眼鏡洗浄機
「わりぃな。…また、汚しちまった」
「いいよ…。洗えばいいし」
二人の熱の篭った声が重なる。
眼鏡を外すと、雪男はおもむろに立つ。
自分の机の引き出しにある多量のスペア眼鏡から一つ取るとそれをかけた。
「落としに行ってくるよ。固まると落としにくいから」
「あっ、うん。ごめん」
燐は雪男が部屋を出ていくのを見送る。
程なくすると、濡れた眼鏡と、厨房に置いあるはずのボールを持った雪男が帰ってきた。
ボールの中には水が入っている。
雪男は、濡れた眼鏡を机に置くと、棚の家に置いてある小さめ段ボールを取り出した。
段ボールの中には、よく眼鏡屋チェーン店などの店頭によくある眼鏡洗浄機があった。
コンセントを差し込んで、洗浄機にボールの中の水を注ぎ込むと、泡立っていた。
どうやら、台所洗剤を入れてあったらしい。
スイッチを入れて、眼鏡を入れた。
ジィィィィ…ィ
「うわ、なんか耳がキンとなるな。こんなの持ってたのか」
「この間、ネット通販で買ったんだよ。これだと、手洗いじゃ取れない汚れも超音波で洗い出してくるれるからね」
「それにしても、凄い音だな。店とかに置いてあるやつより、音すげくないか?」
「よくわかったね。通常の眼鏡用洗浄機よりも、少しパワーの強いのにしたんだよ。汚れがよく落ちるようにね」
エリート祓魔師として、学生の身でありながら、あちらこちらと任務に出かける雪男。
そんな雪男の弱点は視力が低いこと。
未熟児として生まれた後遺症なのか、燐と違い幼い頃から眼鏡をかけていた。
雪男にとっては、眼鏡は生活だけでなくハードな任務をこなしていくのに、なくてならないものだった。
ハードな任務では通常では考えられない汚し方もするのだろう。
洗浄機を買ったことも容易に頷けた。
「そっか、大切だもんな」
「…兄さん。洗浄機って実はまだ強力な物があるって知ってる?あまりに強すぎて、眼鏡入れたら割れるらしいよ」
「マジで?そんなの意味ないじゃん」
「うん、だから眼鏡には使わないんだけどね。それぐらい強いと指を入れたりすると、指の間接とか骨が超音波の振動ですごく痛くなるらしいよ」
スイッチはそのままに、眼鏡を取り出して、机の上に置いた。
「そりゃ、眼鏡割れるぐらいだしな」
「では、問題です。」
雪男は素早く、燐の尻尾を掴んだ。
「え?え、ぇ?雪男?」
「この洗浄機ではどうでしょうか?」
尻尾を掴まれている状況と、質問の内容から、何をされるのか嫌な予想を立ててしまった燐は慌て出す。
「ま、待て雪男!?なんで、怒ってるんだよっ」
「怒ってないよ」
「いいや、怒ってる!俺が何したっていうんだよっ」
「しいて、いうなら気づいてないことについてかな?」
「な、何をだよっ。」
「自分の失言について?」
「なんで、疑問形?!」
「僕がこれを買ったきかっけを作ったのは兄さんだよ?」
そういえば、洗浄機なんて元からなかった。
任務で激しく汚れて帰ってきた時も、眼鏡は手洗いだったし、現に俺も何度か洗ってやってる。
洗浄機があれば、洗浄機で洗せるだろう。
最近、俺が原因で洗浄機を買ったということなので、最近の記憶を辿ると、一つの出来事が思い出した。
「あ、あれは出来心というか…ってかちゃんと謝ったし!もういいじゃねぇかよっ」
「謝らさせられたんだよね?間違えないで。それに、それについてはお仕置きも済んだことだし、別にいいんだけど」
「だったらいいじゃねぇかよ、尻尾離せよっ」
「はぁ…僕の大切なものってわかっていて、あんなことしたのかって思ったら腹が立ってきてね」
先日、些細な口論から燐は雪男が任務に行った後に、雪男の全ての眼鏡をマジックでサングラスに変えた。
その後、その悪行を責めても謝らないず、ついには雪男がキレてしまい涙を流して何度も何度も謝らせられたのだった。
今は、サングラスに変えられたことではなく、雪男にとって眼鏡は必需品であるという認識があったのにもかかわらず、あのような悪行をしたという、陰湿な発想に怒っていたのである。
尻尾を掴む手に自然と力が入る。
「や、やめろよ。い、痛いよ」
「洗浄機で綺麗にさせられた眼鏡たちの気持ち、わかってね」
雪男は尻尾をジィィィと音を立てる洗浄機の中に沈めた。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーっ」
おしまい
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あとがき
ついったーで、今日(10月01日)が眼鏡の日だと教えて下さったので、急遽書いてみました。
洗浄機については、ほぼ事実です。
黒櫻は、宝石業界で仕事をした経験がありまして、ジュエリーを洗浄する際に洗浄機を使ってました。
強力な程、よく汚れは落ちましたが、指はめっちゃ痛かったですよ。
兄さん、堪えられたかな?