つたないことば(*原作寄り)






子どもの頃から、「乱暴者」「悪魔の子」と言われ、爪弾きにされてきた。
最初にそう言われたのはいつだったっけ?
何回そう言われた?

学校のグループ活動や、運動会の二人三脚とか、皆俺と組むの嫌がった。
席替えのくじで、俺の隣や前後になったヤツは、まるで死刑宣告を受けたような顔をしていた。

こんなの慣れていたはずじゃないか。
今更、何傷ついてる?

わかってる。

言われた相手が、自分が絶対的信頼を置いていた弟だから。


『死んでくれ』


ことだまって言うんだっけ?
言葉は人を殺せるんだな。

あの時は、今まで通り自分を奮い立たせてその場を何とか凌いだけど・・・
一人になると雪男が刺してきた言葉の刃が、今まで受けた傷をえぐってどっと開くみたいだ。

痛い、痛い、痛い、いたい・・・居たいよ。
雪男と同じ世界に。
あなたと一緒にいた、世界に。


とうさん・・・俺はついに雪男にまで、嫌われたようだ。
仕方ない。俺のせいで我慢し続けたあいつから、あなたという人を俺は奪ってしまったのだから。

どうすれば、許してもらえる?
どうすれば、あなたの言ったような人になれる?
どうすれば・・・。


あの日、あの問いは雪男に対しての願いを込めたものだった。

『お前は、どう思ってたんだよ!俺のこと!!』

―――答えは、そんな願いとは真逆のものだった。



『兄さんが悪魔である以上、危険対象だと思っているさ』






雪男が任務に出た後の部屋は、居心地が悪い。
自分では絶対に読みきれないような、難しそうな本の山は、見慣れたものだけど、その殆どが対悪魔学のもの。
天井からは、なんの効果があるのか分からないが、それ用の薬草なのだろうと思われるものが吊るされている。
また、後ろの雪男専用の棚には、その完成品がずらりと並べられている。
俺だけが知らされなかった弟の、今までの生活がそこに具現化されている。

雪男は、何もなかったかのように普通に話しかけてくるから、俺も気にしないで受け答えする。
けれど、それが途切れると、現実に一人突き落とされる。

本当に居心地が悪い。
だって、これは全部、俺を殺す為のモノじゃないか・・・・。

寮の屋上に座って、深呼吸する。
落ち込むなんて、らしくないって自分に言い聞かせる。
けれど、言い聞かせば言い聞かせるほど、あの言葉がぐるぐると頭の中を巡る。

迷惑は小さいときから掛けていると思っていた。
心配させるつもりもなかったのに、心配をさせていた。
それでも、雪男だけは自分を拒絶しないって思っていた。
それは全部、思い込みだったのだと知った。

8年間隠してきた本当の雪男の姿と、雪男の本音。
同じ部屋で寝起きし、同じ食事を食べて過ごしてきたのに、全く気づかなかった。
何が『兄貴』なんだか・・・。


「ごめんな」


今そこには居ない、たった一人の肉親に向ける。

お前にこれ以上迷惑をかけたらいけないって分かってる。
お前にとって、俺は邪魔どころか、憎む存在でしかないのだって、分かってる。
それでも俺は、嫌われたままじゃ嫌だから。
他の誰かでもない、唯一の肉親であるお前に、嫌われたままじゃ嫌だから。
だから、足掻かせて。
もうちょっとだけ、ほんの少しでもいいから、元の兄弟に戻れる時まで。
その時まで、生かせて・・・。


「・・・ごめん、なさい」


声が揺れていることが分かって、自分が泣いているのだと知る。
気づいてしまうと、止めることが出来なくて、後から後から涙が溢れてくる。
懺悔も止まらない。


「とう・・・さん、ごめんなさい。許して・・・。」


貴方を親じゃないなんて言ってしまって。
貴方を死なせてしまって。
貴方は最後まで自分を愛してくれていたのに・・・。

「雪男、ごめんなさい・・・」

どれから謝っていいのか、わからないぐらいに。
それでも、兄として側にいたいなんて思ってることに。

死んで許されるのなら、いくらでも、喜んで死んでやる。
お前が、俺を殺しても何にも感じないぐらい、俺を憎んでいるのなら。
それでお前の気が済むのなら、それでお前が救われるのなら、いつでも撃たれてやる。
でも、嫌われているままは・・・ごめんだ。


