まごころ



颶風の一件があった翌日、風呂も夕食も済み、自室に帰ってくると、雪男は燐に紙袋を渡した。
紙袋には見覚えのあるロゴが書いてあった。

「・・・制服?俺まだ着れるよ」
「兄さんのわけないだろ。勝呂くんのだよ」
「勝呂の?なんで?」

差し出された紙袋を手に取るも、なぜ雪男が新品の制服を勝呂に渡せと差し出したが分からず、受け取ったまま腕は止まっている。

「兄さんが焦がしたんでしょ。炎で」
「あっ!」
三輪に取り付いていた悪魔颶風に向けた炎は、三輪自身にも当たりそうになり、それを勝呂が庇って防いでくれたのだった。
間一髪で身を焼くことはなかったけれど、完全に避けれたわけではなく、勝呂の制服を焦がしてしまったのだった。

頭の中のクエッションが無くなり、手渡された袋を両手に持つ。
「そっか、サンキューな」

「あの時は、勝呂くんが三輪くんを守ってくれたから制服一枚で済んだけど、ちゃんと気をつけてよ」

「わかってるよ」

「・・・そっ」
雪男は、「本当にわかっているのか」と言いたいのを伏せて、呆れたように溜息を出し、
鞄から、燐の三倍以上の教科書やノートや参考書などを出だして、課題の準備をする。
「兄さんも塾の課題したら?」

「あ、絶対わかんねぇだろうから、放課後残って勝呂と子猫丸に聞いて、終わらせてきた」
尖った刃が特徴的な歯を見せて、ニカっと笑う。

「あぁ・・・だから野菜炒めに、冷や奴だったの?」
「う・・・ごめん。ちゃんと明日は作るから」
いつも、塾が終わってからの調理なのに、よくそんな短時間で作れるなと思う程、毎日品数多く、バランスの良い食事を用意してくれている。

それが今夜は、おそらく冷蔵庫にあるだけの物で、手早く作ったおかず二品に、味噌汁だけだった。
ご飯も、明らかに冷凍されていたものを温めたものだった。
といっても、味は質素なメニューでありながらとても美味しく、食材もたくさん使われていて、決して手を抜いているようには思えなかった。

「美味しかったし、それはいいんだけど。それに、しばらくは肉無しの方がありがたいしね」
今夜のメニューには買い物へ行けなかったこともあって、野菜しかなかった。

「どした?体調でも悪いのか?」
肉が好きな燐にとっては、肉が食いたくないと思うことは少なく、肉を口にしたくない理由が思いつくのは体調不良以外思いつかなかった。

「違うよ。食費の問題。ここって海に面してるから魚は安いけど、肉はそうでもないでしょ?」
「なんでいきなり食費の話になるんだよ。今まで一度もそんなこと言ったことなかったろ?」

燐は、生活費を後継人のメフィストに月2000円貰ってはいるが、そんな金額で生活できることもなく、
生活費の殆どは、雪男の塾の講師代で賄われている。
講師の給料がどれくらいなのか、聞いたことは無かったけれど、食費には気を遣い出来る限り節約しているつもりだった。

「制服代だよ。ここ、お金持ち学校だからね。まだ給料日まで結構日にちあるから、結構痛いよ」
「げっ、マジかっ。い、いくらしたんだよ」
「1万5000円」
「高っか!!!半月分の食費超えてんじゃねぇーか」
「それに、プラス5000円ぐらい出費かな」
普段何気に着ているシャツがそんな高級品だったことを知って驚愕する燐に対し、眉を少し潜めて雪男は微笑した。

「な、なんで?!プラス5000円?」

「シャツだけが焦げたとは思えないんだよね・・・・中のTシャツまで焦げたん
じゃないかなっと思って」

「あぁ・・・そ、そっかぁ。でも5000円って高くねぇ?」
とっさに、5000円もあればいい肉で豪華なすき焼きが食えると考えてしまう。

「そうだけど、僕たちがいつも着ている安さを売りにしてる服を弁償として渡わ
けにはいなないだろう」

「え・・・Tシャツって普通そんなに高けぇの?」

「いつも2000円以下の物しか選ばないもんね・・・。ブランド物だったりすると1万超えるのもあるよ」

「マジかよ」

子供の頃は礼拝に来た人が二人にとくれた、綺麗な古着を着ていた。
大きくなってからは、養父からお金を貰い二人で買いに行く事もあったけれど、行き先は常に大手安値メーカーブランドだった。
雪男が燐の背を越すようになってからは、燐が雪男から服を貰うこともあった。

