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 久しぶりに風邪を引いた。ここ最近、色んなことがあったからだろうか。最近帰りが遅かったし、疲れが溜まってたんじゃないの? と言われたけれど、本当はそんなんじゃない。
 こほ、と布団の中で丸まりながら咳をした。
 喉の奥が炎症を起こしているらしく、何もしていないのにじくじくと痛む。関節がズキズキして、頭痛も酷かった。鼻がつまって、息が苦しい。
 風邪を引いた時は、寝るのが一番、とご飯を食べてすぐ布団に入ったけど、このままだと、明日学校を休む事になってしまうかもしれない。
 やだな、と布団を被って蹲る。
 だって、そんなことしたら、西園が学校で一人になってしまう。
 今、西園は化野達とは一緒に居ないから、話す人が誰も居ない。今までなら、他にも話す人は居たかもしれないけど、多分、今となっては、僕と一緒にいるから、意図的に避けられている。
 西園は気にしないって言ってたけど、それが嘘でも本当でも、僕は西園を一人にしたくはなかった。
 だって、僕は知っている。教室の中、嘲笑と好奇心に晒される気持ち。それはとても、辛いものだから。

「…………」

 ぼんやりと学校の事を考えていると、どんどん気分が重くなる。ちょっと前までは、学校になんて行きたくないって思ってたのに、今は学校に行きたいとすら思っている。
 きっとこれは、西園が居てくれたからだ。やっぱり、明日は学校に行こうかな。でも、風邪を移しても迷惑……と思っていたその時、ドアがノックされた。

「正義、起きてる?」
「…………勇気……?」
「ふん、馬鹿でも風邪引くんだ」
「うん、……はは……あの、風邪移るから、あんまり部屋に居ない方がいいよ……」

 勇気は、今まで受験の為勉強の強化合宿というのに行っていたらしい。
 ようやく帰ってきていたけど、僕の風邪と重なってしまったせいで、顔を合わせるのは久しぶりだった。布団の中に横になっている僕を見て、不服そうに目を逸らす。
 持っていた皿を、僕に突きつけた。

「……リンゴ、切ってきたから、母さんが食べれるなら食べろって」
「…………そっか、ありがと……」
「別に。薬は? ちゃんと飲んだの。正義トロいし、忘れてないだろうな」
「うん、ご飯食べてから飲んだよ」
「ふーん、病院は?」
「行ってないけど、熱が下がれば大丈夫かなって……」
「馬鹿じゃないの。そういうことしてたら良くなるもんも良くなんないだろ。インフルだったらどうすんの。ってかあんな高校一日休んでも変わらないんだから、明日母さんに連れて行ってもらえよ」
「…………うん……、そうなんだけど……」

 言葉は刺々しいけど、勇気は勇気なりに心配してくれているらしい。こほ、と咳をすると、勇気はお皿をベッド近くの机の上に置いて、ベッドに腰掛けてきた。

「一人で食える?」
「……うん、後で食べるから、置いといて」
「今食わないんなら、冷蔵庫入れとくけど」
「……じゃあ、今食べる……」

 むくりと起き上がり、まだぼやける視界の中、僕は勇気から切られたリンゴを受け取った。口に含んで、咀嚼するとしゃりしゃりとした感触とリンゴの果汁が口いっぱいに広がっていく。冷たくて気持ちいいし、美味しい……。
 ぼーっとしながら食べていると、勇気がじっと見てくる。

「……? どうしたの……?」
「……別に。これ全部食う?」
「ううん、もういい……ありがとね、勇気……」
「いいけど。さっさと治せよ、俺に移したら許さないから」
「……うん…………」
「正義ってホント弱いしヘナチョコだよな。体の鍛え方が足りてないんじゃないの」
「そ、そうかも……」
「……後で飲み物持ってくるから、寝てれば」

 ありがとう、と言うと、勇気は決まりが悪そうに出て行った。言葉は悪いけど、本当は優しいんだよね、勇気。
 西園も、怖面だから、誤解されやすいけど、優しいし。人は見かけによらないものだと思う。

「けほっ……」

 背中がゾクゾクして、寒気が襲ってくる。
 体温計を見ると、さっき測った時よりも熱が上がってきて、僕は布団を被りなおした。ああ、なんでこんなタイミングで風邪なんて引いちゃうんだろう。僕は馬鹿だな。早く、早く治さないと……。
 ぐるぐると考えながらも、布団の中で横になっていると、段々と瞼が重くなってくる。暖かさとまどろみの中、思考はどんどん闇へ溶けていった。

