眼鏡チェンジ



「え、眼鏡ってレンズ固定じゃねぇの?」

「えー奥村君、そんなんも知らんの?フレームに合わせてレンズを削るんよ」

「それじゃ、別の眼鏡に自分のレンズを入れることが出来るってことだよな?」

「よっぽど特別なレンズでない限りは」

「あ〜・・・あいつのレンズって特別なんかどうかも、わかんねぇ」

「奥村くん、若先生の眼鏡変えてみたいん?」

「いや、そうじゃねぇんだけど・・・」

「なんや、はっきりせんヤツやの」

学校の休み時間、たまたま体育の後の京都三人組に会った。
燐は、他の二人が声を掛けて来るまで、トレードマークの赤い眼鏡をかけてなかった子猫丸が、その人だと気づかなかった。
そこから自然と眼鏡の話になって、燐は初めて眼鏡のレンズはそのフレームに固定されたものでないことを知ったのだった。


「フレームだけなら、安いお店も多なっているから、行ってみてもいいんちゃうかな」

「本当か?」

「確か先生ってスペア眼鏡ようさん持ってはるって言ってやんね?先生に内緒で作ってみたいんやったら、スペアの内一つを眼鏡屋さんに持って行ったらええよ。そのレンズを加工して合わしてくれはるから」

「ちょ、志摩さんっ。それは流石にあかんよ」

「せや、兄弟や言うても、勝手に形かえてもうたらあかんやろっ」

「おお!それいいなっ!!ありがとう、志摩っ。子猫丸っ。塾終わったら早速、眼鏡屋行ってくる!!」

燐は、目を輝かせ手をぶんぶんと振って、自分の教室へと走っていった。

「奥村くんって、ほんま弟想いやね〜」

「俺は、知らんぞ」

「志摩さん・・・」

不安げに見る子猫丸と勝呂に対し、志摩は何かに期待したようなニヤついた顔で、意気揚々と帰っていく燐の背中を見送った。



  






「・・・あれ?」

雪男は、自室の自分の机の中に置いてある、たくさん常備してあるスペア眼鏡が一つなくなっていることに気が付いた。
普段、任務で壊したりなどよっぽどなことがなければ、その引き出しを見ることもないが、今夜はたまたま気になって見てみたのだった。
それは、自室の唯一のルームパートナーである、実兄の様子がいつもと違っていたから。



それは、いつもなら言われるまでしない、課題を終わらせていたり。

それは、いつもなら待っているはずのお風呂を、早々と済ませていたり。

それは、いつもなら自分が孤食にならないように、気を遣って自分はお茶を飲んだりして、食卓に着くくせに・・・。





「兄さん・・・」

脅すつもりで、いつもより低い声で、ベッドに横になりながらSQを読んでいる燐に呼びかけると、ビクリと反応があった。
疑惑は、簡単に確信へと変わった。

「隠し通せると思ってるの?今、正直に言うのなら、軽いお仕置きだけで許してあげるけど」

「お、お仕置きってなんだよっ」

「惚けるんだ?」

「な、なんでだよ!眼鏡、壊したりしてないぞ!!」

「・・・ほら、したんでしょ?」

「してないってっば!!」

「そう、あくまでも惚けるんだ・・・。兄さんには、体に聞く方がいいかな?」

雪男はそういうと、いつも『お仕置き』の時に使う大きな箱を取り出した。
身の危険を感じた燐は、ガバっとベッドから起き出した。

「ま、待て。本当に壊してないって」

「いいよ。嘘は」

「本当だって!信じろよ」

「じゃ、どうして僕のスペアが一つないの?」

「そ、それは・・・」

「やっぱり、壊したんだね」

ぱしっと空を切るような音が、雪男の手に持つものから聞こえた。

それは以前に一度だけ使われた、叩いて痛めつける為だけの道具で、燐は大いに泣いた記憶があるものだった。

「ち、違うってば。本当だって。い、言うから、それしまえっ」

記憶にある恐怖に体を強張らせて、それを指差して懇願した。
雪男は、ひとまず燐の言葉に従って、それを自分の机の上に置いた。
燐はそれを見ると、自分の鞄からタオルで包んだ小さい筒状にしたものを二つ取り出した。

「ほら、こっちが雪男の」

差し出した方には、確かに雪男のスペア眼鏡があった。

「それは?」

雪男は、渡されなかったもう一つの包みに視線をやった。

「これは・・・」

雪男に促されて、燐はもう一つの包みを広げた。
そこには、二人の養父が使っていた眼鏡が包まれていた。

「兄さん・・・ちゃんと説明してくれる?何をしようとしたの?」

「ジ、ジジィの眼鏡、このままじゃ眠っているだけだから、勿体無いかなって思って・・・雪男の眼鏡として使ったら、ジジィも喜ぶんじゃねぇかと思って」

「え?」

「レンズ削って入れるだけなら、そんなに金かかんねぇって言ってたし、いいんじゃねぇかと思ったんだけど・・・やっぱりやめた」

「どうして?」

「だって・・・やっぱり勝手にするのは、違うと思ったし。それに・・・」

「それに?」

「それに、ジジィの眼鏡なんてつけたら、お前益々ふけ・・・」

「やっぱり、お仕置きしよう」

「違うっ。それ以上大人っぽくなったらだなっ」

机に置いたはずの、それを雪男が再び持つと、燐は涙目になって抗議した。
兄貴の威厳がとか、眼鏡壊してないじゃんかとか。
それでも雪男は聞いていないのか、いつもとは違う装具を逆の手に持って、燐のすぐ側まで近寄ってきた。

「あのね、兄さん。ボクが神父さんの物をそのままにしておきたいんじゃないか、そう思うかもしれないって思わなかったの?」

「だ、だからっ。何にもしなかったじゃん。そう言うかなって思ってっ」

吠える様に喚くと、そのまま、えっぐえっぐと泣き出してした。
なんだよ、お前の眼鏡全部割れちまえとか、幼稚な悪態も忘れていない。
すると、急に抱きしめられてしまった。
困惑する燐に対し、雪男は黙ったままぐっと力を入れて抱きしめ続ける。

「はぁ・・・兄さんって、どうしてそうなのかな」

「な、なにが」

「ん・・・あのね」

「おぅ」

「『鬼、悪魔』って誰のことを言ったのかな・・・?」



ビクゥゥゥゥーーッ




「や、そ、それは・・・言葉のあやっていうか」

「もう少しお互いの立場を理解した方がいいよね?暴れても無駄だよ。逃がしたりなんかしないんだから」



兄さんって、どうしてそうなのかな?
普段は、どうしようもなく馬鹿なのに、
肝心なことは絶対に忘れない。
絶対に、踏み外さない。

そんな、兄さんだから僕は・・・。




おしまい






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あとがき
10月10日眼鏡の日。
・・・のつもりでした。
期日が二日も過ぎてしまった。

獅郎さんの遺品とかってどうなったんでしょうかね?
二人にそれぞれに何か持っていたらいいなぁって思います。


*眼鏡知識のが皆無に近い黒櫻に、詳しく教えて下さり有り難うございました。
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