サプライズ誕生会U
(奥村誕提出作品の完全版)




「ええか。サプライズは生モノや。前回のこともある。細心の注意を働くんやでええな?」

「「おー」」

12月の中頃を過ぎたある日の放課後、いつぞやの放課後の様に円陣を組み、一致団結をする塾生たち。
以前と違うのは、そこにあの料理上手のトラブルメイカーがおらず、前回の主人公だった麻呂眉の少女と、何故か露出度がいつも高いあの女教師が加わっていることだった。

事の始まりは一昨日の放課後になる。授業が終了し、各々寮へ帰宅しようと荷物を整頓している時だった。
トラブルメイカーこと、奥村燐がバタバタと数冊の雑誌を手にして、京都三人組の所へ屈託の無い笑顔で走ってきた。

「なぁなぁ。ちょっと聞きてぃことあんだけど、いいか?」

こちらの承諾など得る気もないのか、燐は各雑誌のあるページを開き、机の上に並べた。
ページには、色とりどりのクリスマスパーティー用の豪華な料理のレシピが掲載されていた。

「なんや、奥村君。クリスマスパーティーでも開いてくれるん?」

燐が並べたレシピ本に視線を落として、志摩と子猫丸は、先々月行った塾生合同誕生会の試作品として作られた、大きなクリスマスケーキを思い出していた。
奥村兄弟は、自分たちの誕生日がクリスマスに近い為、長年クリスマスと一緒に誕生日を祝われ、クリスマスケーキを誕生日ケーキだと思い込んで育ってきた・・・話は記憶に新しい。

「こないクリスマス用の料理本並べて、何が聞きたいねん?」

京都の三人組で唯一料理が出来そうなのは子猫丸だけれど、それは和菓子に限定されているのは、燐も知っているはずだった。
料理本を並べられて問われている意味が分からず、勝呂は問い返した。

「あ、やっぱりこれクリスマス用なんか。ウチじゃ誕生日会用の料理だったんだよ」

「え?マジで?」

「あはは・・・、この前の誕生日会で『毎年クリスマスと誕生日を一緒に祝う』って言ってたもんねぇ」

「そりゃ、誕生日ケーキに『Merry Christmas』と書くはずやね・・・」

問いた勝呂は黙ったが、三人とも再び奥村兄弟の勘違いに驚かされた。

「仕方ないだろう?これで育ったんだから。なぁ、誕生日って本来どんなことすんだよ」

前回の誕生会同様、自分たちの15年間をちょっと小バカにされた気分で、口が尖り気味になるが、ここは素直に聞くのが一番だ。
何せ、俺たちは普通の誕生日会を知らないのだから。
今年はの誕生日は、修道院ではなくクリスマスと一緒に祝う必要がない。
クリスマスケーキが誕生日ケーキではないという真実を知ったのもきっかけではあるが、今年は二人の誕生日だけを祝おうと思っていた。

「別にこれといってしなあかんことはないと思うけど・・・」

「いつもよりちょっぴり食卓が豪華になるぐらいやで」

「奥村先生の好きなもんを揃えたら、それでええんちゃうか?」

12月生まれの塾生はおらず誰かと合同でもなく、クリスマスを合わせるわけでもない。
二人だけでお互いの誕生日を祝おうとしているのだろうと察した勝呂は、燐でも分かりやすいアドバイスを与えた。

「なんだ、そんなんでいいのかよ」

「そんで、お前の好きな肉料理を買ってもろたらええんとちゃうか?」

「おお!スキヤキ!!とびっきりいい肉な!!」

肉と聞いてよりテンションを上げる燐に、三人ともどんだけ肉に飢えてんねんと心で突っ込んだ。
とりあえず、一昨日の放課後はこんな感じで、燐は三人に感謝してにこやかに帰宅したはずだった。




それが一変して、今日の燐はどこか元気が無い。
隣の席に座っている天然ボケのしえみにさえ、『どうかしたの?』と聞かれるほど、覇気が無かった。

「なんや、若い先生にとびきりええ肉、却下されたん?」

あまりの暗い雰囲気に塾ではいつも何かと話す機会の多い京都の三人組も気になり、とりあえず志摩が軽いノリで問ういた。

「まぁ、そんな感じだ」

いつも太陽みたいに笑う彼の印象とは間逆の寂しい笑顔を見せた。
燐は、他人を気遣う少年だ。
相手が余計な心配をしなくていい様に、常に気を配っている所があるのに、今回はそんな余裕もないらしい。