 気がつけば、目の前に化野がいた。
 化野は、親しげな顔で僕に話しかけてくる。それは、今までの化野じゃなくて、昔の化野だった。いつものように、笑顔で笑いかけてくれる、皆の化野大志の顔だった。
 僕も、お面を取って、化野と談笑している。普通に、つっかえもせず、赤くなりもせず、理想の僕の姿で、話している。
 きっと、これは夢なんだろうなと思った。
 だって、化野の隣には、西園が居て、その近くにはいつものメンバーが居た。皆、楽しそうに笑って、まるで僕もそのグループの一員のように、ごく普通の友達のように話していたから。
 夢だけど、これが現実ならどんなによかっただろう。
 他愛もない話をしながら、どうでもいいことで盛り上がって、それがすごく楽しくて。
 ……けれど、そんな時間は長くは続かなかった。

 突然、井上と佐々木がどこかに消えて、僕と化野と西園だけが残された。僕は戸惑ったように辺りを見渡す。
 「化野? 西園? どうしたの?」
 僕の質問には答えず、代わりに、一人の小学生が現れた。顔はおぼろげで、姿形ももやがかかったように曖昧だけれど、彼は僕を真っ直ぐに指さしてきた。
 辺り一面が暗くなる。
 「お前のせいだ」
 頭に直接響くような声が、脳の中で反響した。
 「あ…………」
 「お前のせいで、俺が標的になったんだ。お前なんて嫌いだ」
 「あ、ああ……」
 「お前なんて居なきゃよかったのに!」
 ぐわん、と脳が揺さぶられるようだった。さっきまで笑って話していた化野と西園も、今では全く笑って居らず、その場に蹲って頭を抱える僕を、無表情で見つめていた。
 「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
 謝る僕に、化野が近づいてきて、僕に言う。
 「大丈夫だよ、正義ちゃん。セイと喋らないなら、お友達の俺がまた守ってあげるから」
 囁くような、甘い声で、化野が笑う。
 「お前がそんな奴だなんて思わなかった、二度と俺に関わるなよ」
 厳しい声で、西園が言う。待って、違うんだ。僕は、西園を裏切ってまで、化野と友達になろうとなんて思ってない。そんなこと出来るはずない。なのに、西園の姿が消えていく。肩に絡まった化野の手は、シャツの下を通って、僕の頬を撫でてきた。
 待って、消えないで。西園、待ってよ。
 だって、西園は、僕にとって唯一の……!

「……っ!」

 急激に意識が浮上して、寝苦しさに目が覚めた。
 時計を見ると、深夜の3時だった。近くに、コップとスポーツドリンクが置いてある。勇気が置いてってくれたのかもしれない。
 僕は額に汗を滲ませながら、置いてあったそれをコップに注いでカラカラに乾いた口の中に流し込んだ。
 体が、だるい。熱いし、重い。西園からラインが来ている。風邪、大丈夫か? と言うメッセージ。
 ……やっぱり、アレは夢だよね。近くに置いてある体温計で熱を測ると、三十八度を示している。熱のせいで、変な夢を見たのかな。
 西園から、無理するなというメッセージが届いていた。その文字を見るだけで、僕はなんとなく罪悪感を覚えてしまった。
 明日の学校は休もうか、でも、学校を休んでしまうと、西園が一人になるから、早く治して学校に行かないと。
 けほ、と咳をしながら、早く治るように願った。
 
****

 結局、治すのに数日かかってしまって、僕は何日か学校を休んでしまった。
 西園からは、こっちは気にしないでゆっくり休めと言われたけど、熱も下がったし、あとは体を動かして治した方がいいと思って、学校に来た。今日は、西園も遅刻したのか、待ち合わせの駅に居なかったので、先に行くとだけラインしておいた。
 でも、学校に着いてから、僕は信じられない言葉を聞いた。

「なー、聞いた? 昨日のアレ」
「聞いた、やべーよな」
「俺、実際見た。すっげー殴られてた」
「西園停学だって」
「あれ、謹慎っつってなかった?」
「正直やばかったもんなー」
「…………え?」