「殺してもいいから・・・だから、っ・・・ぎらいに・・・ならないでっ」
言葉が、涙で掠れてしまう。










「馬鹿、嫌いだったら一緒の部屋に住むわけないでしょ?」

後方からいないはずの、聞きなれた声がした。


「馬鹿だとは思っていたけど、本当に馬鹿だね。兄さんは」

「ゆき・・・」

振り返ると、雪男がいて、ツカツカと自分の方へ寄ってくる。


「確かに、昔っから何かと面倒かけて、お守りは大変だけれど。けれど本当に死んで欲しいぐらいだったら、何よりも効率の良いほうを取る僕が、覚醒するまで待つと思う?」

物質界にとって兄さんの存在はあってはならない物で、僕は祓魔師なのだから、排除しなければならない。

覚醒をしなかった頃も、兄さん本人の性格と、魔神の力を受けついた肉体のせいで、何かと問題を起こしては神父さんを困らせていた。
神父さんは、どんだけ兄さんが問題を起こしても、その度に手を差し出していた。
なのに、兄さんはその手が見えていないのか、ずっとそっぽを向いていて・・・。
正直、そんな兄さんを恨めしく思ったことはある。

けれど、本当に消えて欲しいとか、死んで欲しいとか思ったことは1度だってない。
たとえ、兄さんの馬鹿な行為で、最愛の神父を失ったとしても。
むしろ、そう思えたのなら、どれだけ楽だっただろう。

銃を向けて初めて分かった。
僕だって、本気で兄さんを撃つことは出来ない。
殺せるはずなんてないのだ、だって僕は、兄さんのために祓魔師になったのだから。


「言ったでしょ?『祓魔師を目指す限り、僕がさっき言った言葉はついてまわる』あの意味わからなかった?」


兄さんの前に座って、視線を合わせる。
兄さんが泣くところなんて、どのぐらい振りだろうか。
神父さんのお葬式の時でさえ、泣いていなかったように思える。
涙を流させたのは自分の言葉だなんて、心が重苦しいな。


「わかんねぇよ。お前にはわかんねぇよ。言われたことないんだからなっ」

「分かってないのはどっち?」

確かに僕は、兄さんと違って暴言を吐かれたり、爪弾きにあったことはないよ。
だから、そういうコトで傷ついたことも、勿論ない。

兄さんはわかっていない。
僕は兄さんが拘っているものに、拘っている暇はなかった。
だから、そんな目に遭うこともなかったし、そんな暇もなかった。

兄さんに、分かるはずがない。
僕がどんな思いで、この8年間いたかなんて。
貴方がどんな姿であっても、僕の最愛の兄さんであることには変わりない。

兄さんが拘るのには、人一倍優しい心があるから。
なのに、いつも裏目に出て、傷ついて帰ってくる。

そんな兄さんが『悪魔』って知れたら、きっともっとたくさん傷つく。
他の祓魔師に、忌み嫌われて殺されるかもしれない。
そんな思いの中、僕は貴方を守るために、悪魔を祓う知識と技術を極めてきたんだ。

それがどのくらい苦しくて、どのぐらい怖かったかわかる?
なのに、自分から火の中に入ってくるなんて・・・僕を殺す気なの?


「兄さんは、つい最近のことかもしれないけど、僕はずっと兄さんが悪魔だって知っていたんだよ?だからね、今更なんだよ」

「なにが?」

「今更、兄さんが悪魔だからって嫌ったりしないってこと。わかってよ」

「っ、わかるか」

「わかれよ」

強い命令口調で、言ってやる。
そんな涙なんて不要なんだって。
手の平で頬を濡らす涙をふき取ってやる。


僕は貴方の為なら、どんなことでも惜しまないと誓ったのだから、いい加減わかってよ。
僕の愛を――。










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あとがき
アニエクや投稿型動画サイトで雪燐MAD見ておかげで、ようやく自分なりのあの名セリフの解釈ができました。
黒櫻は、あの雪男のセリフは、やっぱり兄さんを想っての言葉だったのだと思います。
兄さんを守るために強くなってきたのに、兄さんってばM体質なのか自分から辛い目に遭う場所に来るんだもの。
そりゃ「僕の言葉ぐらいで、傷ついて貰っては困る」ってなりますよね。
でも、その雪男の想いが分からない兄さん。
頑張れ雪男!!


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