「今年は誕生会すんのやめになったんだ。ほ、ほら、雪男ってなんか忙しいやつじゃん?いつもはジジィと修道院の皆がいたけど、今年は二人だけだしパーティっていうのは違うっていうか・・・」

燐が珍しく落ち込んでいる姿に驚く面々を見て、燐が慌てて理由をわざと明るく話だした。
それはまるで、イタズラが見つかって言い分けをしているようだった。

「でも、燐すっごい楽しみにしてたんじゃ」

しえみに本心を突かれて、燐の言葉に力が無くなった。



それは昨夜の晩のことである。
雪男はいつものように、机に向かって何かの作業を、燐は雪男に言われて、学校の冬休みの宿題をやっていた時だ。
さくさくと作業を進める雪男に対して、ちっとも進まない燐。
燐の頭の中は、目の前の宿題よりも、誕生日のお祝いのレシピでいっぱいだった。

「なぁ、雪男。27日なんだけど、俺やっぱり卸売り市場まで行こうと思うんだ。学校休みだから朝早く起きていけば、きっと良い魚が買えると思うんだ。マグロ大トロとか安くで買えたらいいなっ」

正十字学園町は、海に面して、港にまで足を運ぶ事が出来れば、一般人でも安くて美味しい海の幸を味わえる。
ただ正十字学園自体は、海から離れた山手にあるので、学校と塾がある燐は、なかなか港まで足を運べないでいた。
学校が冬休みな今であれば、時間の拘束も少ない。

始発が動き出す時間よりも、もっと早い時間に走って卸売り市場まで行けば、帰りは電車で寮まで戻り、塾へ向かえばいいだろう。
いや、生ものを抱えて、電車はまずいか。
じゃぁ、鍵使って一旦塾まで行って、それから寮へ戻るか・・・でも、そんな使い方していいんかな?

そんな燐の思考を止めたのは、雪男の一言だった。

「まさか、やるの?誕生日会」

「え?」

「悪いけど、僕はするつもりないよ。去年までは神父さんや、修道院の皆が祝ってくれるので仕方なく付き合っていたけど、もう高校生だし、盛大にする必要ないでしょう。だいたい、僕たちの誕生日って神父さんが僕らに出会った日であって、本当の誕生日じゃないんだしね」

「仕方・・・ない?お前、そんな風に思っていたのかよ」

「僕は塾と仕事で忙しかったし、皆だってそうだった。なのに、皆がスケジュールを調整して祝ってくれるんだよ?祓魔師になって、それがどれだけ大変な事だったのか分かったけど、それを無碍になんてできないだろう?」

「あ・・・そうだ、よな。お前も、27日だっていうのに忙しくしてたもんな。わかったよ」

そんなやり取りがあったのだ。
燐は、自分ひとりだけが舞い上がって張り切って用意しようとしていたのだ。
それが独り善がりで、今では三足のわらじを履いている雪男からすれば、迷惑な話だったのだ。

「・・・あいついつ任務入るかわかんないしな」

しえみの問いに、素直に答えるしかない。
実際、ジジィがいなくなってからなのか、雪男には去年よりも急な留守が増えたような気がする。
その殆どが緊急な任務だったりする。


「そんなん、あの先生やったらいつもの事やろ?そんなんお前、わかってたんとちゃうんか?」

「分かってた。毎年のことだし」

「えっ?毎年って、奥村君ところの誕生日・・・じゃなくて、クリスマスと合同パーティやったっけ?毎年先生おらんかったってこと?」

「なんでだよ。雪男も主役だぞ。ジジィが忙しかったり、雪男も忙しかったりして、毎年、日にちが決ってなかったってこと。今になって分かったけど、雪男は中ニから祓魔師として働いていたし、その前は学校は冬休みだから、弁当持って祓魔塾だったんだ。・・・だから、12月の末になったら準備だけして、ジジィと雪男が揃いそうならパーティするって感じで」