 教室に行く途中、そんな会話を聞いて、僕の思考が停止する。
 停学? 謹慎? ……き、聞き間違えかな。いや、そもそも違う西園くんの話とかかもしれない。どっどっど、と心臓が早鐘を鳴らす。
 何かの間違いであって欲しいと思って、走って教室まで行ったが、西園の姿はなかった。朝待ち合わせに居なかったんだから、当たり前と言えば当たり前だ。
 ただ、登校してないだけだよね?
 未だに既読になってないラインに、重ねてメッセージを送る。普段は、こんなことしたら、迷惑がられるかと思ってしないけど、今日ばっかりは許して欲しい。だって、なんで西園が? きっと何かの間違いだ。今日も寝坊したからちょっと遅れる、とかに決まってる。

「…………っ」

 早く、早くメッセージを返して欲しい。こんなに返事を待ち望むのは初めてだった。いっそ、電話してしまおうか。
 心臓の音がうるさい。最近、こんな風に胸がざわめくことばっかりだ。 やがて、ポコン、とスマホが音を立てた。帰ってきた文面を見て、僕は目を見開く。
 【悪い、謹慎になったからしばらく居ない。フォローしてやるとか大口叩いてたのにごめん】
 唇をわなめかせて、震える手で、文字を入力する。
 ……いや、悪いとか、悪くないとか、そういうんじゃなくて。僕のこととかは、どうでもよくて。
 なんで!? どうして急に!? 何があったのかと気になって仕方ない。

「……西園……っ」

 もうすぐチャイムが鳴る時間だ。早く教室に行かないと、もう授業には間に合わない。ただでさえ、風邪で休んでたのに、と思ったけれど、僕の足はすでに玄関へと向かっていた。

 【これから、西園の家に行っていい? 話聞きたい】
 【は? いいけど、お前学校は?】
 【今日は休む!】

 お母さんには悪いけど、やっぱり風邪が悪化したということにして、休もう。それに、授業に出たとしても、きっと気になって集中なんて出来ないと思う。
 息を切らして走り、西園に家の住所を聞いて、僕は西園宅までやってきた。

****

「……よう」
「…………あ、あの……」
「ま、入れよ。今誰もいねーし」

 スマホで地図アプリと睨めっこしながら、ようやく西園の家へと辿り着くと、寝起きだったらしい、スウェット姿の西園が僕を迎えてくれた。お面をしているせいか、汗だくで、傍から見たら不審人物かもしれない。僕を見て、西園の家に繋がれていた犬が吠えてきた。

「ガウ! ガウ!」
「ひっ」
「クーガー! 静かに! 悪いな、あいつ知らない奴には警戒心強くて」
「う、ううん……」

 ドーベルマンっていうのかな? よく映画とかで見る、細身の黒と茶色の犬は、眼光が鋭くて、ちょっとだけ西園に似ていた。僕を不審人物と見なしたのか、ものすごく吠えてきたけど、西園の声を聞いてすぐに静かになり、パタパタと尻尾を振っている。
 すごく懐いているようだった。

「……西園んちの犬?」
「あー、妹が欲しがってな」
「そうなんだ……」
「……なんか飲む? 麦茶しかねえけど」
「あ、その、お構いなく……っ」

 西園の家は、平日の昼間だからか、誰も居ないようだった。部屋の中は、思ったよりも整っている。ただ、アイドルの写真がでかでかと居間に貼られているのには驚いた。

「それ、妹の趣味」
「へぇー……」
「ここに貼んなっつってんのに、皆妹に甘ぇんだよな」
「そうなんだ……」

 けど、それよりも僕には気になることがあった。
 西園の顔にはガーゼが貼られていて、殴られた痕がある。ここに来たときから、それが気になって仕方ない。喧嘩、したのかな。
 一体どうしたっていうんだろう。もしかして、学校でいじめられたんじゃ……。ソファに腰掛けて、なんて声をかければいいだろうかと言葉を選んでいたら、麦茶を持った西園が戻ってきた。

「わり、なんもねーわ」
「う、ううん……」
「つかお前、そのお面のまま電車乗ってきたの? たまに変な行動するよな」
「あ…………」

 忘れてた。普段一人の時は、外してたんだけど、今日は慌ててたから、そのまま付けてきてしまった。流石に、外に一人で居るときまでお面をつけたりはしない。誰かが一緒に居れば別だけど。

「……あは、あ、慌ててたから……」
「あー……そっか。てかお前、風邪は? 熱やべぇっつってなかった?」
「う、うん! でももう下がったから大丈夫。それよりその、なんで…………」

 なんで、こんなことに? 西園は、僕の言わんとすることを察したのか、決まり悪そうに、ガーゼの貼られた頬を掻いた。

「あーー……まあ、喧嘩? つか、ちょっとした暴力沙汰っつーか……まあ、お前は関係ねぇから、変な心配すんな。ちょっとむかつく事があっただけ」
「…………そうなんだ……」
「そうそう、つーか学校一限からサボるとか珍しいな! お前もあの学校に染まってきたんじゃねえの?」

