その日、燐には予定がなかった。
そんな日は他の若衆と共に雑用をする。
といっても、燐は男娼なので外への御遣いなどはない。
お姐さん方の御世話をしたり、掃除を手伝う。
その他には、若衆の中でも一番腕力があるので、力仕事を任せることもある。
この時、分厚い手袋をすることが義務付けられている。
燐は、男娼という名の商品だから、無駄な傷は絶対付けることはできない。
その他にも遊女たちよりも体臭に気を遣っている。
男娼として働くことが決まって日以来、魚肉系は一切口にしていない。
育ち盛りの男にとって、ここでの食生活は苦行そのものだった。

「さっき食ったばっかりなのに・・・もう、腹減ってきた」

釜戸に入れる用の薪を指定の場所に運び入れながら、愚痴をこぼす。

「せやからこっちの仕事はせんでいいって言うたやろ」

同じく薪を運び入れる作業をする若衆・勝呂が言う。

勝呂は見た目がやや老けているが、燐や子猫丸と同じ歳の少年。
実家は古いお寺だったらしいが、明治維新と共に行われた宗教改革の影響(廃仏毀釈)を受け、立ち行かなくなり、食いぶちを減らすために自らの意思でここに奉公へ来たのだと、随分と昔に聞いた。
御国言葉の京都弁は、未だに抜けないらしく、客と女将の前以外では訛ったままだった。

「中の仕事は嫌だ。たまにはちゃんと日を浴びたいし」
「あほぅ。日浴びて、日やけしたらどないすんねん。これもさっさと終わらして、中入いんで。夕げの支度や」
「うへぇぇ・・・」

腹が空いているのに、夕食の準備を燐は喜ばない。
それどころか、男娼にとって一番辛い時間帯になってくる。
男娼の食事は、朝方の仕事明けと、寝起きのお昼前の2回と決まっている。
それは、客から体を求められた時に困らないためであった。
夕食の支度を手伝っても男娼は、接客中に客から同席を求められない限り口にすることはなかった。

薪の整理が終わり、夕げの支度にかかる。
男娼としての芸の程は、皆が呆れるほど酷いものだけれど、料理には自身があった。
しかし、力仕事同様、余計な傷を作ることは許されないため、基本的に包丁は触らせてもらえない。

「勝呂、出汁できたぞ。そっちまだか?」
「ちょいまち、もうちょっとや。先に魚焼く準備しといて」
人参に装飾をして手が塞がっている勝呂は、水洗い場に置いてあった魚を顎でしゃくって示した。

「あいよー」
中の腸が綺麗に抜かれていいるのを確認して、塩を少量器に移して、外に置いてある七輪の横に魚と一緒にを持って行く。
窯から火を取り、七輪に火を移し、風を送って火の勢いを強くする。
そろそろ魚の置きだと、魚に塩を振る。

勝呂に 「魚焼いていいか?」と聞こうとした瞬間、勝呂とは別の声で「燐くんおる?」という京都弁が厨房の方から聞こえた。

「ここにいるよ。何だ、柔造さん」
柔造は、勝呂がここに奉公に来た際、一緒についてきた寺の者。
なんでも勝呂とは、主従関係にあったらしく、今でも女将さんの前以外では敬語を使うのを止めない。
それは柔造の弟の金造も同じだった。

「志摩の旦那が呼んではるよ」
「志摩の旦那が?子猫丸が行ってないの?」
「行っとるよ。同席や。ここは俺が代わるし、はよ行っといで」

志摩廉造は、京都にある公家の流れを組む一家の末っ子で、女性好きでありながら子猫丸の旦那でもある。
明治政府を作るのに貢献した一家らしく、ピンク色した頭からでは考えられないが、エリート街道を歩いているらしい。
定期的に来ては、子猫丸と共に夜を過ごすが正十字遊郭の外では、女を軟派しては遊んでいるという噂話が尽きない人でもある。

体を清めて、急いで身支度を済ませると、子猫丸の部屋へと足を運ぶ。




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