「でもそれやったら、料理はどないしてたん?急な任務が来たら、キャンセルだってあったってことやろ?ケーキなんて生ものやし」

「スキヤキの肉とお刺身用の魚とケーキは、パーティが決まってから買いに行くことにした。他はいつもとかわんないから、別に困らなかったし」

「ちょっと待ってよ。それって、誕生日会なのに主催と主役の片方がドタキャンしてたってこと?その間、あんた何してたのよ」

謎の多い奥村兄弟の話題を後ろの方で聞いていた出雲つい、口を挟んだ。

「何って、別に。二人が忙しいのはいつものことだし、普通に後で後で温めて食い易い晩飯作ってた」



か、甲斐甲斐しいヤツっ・・・。



そうであった。
奥村燐という男は、その身は魔神の落胤でありながら、自分を蔑ろにされてもそれを恨むようなことはなく、むしろ、愛する人の為ならば、自分を差し出すこと厭わない人だった。
話を聞いていた塾生は、皆瞬時に自分に置き換えてみた。
自分が双子で、誕生日会の準備はするものの、双子の片割れの都合でキャンセルさせられる。
唯一の親の都合でキャンセルになることを。皆が急に言葉を発さず、何かまずいことを言ったのかと焦る燐に志摩が気づいて慌てて言葉を紡いだ。

「あー・・・まぁ、ええんちゃう?俺の家なんて『おめでとー』って言って終わりやで?誕生日会なんてしてもろたことないわぁ。ええな、奥村く家」

「そりゃ、お前ん家は特別やろ」

「志摩さん家、9人家族なんですよ」

「そやねん。せやから、前期組は坊の誕生日に、後期組は子猫さんの誕生日に合同誕生会するんやわ。個人の誕生会なんて、羨ましいわ〜。奥村くん、来年の誕生日に俺に何か作ってや」

「あ、わり、スーパーの特売の時間だから俺行くわ」

「ぞぇえぇぇ!無視かいっ」

「わりぃな。じゃ、またなー」

颯爽と尻尾を揺らして教室を出て行く悪魔を皆が目で追ってしまった。
慌てて出て行ったのも、きっと激務の弟の為なのだろう。
何処までも甲斐甲斐しい少年だ。
自分たちも各自帰路につこうばらけ始めた時だった。

「そうだ!二人の誕生日会をしよう!!」

しえみが宣言するかのように声高々と言った。

「あんた、またそんな事言って、この間塾生の誕生会したばっかりじゃない」

出雲が呆れたように言うと、しえみが慌てた様に訂正した。

「そうだけど、側であの二人を祝ってあげれるのって私たちしかいないんだよ?それに、それだったら、燐だけが準備することもないしっ」

「でもそれ、若先生が任務でおらんくなったら、おじゃんやで?」

「あー・・・そっか」

「面白そうじゃん!それ私ものった」

燐が消えた場所から聞き覚えのある女性の声がして振り返った。
冬だというのに、夏場と変わらない露出度が高い服装をしたその塾講師は、ツカツカと談話していた皆の下へ歩きながら続けた。

「クソ真面目なあいつに、息抜きが必要だと思っていたところなんだよ。誕生日会は私の授業の時間を使えばいいし、特別講師として雪男を呼べば雪男抜きの誕生会にはならないだろ?」

「ちょっと待って下さい、授業を潰すってことですか?」

「祓魔師にはチームワークが大切なんだよ。親睦も大切な授業です。勝呂くん」

折角の盛り上がりに水を差すなと笑顔で対応するシュラに、『絶対自分が楽しみたいだけだ』としえみ以外は心の中で突っ込んでいた。
この女教師、あの天才祓魔師と過去に何があったか知らないが、どうも苛めて楽しんでいるように思える。
教師が教師に堂々とパワーハラスメントを生徒の前でやっていいのかと、思うことはあるが、悪い人でないことは確かなのだ。