二人はそのぐらい服にお金をかけずに育ってきたので、洋服の相場には疎かった。

「仕方ない。今度の日曜に二人で久しぶりに洋服買いに行こうか?」
「それいいな、雪男も新しいの買えば?去年のちょっと小さいだろ?」
「そうだね、安いのがあれば買っかな」
「あ・・・・でもよ・・・」

何かに気付いた様子の燐は、どんどん顔が曇って行く。
「街に出るのって、俺の行動制限に引っ掛からないか?途中でお前に任務の電話とかあったら、俺一人でここまで帰ってこないといけねぇぞ」
「・・・・よく気付いたね」

普段、買い出しに行くスーパーは寮に近いが、繁華街は少し寮から離れている。
燐の言う様な事が起きると、燐を一人にすることになる。
それは『魔神の落胤』を生かす条件から外れてしまう。

「じゃ、これで買い物する?」
雪男は机の上にあるパソコンを指差した。

「おお?!ネットショッピングってやつか!俺やったことない」

「ネットで調べて買えば、高い物でも安く買えるし、支払も来月になるから負担も少ないしね」
そう言って、鞄から出したものを机の端に揃え、キーボードを出して、パソコンを起動させてた。

燐は嬉しそうに、自分の椅子を持ってきて、雪男の隣に座った。
「勝呂ってどんなTシャツが好きなんかなー?」
よほどネットショッピングが楽しみなのか、尻尾が左右にぶんぶん揺れている。

「体育の時に見なかったの?」
「おー、見た見た」
「はい。ここ一番色んなブランドが揃っているアウトレットサイトだから、ここから選んで」
「え、オレが選ぶの?」
「一緒に選びたいところだけど、僕は課題が残ってるし。隣借りるね」

そういうと、先ほど机の端にやった物を片手に、雪男は自分の椅子を持ち出して、燐の机に向かった。
教科書に参考書、ノートを開けて課題に取りる。
いつも座っている場所では、燐が真剣な顔してパソコンの画面とにらめっこをしている。



それにしても、本当に制服やTシャツで済んでよかった。
勝呂くんからすれば、幼馴染の三輪くんを守っただけなのだろうけれど、結果的には兄も救われたことになる。
あのままもし、あの炎が三輪くんに当たっていたら・・・考えただけでもぞっとする。
彼には大きな借りが出来てしまったな。



ページをめくる音、ペンを走らせる音、マウスをクリックする音だけがする部屋の中で、突然燐の悲鳴があがった。

「ああっ!!」
振り向くと、マウス片手に固まっている燐がいた。

「・・・間違って画面閉じちゃった」
パソコンの画面を見ると、そこには見慣れたいつもの待ち受け画面しか無かった。

「あぁ、ブラウザが消えたの?」
現状を把握すると、雪男は目をノートへと移し、その姿勢のまま話す。

「画面端のにある、玉状の青色と兄さんの尻尾の先ような形の橙色のアイコンを、ダブルクリックしたらブラウザ立ち上がるから。その後ブラウザの上のバーに『履歴』っていうのをクリックすれば、前の画面に戻れるよ」

「えぇっ!・・・んと、青色と尻尾みたいな橙色のやつと・・・あ、これか」
カチカチっとマウスの音がする。

「で、履歴履歴・・・・と・・・ん?」
燐は、カーソルを動かしながら、履歴を探した。
すると、履歴横のブックマークが気になりこそっと開けてみたのだった。
そこには明らかな、怪しげなサイトの名前がいくつかあった。
意を決して、そのサイトを開いてみた。
すると、そのサイトは予想していた通りで、怖いもの見たさで、『買いものかご』を開けてみた。

