魔性の悪魔にご注意を




11月の最後の金曜日、日中の学校では生徒皆がソワソワしているのが分かった。
耳を澄ませば、『仮装パーティがどうの』という話が、あちらこちらから聞こえた。

放課後になると、その興奮はMAXとなって、更に騒々しくなった。
その喧騒の中、塾へと続く鍵を使い扉を閉めると、嘘のように静かになった。
教室まで、コツンコツンと自分だけの足音を鳴らして進む。
教室の扉を開けると、第一声に聞きなれた声が自分へと向けられた。

「奥村くん!Trick or treat!」

「はぁ?!」

クラッカーの弾ける音と共に、ピンクの頭が手を差し出した。
聞いた英語の意味は分かっているが、その日まではまだ三日とある。

「ハロウィンは31日だぞ」

「さすが修道院育ちの奥村くん!誕生日ケーキは知らなくても、ハロウィンは知ってるんや」

「志摩、どういう意味だ」

「なんか、奥村くんってそういうイベント事に疎そうやん」

「すみませんが、出入口に立って、騒がないでもらえます?」


眼鏡を鈍く光らせ、昼間の学校の時とは違う姿の同級生の少年が、二人を睨んだ。
二人ともビクリと顔を引きつらせ、軽く謝罪して奥へと進んだ。

「それで、志摩くんはハロウィン使って、兄に何をして欲しかったんですか?」

眼鏡の鈍い光が強さを増している。

「や、あ、あれですよ。奥村くんのことやから、ハロウィンで使うお菓子を手作りしてないかなーって思ったんですよ。ほ、ほら、この間の誕生会のケーキも練習台で大きいケーキ作ってはりましたやんか。食べてみたいなーって思って(・・・そ、そんな睨まんとって)」

「確かにお菓子は準備してるけど」

「ほ、ほんまに?」

「だけど、志摩にはやれない」

「えー、なんで!一個ぐらいええやんか」

「もう、やめぇ。見苦しいで、志摩」

「そうですよ、志摩さん。お菓子ならぼくが作りますから」

「子猫さん、和菓子しか作りませんやんか。俺は奥村くんのが食べたいんですっ」


パーンッ

乾いた音が会話を切った。
振り返ると、同い年の集団で一人身分の違う少年が眼鏡のずれを直し、腰のモノを閉まっていた。
志摩の足元には、床に小さな穴が出来ていて、その周りから小さな煙を出していた。

「そこまで言うなら、再来週に作って来てやるよ」

「兄さん!」

強行的な手段で止めた会話を、何もなかったように続ける兄に慌てるが、対話していたピンク頭も懲りてないのか続けた。

「来週やったら、ハロウィン終わるやんか」

「今週は忙しいの!お菓子作りとイベントで」

「そこでもせんと、それをちょこっと分けてくれはったらええのに・・・」

「修道院の金で作ったを、分けられるかっ」


ゴホン

咳払いをして、再び会話を切る。
兄の方に手を添えて、ゆっくりと事情を説明する。

「僕たちがお世話になっていた修道院が、昔から懇意の仲の児童擁護施設でハロウィンパーティーに招待されたんですよ。兄は、その施設の子どもたちのためにお菓子を作る予定なんです。その費用は修道院のお金なので1円たりとも他のことに使えないのです。わかっていただけましたか?」

「え?修道院の方が招待されたんですか?ハロウィンってカトリックの行事なんじゃ?」

にこりと笑う笑顔に怯える志摩をよそに、勝呂が手を上げて質問した。

「確かにカトリックの行事ですが、日本のカトリック系ではハロウィンをしないようです。実際ウチでは、街のイベントに便乗してバザーをしたりしましたが、欧米で行われているようなことはしたことがないですね」

「あー・・・ハロウィンと聞くと色々駆り出された記憶しかないなー」

「兄さんは、よくさぼってたでしょ?」

「ソ・・・ソウダッケ?」

ひゅーひゅーっと弾けない口笛を吹いて誤魔化す。

「奥村くんのお菓子やったら、きっと子どもたちも喜びはるね」

「あ、そーだ!子猫丸も時間あんだったら、手伝ってくれよ!!あのケーキの生地作りみたいに繊細な部分とかちょっと苦手でさー。子猫丸がやってくれたら、もっと美味くなると思うんだ!」