「まぁ、前回は『塾生』の誕生会であって、奥村先生はゲストだったし、いいんじゃない?先生にはいつもお世話になってるし」

授業時間で行うことには出雲も眉を潜めたけど、双子が悪魔との血縁者と知ってから何処となく同情的な彼女はシュラの提案に乗った。

「俺もかめへんで。プレゼント買うのにまた朴さんと出雲ちゃんがついて来てくれるなら」

「志摩さんの煩悩は、何をしたら絶てるんやろう」

前回の合同誕生会で、志摩は朴と出雲の二人と共に、プレゼント係を担当した。
その役割は、ファッションや流行に詳しく、一般男性が苦手とする女性の買い物すら、楽しく過ごせる男手として勝呂が抜擢したものだったが、志摩自身は、正に両手に花状態で、非常に楽しくその役目を果たしたようだった。
その時のことを思い出してか、志摩はニヘリと締りの無い表情になり、その姿を見た子猫丸は、同じ坊主としてため息をついた。
とはいえ、今回に関しては子猫丸もしえみの提案には乗りたい。
普段お世話になっている雪男のこともあるが、やはり合同誕生会の前の事があって、燐には罪の意識がある。
合同誕生会で一緒にケーキ作ることが、良い切っ掛けなって、今では何でもなかったことの様に付き合ってくれているが、それは燐の優しさに乗っかっているだけ。
彼と、そして対極していた自分と彼の身を案じていた先生にも、何かお詫びをしなくてはと常々思っていた。

「僕も反対はありません」

「親睦を深めるのも授業って言うんやったらしゃぁないな」

勝呂は、元々『皆で何かをする』ということが大好きではあるが、今回はやはり、あの燐が暗い顔をしていたことが気になっていた。
何かと衝突することが多い二人だけれど、こちらが弱みを晒す事はあっても、今まで燐が暗い顔をしていたのを見た事がない。
家族間もとい、兄弟の間のいざこざに他人が口を挟むことではないとは思ったが、こういう介入の仕方ならば、押し付けがましいお節介にはならないだろうと同意した。

「坊は素直やないなぁ。奥村くんがしょげてて心配しとったくせに」

「やかましいわ、煩悩だらけのお前に言われたくないわっ」

一番気づいて欲しくなった人間に、本心を付かれ、平常心でなど居られず、思わず赤面して突っ込んだ。


「宝はどうだ?」

そんな京都組をおいて、シュラはいつも発言することなく、教室の隅で腹話術をする糸目の少年にも意見を聞く。

「ケッ、お祭り騒ぎが好きなガキどもめっ!」

すると、相変わらず腹話術で期待通りの辛口な言葉で返ってきたが、それだけで反対ではないようだ。
クラス一同が団結したのが分かると、勝呂は深呼吸をして声を大にした。

「ほんなら、前回の応用で、志摩と神木は朴さんと一緒にプレゼント兼買出し係。子猫丸は、一人で大変やろうけどケーキ担当なっ。ほんで、俺と杜山さんと宝は、装飾係。霧隠先生の授業前になったら直ぐに装飾できるようにしなあかんで。霧隠先生は、絶対奥村先生を連れて来て下さいよ」

何時ぞやのサプライズ誕生日会の様に仕切り、皆で円陣を組んで士気を高めてその日は解散した。





「待って下さい。兄さんに剣を抜かすってなんですかっ!?」

「その言葉の意味通りだよ、ビビリ。だから、お前も万が一に備えて来いって言ってるんだよ」

誰もいない暗く長い廊下に、足早に進む二人の靴音と声が響く。

「意味が分かりません。一体兄に何をさせる気ですか?!」

「何をさせるかついてこれば分かる」

「説明になってませんよ、シュラさん」

今にでも掴み掛かろうとする勢いの雪男から、絶妙に距離を取ってそれをかわす。

「燐の炎は消えるもんじゃない。お前が立ち向かえなくてどうする?塾生だって同じこと。今後演習なり任務で燐は炎を使う場面があるだろう。周りがビクビクしてたんじゃ、燐だって使い辛い。早い内にお互いが慣れたことにこしたことはないんだよ。分かったかったかよ、ビビリ」