「な、な、な・・・・」

ガタっと椅子が引く音がして、雪男は燐の方を見た。
「どうし・・・・」

「なんじゃ、こらぁっ!!」
口をパクパクさせて、固まる。

雪男は固まっている燐の後ろに回って、何を見たのかと確認した。
「あぁ・・・見ちゃったの。せっかく驚かせようと思ったのに。でもいい機会だね。兄さんの好みも聞いておきたいと思っていたんだ」

固まっている燐の肩に体を密着させて、マウスを取る。

「ねぇ兄さん、まだ購入にはしてないんだけど、この中からどれがいい?真っ黒でグロテスクなのもいいんだけど、赤色も兄さんの肌に映えていいと思うんだよね。それにこの・・・って兄さん聞いてる?」

「き、聞いてるじゃねぇよ、この変態眼鏡!!」
自身の肩に密着している雪男から離れて、立ち上がる。

「お、おま、こんなもん買える金あるくせに、食費削るんじゃねーよ。っつか何買おうとしてんだよっ!!」
画面を指差して、顔を真っ赤にして言う。

「これは僕のおこづかいから支払っているんだから、口出しされたくない」

「おこづかいだからいいとか、そいういう問題かっ」

「じゃ、どういう問題だっていうの?」

「そ、そりゃこんな・・・・こんな変態なもの・・・なんで平気で買おうとするんだよ・・・」
よっぽど恥ずかしいのか、目に潤ませ、さっきよりも顔が赤い。

「簡単だよ。兄さんを喜ばせたいから」

「よ、よっ・・・喜ぶかっ!もっと健全に生きろ」

「よく言うよ。あんな小さな道具であんあん縋ってきたのは誰?」

「…っ、あ、あれは、お、おまえが・・」

先日の痴情を思い出したのか、燐は目を伏せて耳や首までも真っ赤にする。
そんな燐を見て、雪男はゆっくりと、燐を抱きしめた。

「ねぇ、兄さん・・・・」
耳の傍で、燐に分かりやすく紐解くよう囁く。

「僕は通常の人間だ。兄さんとは体力の差がある。何も利用せずに兄さんを満足させるのは、僕には無理だ」
雪男が何を言わんとしているのか察したのか、ピクリと体が撥ねた。

確かに、元々同じ年代の子供よりも、体力や傷の自然治癒力は高かったけれど、覚醒してからより高くなった。
そんな体で、普通の人間と変わらない雪男と営むのは、雪男に取って負担がかかるのは納得できた。

「兄さんが本当に嫌がるような事はしないよ。そんなの何の意味もないから。この間だって、ちゃんと気持ちよかったでしょ?」

「・・・う、うん。・・どうしていいか・・わかんないぐらい」

「なら、これも一緒だよ。ううん、あれなんかよりも、きっと気持ちいい。だから、ね?」
そう言い、燐の耳を舌で軽く愛撫する。

「・・・んっ、耳やめ、って・・わ、わかったからっ」
尖った耳の先端を甘噛みしてやると、よほど耐えられないのか、雪男の服の裾を引っ張り出した。

「か、買って・・いいから、で、でも・・んっ、でも、…ゆき、お、が・・選んで・・っく」

「僕一人で選ぶの?」
耳への愛撫を止めて、正面から燐の顔を見てやる。
燐の目は、涙がこぼれそうになっていて、体に力が入りづらいのかぷるぷると震えていた。

「だって、恥ずかしいし・・・そんなのは・・・その、雪男の好みで・・・いい
からっ」
いきなり正面を向かれて、恥ずかしかったのか、そっぽを向いて、一つ一つ言葉
に詰まらせながら言う。

そんな姿の燐にくすりと笑う。
なんて可愛い人なんだ・・・。

「わかったよ、兄さん。全部お買い上げでいいんだね。」
にっこりと笑って言ってやると、がばっと燐は向き直った。


「そ、そんなこと言ってなーーーーーーーい!!」




その翌日、新しい制服はきちっと燐と手で勝呂に渡され、数日後にはネットで買ったTシャツも渡された。
しかしその日の燐は、とてもけだるそうよろよろと歩き、勝呂の前に現れたという。

馬鹿な兄さん。
制服は、中級以上の悪魔を結果以内に入れた責任として、フェレス卿に支払わせたのに真に受けて。
浮いた1万5000円分何に使おうかな。




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