あれから2週間経った。
燐はあの日からも、寮を離れた形跡があった。
けれど、雪男は敢えて詮索しないことにした。
あの時、燐は『今は言えない』と言っていたことを思い出したから。
今は言えないというのなら、きっといつか言ってくれるのだろう。
そう兄を信じたのだ。

今日も夜遅く、任務を終えて部屋へと戻る。
いつもなら、燐はとっくに寝ていて、真っ暗なはずの自室から、廊下に灯りが漏れている。
電気をつけっぱなしで寝てしまったのか、と思いつつ、扉を開けると燐は起きて、椅子に座っていた。

「おー、おかえりっ」

扉が開く音がして、こちらに振り向く。 その顔は明るく、満面の笑みだった。
もちろん、尻尾は左右にぶんぶんと振られている。

「どうしたの?こんな時間まで起きてるって珍しいね」
あまりに嬉しそうな顔するので、雪男も自然と顔が綻む。

「おぉ、ばっちり眠い!だから用事が終わったら寝る!」
妙なハイテンションの燐に、眉間を寄せて一体どしたのかと思い、微笑する。
雪男が「用事ってなに?」と聞こうとすると、「あぁ、ちょっと待って」と言葉を制止し、自分の机の下にもぐり、白い箱を取り出してきた。

「はい、雪男」

そういうと、燐はとびっきりの笑顔で、その箱を雪男へ差し出した。
「何?」と聞くと、「いいから開けろ」というので、その悪戯を考えているのかと思うほどの笑顔に、疑心を抱きつつも、箱を開ける。
中にはタグが付きっぱなしの新品の白色のスニーカーが入っていた。

「兄さん・・・・これって・・・」

「外で体育する時用の靴だ」

燐よりも一回り大きい身体の雪男は、足も燐より大きい。
一目で自分のものであると分かったけれど、なぜ新品のスニーカーを兄から渡されたのかがわからない。
「この間、窓からちらっと見たんだけどさ、お前のスニーカーって結構ぼろぼろだろ?周りのお坊ちゃんたちは綺麗なの履いてるから余計目立つし。俺らお金無いから、入学に合わせてスニーカーは新調しなかったじゃん。今までろくに学校に行ってなかった俺のは、大した汚れも着いてなかったしな。でもお前のは違ったんだって、初めて知った

んだよ」

「えっ と・・・それっていつ?」

「二か月ぐらい前」
それは、燐の様子がおかしいと思い出した時期と被っていた。

「それで、新しい靴を雪男に買ってやりたいから金くれってメフィストに言ったら、『奥村先生は充分経済的に自立してますから、私が援助して差し上げる必要はありません』って言いやがるから、勝呂にお願いして勝呂ん家の虎屋旅館でアルバイトさせて貰ったんだよ」

「ちょっと待ってよ、兄さん。それじゃ行動制限に引っ掛かるじゃないか。それに京都まで・・・」

「うん、だから、それはメフィストに鍵借りた。目標金額に達するまでっていう条件で。そんで、俺の監視は、明陀宗の人たちが付くことになったんだ」



あ、あいつら・・・・・っ


危ない橋を渡せた メフィストと、京都三人組が属する明陀 宗の者に拳を握る。

「それで、やっと目標金額に達したから、今日、雪男が任務に出た時に買って来たんだ」
自分が危ない橋を渡っていたことなど、全然気づいてないのか、ニカリと笑う燐。

「・・・それ、誰が監視でついて行ったの?」

「え、シュラに頼もうとしたら連絡着かなくって、志摩の兄ちゃんたちにお願いした」

「・・・つまり、兄さんは僕の体育に使う靴だけの為に、本来祓魔師だけが持つことを許される鍵をフェレス卿から借り、監視役の責任をわざわざ京都にいる明陀宗の人に頼んで、買い物までお願いして付き合わせたわけ?」

雪男は、箱を持ったまま俯き、ピクッピクっと体を震わせ、低い声で言う。

「な、なんだよっ。だって監視をつけながら、俺でも出来るバイトってこれしか思いつかなかったんだよっ」
雪男の怒りがふつふつと煮たぎっている様子に、慌てて弁解する燐。


「どして危ない橋を渡ってまで、バイトなんてしたの?僕が靴も買えない程しか稼げてないって思ったの?」
「ち、違うっ。それはない!」
顔を上げて睨みつてくる雪男に、強く、はっきり燐は否定した。
そして、もじもじとしつつ、顔を赤らめて、口を尖らす。

「そのっ・・・・・・俺だって雪男に何かしたい。いつも・・・・してもらっているだけじゃ・・・なんか嫌だ」


・・・なに、この可愛い生きもの。


「それが、この前どんなに聞いても答えてくれなかった理由なの?」
ため息交じりで聞くと、燐はその時のことを思い出してか、より顔を赤らめた。

「あ、あれはその・・・今まで秘密にしてきたし・・・メフィストも明陀宗の人も、勝呂のお母さんも秘密守ってくれてたし・・・だから、俺がバラすわけにはいかないから」
そう言うと、また怒られるんじゃないかと、内心ビクビクしながら、雪男の様子を伺う。
雪男は、下を向き雪男はの箱の中の靴に手を当てた。

「バイトってどんな事をしたの?」

「えっと、布団運びとか、割られて薪の片付けとか、風呂掃除とか、力仕事全般。あと、創作料理で1品出して貰えた」
指で、一つ一つ答えながら、嬉しそうに話す。

「そっか」
そういうと、手を置いた靴を愛おしそうに撫でながら言った。

今までバイトも就職も面接で断られ、採用されても、本人の意図しない所でトラブルに巻き込まれて結局クビになっていた燐。
何か買えるほど働いたのは初めてのことだった。

「俺、そそっかしいから失敗もしたんだけど、その度に怒られたんだけど、次また頑張れって。勝呂ん家のみんないい人だったよ。賄いも美味かったしな」
燐は初めてバイトに成功したのが嬉しかった。燐が、この成功を得るまでにどれだけ挫折を味わったのか知っている雪男も、嬉しいかった。

雪男は靴を撫でるのは止めて、そっと抱き寄せた。

「僕はそういった一般的な仕事は一度もやったことないから、いい経験になったね。兄さん。ありがとう、大切に使わせて貰うよ」
顔を上げた雪男の顔は、ここしばらく燐が見るこ との無かった、優しい笑顔だった。



その後、雪男は体育会系の男子を物ともせず、体育でもトップクラスの成績を収め、女子たちの黄色い声援を浴びた。
雪男の足には、真新しい白いスニーカーが輝いていた。











刃様、本当に何から何までありがとうございます。
相互までしていただき、感謝しきれません。
今後とも末長くお付き合い下さるよう、よろしくお願いします。




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