「だからって、何も今しなくてもいいでしょう?」

「じゃいつやるんだよ、奥村先生?次悪魔に襲撃された時か?それともバチカンに捕まる時か?何でも無い時に有事に備えるのが訓練だろうが」

正論を言われて、何も返せずぐっと奥歯を噛み締め、シュラの後ろをだって付いていく。
頭の中では、最悪な事態が起きた時の対処法で頭をいっぱいにしながら。




「おっくむらく〜ん、一緒にトイレ行ってくれへんかな〜?」

「はっ、なんで?」

明らかに何かを企んでいるとしか思えないような猫声で連れションをねだる志摩に、燐は何も感じないないのかごく普通に問い返した。

「さっきトイレ行こうと思ったんよ。でもほら、アレがいてはってな・・・まだおったらそれこそ失禁してまうし、一緒におってくれへん?」

「アレってなんだよ」

「アレって言ったら、アレやん」

「どうせ蜘蛛かゴキブリかなんかやろ?ったくしょうのないヤツやな」

いつも一緒の自分たちから離れて、教室に入ってきたばかりの燐を捕まえ、理由をぼやかしながら縋る志摩の姿に、後ろから勝呂が呆れながら説明した。

「坊!そない露骨に言わんでもええですやろっ」

想像したのか、若干涙目になりながら怒る志摩に、燐はまたかとため息をついた。

「それなら、俺じゃなくて子猫丸でもいいじゃねぇか」

「あかん。坊と子猫さんは絶対付いて来てくれへん。もう、奥村くんしかおらへんねん。この通りや!」

手のひらを合わせて頭上に置き頭を深々と下げる志摩に、いつもなら志摩の病気では動かない燐だが、次のシュラの授業が控えてる為、仕様がない奴だなと言って付いて行ってやることにした。


志摩と燐が教室から出たのを見計らって、教室にいた塾生(宝は相変わらず不動だったが)無言で目配せしながら、打ち合わせどおり自分の担当の飾り付けを始めた。
子猫丸としえみが、教卓から二列目と三列目の椅子を脇に寄せて、机をくっつけると、勝呂がその机に用意していた赤い布をばさっと被せ、安全ピンで布に留めるだけにしておいたリボンやクマなどの飾りをバランスよく留めた。
その間、しえみは自身の使い魔「ニーちゃん」から色鮮やかな花々を出して、花瓶へと生けた。
また、出雲は鍵で朴の部屋に行き、朴と共にプレゼントと子猫丸特性のケーキを運んだ。
子猫丸は、自分の鞄から昨日、志摩と勝呂の三人で作った巻物状の垂れ幕を取り出し、紐を解くとその一辺を宝に持たせた。
あとは、主役の二人を同時にこの部屋に上手く入ってもらうだけだった。
授業開始2分前。双子の声がする。どうやら誘導係りの二人も上手くやってくれたようだった。
廊下の方から四人の声がした。


「志摩くん、兄さん、何やってるの?もうすぐ授業だよ」

「あれ?雪男、なんでお前までいんの?シュラの授業だろ?」

「知らないよ、シュラさんに聞いてよ」

「にゃははっ。細かいことは後で説明すっから、お前ら早く入れ」

「ほらほら、奥村くん早く入って」

志摩が、燐の肩を掴み、教室の扉へと押し進める。それにならって、シュラも雪男の背中を肘で押す。

「ほら、ビビリ後がつかえてるぞ♪」

「押さないで下さいよ。入りますから、一体何なんですか、あなた・・・」

雪男がシュラに悪態を付きながら扉に手を掛け開ける。



パン、パン、パンッ


「「誕生日、おめでとう奥村兄弟!!」」

乾いた大きな音に、色んな色の紙テープが宙を回っている。
一瞬、二人は何が起きたか分からなかったが、視線の少し下に子猫丸と宝が持った垂れ幕で何が起きたのか理解できた。
そこには誰が書いたのか達筆な文字で『お誕生日おめでとう!』と書いてあった。
そしてその先には、さっきまでなかった装飾された机、たくさんの花を生けた花瓶。
そして、小ぶりのケーキが置かれていた。

「えっと、これは・・・」

言葉を無くしていた雪男が先に口を開いたが、その言葉を奪うが如く燐が叫んだ。

「もしかして、クリスマスパーティーか?!」

固まったのは主催者たちだ。
この期に及んで、クリスマスパーティだと?!仕方ないのだ。
奥村兄弟はクリスマスパーティーが誕生日パーティーだったのだから。

「兄さん。今、誕生日って言ってただろ?そこにも誕生日って書いてるし!ってもしかして『誕生日』も読めないの?」

「ち、ちがっ。言葉のあやだ」

すかさず間違いを訂正され、慌てて対応するいつもの双子に一同肩を撫で下ろす。
どうやら、喧嘩して誕生日を祝うのを辞めたわけではないらしい。
しえみが、二人の手を取って用意した机の前に連れて行くと、他のメンバーが手際よく飲み物の配布や、紙皿などを人数分用意した。
何時ぞやの合同誕生会の再来を思わせるその盛り上がりは、この頃、どこか様子がおかしかった燐を笑顔にしていた。
そういえば、燐は身内以外に誕生日を祝われたことがない。
雪男は学校なり、祓魔塾なり、職場なりで、これほど大掛かりな事は無かったが、声を掛けてもらったり、プレゼントを貰ったことはあった。
きっと心から嬉しくて、楽しいに違いないと、塾生と共にはしゃぐ燐を遠くから見ていた雪男はそう思った。