「え、ぼ、ぼくが?」

「頼むよー、子猫丸っ」

「ええやないか、手伝どうてやれや」

「・・・坊」

「え?俺は、俺は?」

「志摩はムリ。邪魔」

「なんでーーー?!」

「はい、そろそろ授業始めますから、席について下さいね」




翌日



「やっぱり、子猫丸が来てくれてよかったよ!!」

「そんなことあらへんよ。僕、混ぜたり粉ふるったりしてるだけやし」

そう言って、出来上がったトリュフに粉砂糖を満遍なく掛けていく子猫丸。

「それだよ。俺じゃ力み過ぎてダメになっちゃう。お前が来てくれたおかげで、幅も広がったよ。施設じゃさ、食べるものを何でも好き勝手に食べれるわけじゃないみたいなんだ。俺らもなんでも食べられたわけじゃないけど、オヤジがいたし、もしオヤジが俺らを引き取ってなかったら、俺らも一緒だったのかなって思うとなんか、他人事には思えなくって。だから、ありがとうな、子猫丸!」

「あ、うん・・・」


せやった。
奥村兄弟は、サタンの子やけど孤児なんや。
どやって生まれたんかとは、知らへんけど、宗教施設で育ったんも、身内に育てられたんともちゃうんも僕と一緒やったんや。
ただ、奥村君には双子の弟がおっただけで・・・。
そやのに、なんで僕はあんなコトが言えたんやろう。

−−−僕にとっては敵や!

奥村くんが明陀を襲ったんやない。
そんなん、冷静になれば分かることや。

坊を殴った時に炎出して、捕まってしもた時、泣いてはったな・・・。
傷つかへんわけないのに、なんであんなこと出来たんやろ。
自分の方がよっぽどアクマや・・・。


「・・・出来たよ」

「おぉ!やっぱり綺麗だなっ。あとはラッピングすれば終わりだ!!」

燐の目の前には、さっきまで黒くて丸いだけだった物が、綺麗に白粉で化粧されたトリュフへと変身を遂げていた。

燐がやっていれば、運動会の演目で行われた飴食い競争後の顔のように真っ白になっていたか、よくてもこれでもかってぐらいに厚化粧をした人のようになっていただろう。


「あ、ラッピングなら坊に頼みはったらええよ。工作は得意なお人やから」

「そうだなー。でも、いいや。子猫丸と二人でやりたい」

「えっ!?」

「だって、これは子猫丸も作ったやつじゃん。折角だから、二人でラッピングまでしたいんだよ」

「そ、そやけど、坊の方がきっと子どもたちも喜ぶような凄いラッピングしはりますよ」

「・・・俺と二人だけじゃ、嫌なのかよ」


あ、あれ・・・もしかして、拗ねて・・はる?


「確かに勝呂は工作得意だよな。この前の誕生会でも凄い細工してたし。でも、俺はこの前お前と一緒にケーキ作ってすんげー楽しかったし、だから、今日だって一緒にって思って・・・だから・・・」


な、なんやろ・・奥村くん、耳まで真っ赤にして・・めっちゃ可愛ら・・・




「余計な細工は、予算の関係で出来ないんですよ、三輪くん」

振り返ると、先程まで居なかった雪男が、子猫丸が見慣れない私服の姿でカウンターごしに話しかけてきた。

「ラッピングも修道院の予算で行いますから、リボンの一つでもシビアなんです」

「あ、そやったんですね」


あ、あれ・・・奥村先生って、こない冷たいオーラのお人やったっけ・・・背筋が寒い


「兄さん、僕も手伝うからさっさとしてしまおう。今夜までに修道院に届ける手はずだから」

「おう、配達してもらって悪りぃな!」

「兄さんの為だもん、当然だろ?あ、三輪くん、もしこのあと用事があるんでしたら、あとは僕と兄さんでやるので結構ですよ?貴重なお休みを僕たちのためにすみません」

昨日、志摩に向けていた笑顔が子猫丸に向けられる。

「あ、そ、そやね・・・僕、予習しなあかんし、宿題もまだやったから」

「えー、帰っちゃうのかよ!いいじゃん、三人でやった方が早く終わるんだし」

「兄さん、三輪くんに迷惑だよ。元々これは僕らの仕事であって、三輪くんは部外者なんだから」

「そっかー・・・仕方ないよな。ごめんな、子猫丸」

「う、ううん。僕もお菓子作り楽しかったし」

「うん、また一緒に作ろうな!」

「そ、そやね。ほな、僕はこれでっ」

子猫丸は、バタバタっとエプロンを外すことなく旧男子寮の厨房を跡にした。


「子猫丸のやつ、あんなに急いで・・・そんなに予習したかったのかな」

「兄さん、皆に迷惑かけちゃいけないよ。さ、ラッピング始めよう」








あのピンク頭なら兎も角、三輪くんが来るとは・・・ダークホースもいいところだ。
今後、気をつけなければ。










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子猫さんも、いずれは射撃の的。

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