「人のおらん所で言いたい放題いいよって」

すたすたと歩き、燐を挟んで出雲とは逆側に腰を落とした。

「ふん、じゃここで言ってあげるわよ。あの女将が手を抜いて、あんた達だけで任せるわけないんだから、適当に時間潰してればよかったのよ。元坊主が聞いて呆れるわ」

「なんやと、コラァ・・・」

「俺を挟んで喧嘩すんなっ!・・・痛っ、ゲホゲホッ」

「「なにしてんねん(なにしてるのよっ)」」

「う・・・二人して怒んなよ」

少しでも体に力を入れると、色んな箇所が連動し痛み、燐の行動を制止させる。
痛みに力なく身を沈めると、二人は燐から互いへと視線を移した。

「出雲、お前仕事放棄して、こんな所で何してんねん」

「放棄なんてしてないわよ。あの娘たち、自分を甘やかせてるから、突き放してるだけ。あんたこそ、若衆ならもっと燐に構いなさいよ」

「お前に言われたくないわっ。現に、仕事しに来たんや。用ないんやったら、出て行けや」

「言われなくても、用事が済んだら出て行くわよ」

「だから、喧嘩すんなって・・・ゲホ」

犬猿の仲っていうのは、こういうことなのだろう。
二人が仲良く話している姿を一度もみたことがない。
けれど、お互いに思っていることをそのまま口にする二人は、燐にとってけっして不快なものではなかった。


「これ、届いたから持って来てあげたのよ」

言われて、出雲の方を見ると、手のひらに小瓶を一つ持っていた。
すると、出雲は立ち上がり、燐の頭の上に置いてある、灯り用の蝋燭を燐の手の届く範囲へ持ってきた。

「前にお香あげたでしょ?郷の薬屋の幼馴染がくれたってやつ。あの子に頼んでおいたのよ」

「なんだよ、それ」

「蝋燭の上に少し垂らして一緒に燃やすといいらしいわ。なんでも、香りで心を落ち着かせて、痛みの軽減をしてくれるらしいの。気持ちの問題だから、実際には効かないかもしれないけれど、ないよりましでしょ」

「なんで、そんなもの・・・」

俺のために、頼んでおいてくれたのか・・・。

「三人も揃って命令に忠実にあんたを痛めつけたから、見かねたのよ。まさか、もっと酷くなるとは思って無かったけれど」

「悪かったな!忠実で!」

出雲は、勝呂の威嚇めいた怒号を軽くかわし、小瓶を傾けて、蝋燭の上に垂らした。
また、出雲の私物と思われる小さな飾り皿にも同じように垂らし、小瓶の蓋を閉めた。

「蝋燭はまだ日が高いから使えないわね。蝋燭と共に焚いた方が効果的だけど、香りを嗅ぐだけでも効果はあるって書いていたから、これ貸してあげる。動けるようになったら返してよ」

「・・・ありがと、やっぱりお前、優しいな」

「な、なによっ。人として当たり前でしょっ。それに私は昼三の出雲よ?下の者を見るのは当然でしょ」

怒ったような表情で、すくっと立ち上がると戸の方へ向かいながら続けた。

「薬は医者の処方がいるから無理だけど、こういったものなら手に入れられるから、早く治しちゃなさい」

「おぉ・・・わかった」

燐が返事をすると、出雲はそのまま背を向けた状態でクスリと笑い、物置部屋を出て行った。



怪我の功名っとでもいうべきか。
最近、出雲と関わる時間が増えた。
前はもっとたくさんの時間を一緒に過ごしていただけに、嬉しく思う。
地位に差ができ、会話が極端に減った時には、何をやっても芸を習得できない俺を、ついには出雲までも見限ったのだと思っていた。
出雲は変わってなかった。
遊郭の中で、一番やってはいけない大罪を犯した俺に、こんなにも優しくしてくれる。
へへっと唯一動かして痛くない、頬を緩ませ笑うと、勝呂が眉間に皺を寄せて俺を見ていた。



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