「どうだ雪男。楽しめてるか?たまにはこういうのもいいだろ?」

「授業をどうするんですか?僕の予定も狂いましたよ」

「まぁたお前は〜。お前ら、今年から祝わいパーティしないことにしたんだってな?燐のヤツ、しょげてたぞ」

「僕は忙しい身ですから」

期待通りの言葉が返ってくると、シュラは小さくため息をついた。
昔はあんなにも可愛げのある小僧だったのに、いつの間にこんな擦れちゃったかなぁなんて考えてしまう。
誰よりも早く大人にならなければないらない環境だったのは分かるが、こいつ本当にあの破天荒な獅郎の息子か?と疑いたくなることもある。
本当にいつか禿げるな。




「中学ニ年の時です」

雪男が燐を見つめながら、口をゆっくり開いた。

「僕は祓魔師になって、塾生だった頃よりも忙しくなり、中々兄さんとの時間を取れずにいました。誕生日前後になっても、それは変わらず、神父さんも僕も、中々予定が揃わず、パーティはずっと先延しになっていたんです。ようやく全員の日程が揃い、その日は僕も手伝って兄は朝から料理の準備をしてたんが、その日、緊急な任務が僕も神父も入って、キャンセルになりました。でもそれはいつものことだし、兄も深くは聞いてきませんでした。僕らも悪いなとは思っても、深く心に留めてませんでした。・・・後から修道院の方に聞いたんですが、兄さんは準備していた料理を途中から違うメニューに変えて作っていたんです。一人、泣きながら。もう、一人で待たせることをしたくないんです。僕だって辛い。だから『パーティーは辞めよう』って言ったんです」

視線をどこと定めず、過去を思い出すように話す雪男の顔は、どこか寂しげで、懺悔を口にしている様だった。
その言葉をそのまま兄にぶつければ事が済むのに、それが出来ないのが雪男である。
全く手のかかる兄弟である。

「・・・お前、双子が生まれてくる確立って知ってるか?」

「は?」

「一卵性で0.4%らしい。二卵性は、一卵性より少し多い。といっても、やはり珍しい。妊娠することだってタイミングが合わなきゃならんのに、妊娠しても無事に出産できる確証など、どんな女性にもなく、1割以上の妊婦が流産や死産を経験する。双子は特にどちらかが育たいとか色々問題もある。普通の双子でそんなんなんだ。人間が悪魔の仔を産むのは、それ以上に大変な事だ。その中でお前たちは生まれてきたんだ。もっと、互いの生まれたことを祝っていいんじゃないのか?私は、お前たちが生まれてきてくれて、出会えてよかったと思っている。ヴァチカンの人間の発言としては問題だろうけどな」

「そんなこと・・・貴女に言われなくても、僕はちゃんと祝うつもりですよ」

どこで、兄の誕生した記念日を全く気にしないと、いうことになったのだろうか。
雪男は、感情的になっていく自分を押さえれなくなっていった。

「パーティーはしないんじゃなかったのか?」

「こういった手の込んだ誕生会をしないと言っただけです。祝わないとは一言も言ってませんよ!」

「燐は、そう思っていたみたいだぞ」

「ったくあのバカ兄。どこまで馬鹿なんだっ」

律儀に『失礼します』とシュラに断りをいれて、ツカツカと物凄い勢いで燐に近づき、塾生と楽しそうにしている燐の片方の二の腕を掴んだ。

「兄さん!ちょっと来て!」

短くそう言うと、雪男は燐を掴んだまま、ぐいぐいと引っ張って教室を出て行った。
制止する燐の声を無視して、鍵を使って入った場所は自分たちが暮らす旧男子寮。
雪男の急な行動に、声を張り上げるが全く何の返事もなく、それどころか全く雪男の勢いは止まなく、そのまま屋上へと連れてこられた。
見慣れた屋上では夕日が最後の明かりを力いっぱい輝いていた。


