔らかさによって。
ぬのごしに、やわらかな、あたたかみのある、やわらかな、やわらかい、かんしょく、せなかに、やわらかな、それが、



「(え、なに、なに、なに、なに。せなか、やわらかいし、あれ、なんか、なまえさんさっきより、ちかいし、え、まじで、うそだろ、え、ちょ、ちょ)」
男の心眼Level2発動。


なまえさんが、俺の背中にぴったり、張り付いて、顔を、頭に、埋めている。


「(!?!?!?!?)」
マジで出島まじ出島…………!?
心眼をレベルアップさせた結果、凍っと体が灼熱へと変貌した。


「(なんで、何で、何が起こって……!?近い、すっげ、甘い、匂い。え、そういうこと?いいよって、そうゆうアレ的な、えっ、いいんすか?ちょ、ちょ、ちょ、)」


無論、こっちは戦闘準備OKだ。色々と、以前から考えていた戦略やら、戦闘物資やらは使えそうにないが、この身一つで、
戦い抜き、勝利を収める自身はある。いかんせん経験はないけれど。広い浴場に、小さく喉を鳴らす音が、響く。
最後に、赦しの言葉が、勘違いではない、間違いではない、GOサインが、欲しい。


「なまえさん……」

「ええ匂い、するでしょ。気に入ってくれた?」

あ、もちろんっす。なまえさんのすごく甘い、匂い。GOサイン、いただきました。




「新しく、シャンプー変えてみたんやけど……」というなまえの言葉は幾何学を描く濡れた床へ、優しく押し倒された衝撃で、押さえつけられた。パチリ、大きな彼女の瞳が、舌なめずりをした、飢えた野獣を映し出す。

「えーっと、東方くん?」

「怖いっスか、なまえさん」

「え、うん、割と。えっと、……え?」


「大丈夫っス。ちゃんと、優しく、しますから」
獣が涎を垂らすように、白く覗く肌へと、髪から雫が滴り落ちる。


「(え、なんや、この状況は。なんかすごく東方くんが近い。……あれ、今何時やっけ)ひ、東方くん……?」

「こーゆー時は仗助って呼んでよ。ちょっと、熱くなっちゃうかもですけど、いいっスよね、なまえ……」


熱い、何もかもが熱く、揺れる。そして__。








「いいわけないだろクソ仗助」

バッシャァァン!!!__がごっ!!カラカラ、カポーン。






突如現れた、タオル一丁の漫画家によって一気に冷めた。冷水を放ったケロリンが仗助の頭を殴打したのち、綺麗な黄色い円を描いて、床へと落ちた。




「い’’!?ずっ、…!?めった!冷たっ!? は!?何!?え!?露伴!?」


「そうだよクソ仗助。熱の登ったお粗末な脳みそは冷めたかよ、この発情猿が。なまえになにしようとしてたんだ?あぁん!?」


片手に持参の桶とシャンプー、リンスetsを持って仁王立ちの露伴は顔つきが、ヤクザのそれだ。銭湯では入浴NGのそれだった。

「あれま、露伴くん。珍しいね、こんな時間に」


「なにを呑気なことを言ってるんだよ君は!僕が来なかったらどうなっていたと思ってるんだ!! そもそも何で男湯にいて、こんな状況になってるんだ!!!」


露伴の怒りの咆哮が亀の湯全域に響き渡った、反響して、木霊する。
覆いかぶさった未だ混乱中の仗助を蹴り飛ばし、倒れ込んでいたなまえの手を引っ張りあげ、胸元へと引き寄せる。浴場へ踏み入れたばかりの露伴よりも、なまえの方が濡れていた。


「あっ、テメェ……!」

「何だよ発情ミジンコ。何か文句でもあるのかよ」

もはや類人猿でさえなくなった。


「クソっ。せっかく一番乗りで、誰にも邪魔されないと思っていたのに……」
ぼそりと呟いた言葉を仗助は聞き逃さなかった。あんたも俺と同じじゃねーか!この発情漫画家!

「うわー、めっちゃ濡れてもうたわ。まだしなあかんこといっぱいあるのに……」

「おい、なまえ。濡れたついでに僕の髪と体洗ってけ。あとマッサージも」

「!?」
おい、このエロ漫画家。否、発情漫画家今なんつった。


「露伴くん。さっき私が言うたこと聞いてた? まだせなあかんこといっぱいあるんやけど」

「オイオイオイオイ。誰のおかげで助かったと思ってるんだよなまえ。それにお得意様にはサービスするもんだぜ」

「よう分からんし、露伴くんそないに来てへんよね」

「なんだよなまえ。僕が来なくて寂しかったのか?」

「いや、特には。じゃあ、はい。ヘアバンド外してー。あ、東方くん、湯船、今ちょうどええ温度になってるよ。風邪引かんうちにお入り」


ニヤァ。特徴的なヘアバンドを外した発情漫画家の勝ち誇った顔が、湯気に揺れた。
壮大な富士山を背に、目の前の光景を歯を食いしばって見ることしかできない自分が腹立たしい。なんて嫌な顔しやがるあの野郎。


「おー、相変わらず、ええシャンプーやねぇ。露伴くんのんは、めっちゃええ匂い。髪の毛サラサラであんまり洗いごたえないけど」

「いいんだよ、どこぞの人工洗髪料でバカみたいにゴッテゴテに飾った、中身すっからかんの奴とは違うんだから。ああ、その分マッサージを念入りぬ頼む。原稿明けで肩こっちゃって」

「テメェ‥…!人の頭を」

「お風呂で喧嘩したら出禁にするよー」


頭に上った熱を事故処理によって無理矢理冷やし、膝まで湯船から上がった体を戻し、再び肩まで温まる。
再び露伴の勝ち誇った顔、そして後ろに膝立ちしたなまえさんがその細く白い指に、徳用ボディソープをたっぷりと絡みつけた。__てろ、ぬちゃり。
気づけば湯船ギリギリまで身を寄せ、食い入るように、その光景を見つめていた。
たっぷりと、とろけた液体を、憎っくき男の首筋から、肩、腕、指に這わせ、撫でるように、包み込んでいく。ああ、神様なんであそこにいるのが俺じゃないんですか神様。あんな悪魔みたいなヤローにクソ。ああなんで、くそ。


「うっわー。なにこれ。ガッチガチやん。なんでこんな硬くなってるの」

「漫画家っていうのは結構肉体労働の仕事なんだよ。思う存分労ってくれ、なまえ」


ちょ。今の台詞俺にも言って欲しい。音楽プレーヤーに録音して毎日聞きたい。後半のどうでもいいヤローのどうでもいい言葉は要らない。ああくそ、羨ましい。


「はいはい、露伴くん。お仕事お疲れ様」


「(露伴、くんか……)」



羨ましい、羨ましい、羨ましい。
俺も、幼馴染だったら、あんな風に、なまえで、よんで、もらえんのかな……。

暑い、熱くて、あつくて、俺と彼女の距離はこんなにも、厚くて。
温度のせいか、嫉妬のせいか、燃えているかのような錯覚で、頭がぼんやりする。しかし、悲しいかな、目の前に繰り広げあれる行為に、自分の姿を重ねずにはいられず、仗助は限界にのぼせるまで、温かく、燃える湯から動けなかった。

よくじょう、しているの

露伴くんと銭湯主は幼馴染。巫女さんではない。銭湯主は戦闘できない主。
これが言いたかっただけ。
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