「兄さんの馬鹿」

「はぁ?!」

ずっと掴まれていた腕をようやく放されたかと思うと、同時に暴言を吐かれた。

「僕が誰よりも先に言おうと思っていたのに。誰よりも先に祝おうと思っていたのに」

「おい、お前、怒って・・・」

「兄さんが起きたら朝一番に言おうと思ったのに、急な仕事は入るしっ。帰ったら直ぐに言おうと思ったら、コレだし」

「おーい、雪男くん?」

雪男の怒りは相当な物のようで、燐とは視線を合わせず、ぶつけようの無い怒りを延々と口にしていたかと思うと、急に視線を合わせられた。

「兄さん!」

「は、はいっ」

「誕生日おめでとう!!」

「えっ、あっ、ありがとう」

「遅くなってごめんね」

「そ、そんなっ。お前こそ誕生日おめでとう!」

状況に驚いて言葉がまともに出なかった燐が、慌ててお祝いを口にすると、雪男はクスリと笑ってコートのポケットから小包みを出した。

「色々考えたんだけど、これにしたんだ」

「なんだよ、これ?」

「誕生日プレゼント。開けてみて?」

燐は小包みを言われるまま開けると、そこには見慣れた小さな十字架のアクセサリーが光る携帯ストラップが入っていた。

「お、お前これってジジィのっ」

「うん、神父さんもスペア眼鏡持っていたから一つお借りしたんだ。きっと、神父さんも祝いたいと思っているだろうし」

それは二人の養父・藤本獅郎が愛用していた眼鏡ストラップの一部を取ったものだった。十字架の中心には小さなブルーダイアが埋め込まれていた。

「僕はグリーンダイアを入れたんだ」

「・・・俺、なんも用意してない」

「だろうね・・・僕が祝うことを止めようって言ったと思ってたみたいだし」

「ご、ごめん・・・」

燐は、ストラップを両手で握り締めて、本当に申し訳なさそうに背を丸めていた。
心なしかいつも尖っている耳も垂れ下がっている様に見える。
彼の心情に敏感な尻尾は元気なくたらりと垂れ下がっている。
雪男は小さくため息をついた。本当、馬鹿ほど可愛いってやつだよね。

「いいよ。毎年、美味しい料理を作ってくれてたんだもの。今年は特別ってことで」

「や、でも・・・」

「ねぇ兄さん。僕たちが出会ったのって、凄い凄い奇跡的なタイミングが重なったって出来たことなんだって知ってた?」

そういいながら、雪男は燐の頭を優しい手つきで撫で始めた。燐は気持ちいいのか、擦り寄るようにしてゆっくりと雪男の側に近寄った。

「・・・双子が珍しいって話?」

「簡単に言うとそうだね。でも、以前の話だよ」

「なんとなく、分かるぞ」

説明は出来ないけどな、と燐は小さく呟いた。

「兄さん・・・一緒に生まれてきてくれてありがとう」

自分より少し低い位置にある片割れの額に優しくキスを落とす。共に誕生した喜びを込めて。

「俺こそ、ずっと一緒にいてくれてありがとう」

そういって、自分より少し上にある雪男の頬に軽くキスを落とす。共に過ごしてきた日々に感謝して。

「来年こそは、僕が一番にお祝いするんだから、覚悟しててよね」

「お前こそ、覚悟しろよ」


互いに甘い唇にキスを求める。これからの未来に誓いを込めて。



その後、燐はシュラの後に控えていた、椿が担当する体育の授業に少し遅れて出ることになったが、遅れたのにも関わらず終始笑顔で授業を受け、その姿に椿は怒る気も失せたようだった。

全ての授業が終わり、雪男より一足先に寮に帰っていつものように部屋着に着替える。
その時ちらりと眼に入った自分の机。
そこには、『Liebe zu unserem Volk(親愛なる部下たちへ)』と書いてある、ド派手なピンク色をした1枚の封筒。
送り主は直ぐに想像出来、中身を見る事を一瞬躊躇ったが、開けずに捨てるのも悪いと思い、封を切った。

中にはメッフィーランドのチケットだけが二枚入っていた。

















おしまい


戻る



あとがき

奥村誕に提出した文の完成版です。
字数が1万も超えていたので、色んなところを切り提出させて頂きました。
奥村兄弟、お誕生日おめでとうございました!!
20分遅れてごめんなさい;



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