 西園はからからと笑いながら、僕の背中を叩いてくる。わざと話題をそらしているようにも思えて、僕は素直に笑えなかった。

「西園、だ、大丈夫?」
「大丈夫だよ、謹慎あけたら普通に行くし」
「で、でもそのほっぺとか、殴られたんじゃ」
「いや、これは何馬鹿やってんだってオフクロにぶん殴られただけだから」
「えぇ……」
「まー、別に謹慎とか中学の頃したことあるし、逆に学校サボれてラッキー的なところあるんだけど、お前を一人にしちまうのは、悪かったな」
「ぼ、僕のことはいいよ……!」

 そう、僕のことなんてどうだっていい。問題は、西園がどうして謹慎処分を受けたのかというところだ。
 喧嘩したって言ってたけど、誰と喧嘩したんだろう。どうして、喧嘩したんだろう。全部聞いてしまいたかったけど、学校を休んでいた僕が、それを聞いていいんだろうか。西園に、逃げていたくせに、と思われていたりしないだろうか。
 頭の中で、昔言われた言葉が蘇る。
 もし、僕が休んだせいで、矛先が西園に向いていたとして、それで、西園が喧嘩して謹慎処分になったんだとしたら……。
 『お前のせいだ!』
 幼い声が、僕を責める。お面の中で顔を青ざめさせていると、西園が心配そうに肩を叩いた。

「おい、お前なんか余計なこと考えてねえ?」
「……え……?」
「言っとくけど、これは全部俺の責任であって、お前は関係ないんだから、変に自分のせいとか考えるなよ。お前そういうとこあるから」
「……で、でも、僕が学校休んでなかったら、西園の喧嘩止められたかも……」
「いやお前が居てもお前ごと吹っ飛ばされて終わりだから、こんなヒョロい腕で俺を止められるとでも思ってんのか?」

 と、腕を掴まれた。確かに、西園は体格がいいし、僕と腕を並べると太さが全然違う。

「…………」
「だからまあ、なんだ、気にすんな。お前がいても同じだったし、退学になったわけでもねえし」

 気遣うような言葉に、僕は唇を震わせた。

「………………なんで」
「んぁ?」
「なんで、西園は、そんなに優しくしてくれるの……」

 今回のことだけじゃない。
 結局、僕と関わったことによって、西園は化野と喧嘩してしまったし、関わらなければ、今回のことだってなかったのかもしれない。
 もし、なんて仮定でしかないけど、僕と関わらなければ、こんなことは起きなかったかもしれないんだ。だって、西園は口は悪いけど、率先して喧嘩をしかけたりなんてしない。
 誰かに何かを言われて、買ったりすることはあるかもしれないけど、それだって、今までは怒らなかったことだ。全部、僕と関わってから、西園の生活が狂っている。
 どうして優しくしてくれるんだろう。西園はいい人だから、困っている人を放っておけないのかもしれない、と思っていたけど、ひょっとしたら、違うのかもしれない。
 僕の言葉に、どこか動揺した様子で、西園は視線を背けた。

「なんでって、別に……」
「あのさ、西園……もしかして……」
「……あ?」
「か、勘違いだったら申し訳ないんだけど………………っ、その、西園、もしかして僕のこと……!」
「な、なんだよっ」

 少し焦った様子で、西園が僕の言葉に慌てる。
 もしかしたら違うかもしれない。こんなこと、思っているのは僕だけかもしれない。でも、西園の口から聞きたかった。
 否定されてもいい、それでも、西園がしてくれたことは変わらないから。でも、僕はそれでも聞いてみたかったんだ。こんなこと、初めてだったから。

「……ぼ、僕のこと、………………っと! と、とと、友達だって……思ってくれてる、のかな…………なんて……!」
「…………………………は?」

 西園は、一気に真の抜けた表情で、僕の事を睨みつけた。
 その視線に、僕は肩をすくめる。……そ、そうだよね、それはちょっとおこがましかったよね。西園は、ただいい人だから、困っている人を見捨てられなかったってだけで……。
 縮こまる僕に向かって、西園はぶっきらぼうに答えた。

「アホかお前は?」
「ご、ごめん……そうだよね、違うよね……」
「いや、そうじゃなくて……。ていうかおまっ……お前……、……お前なぁ〜〜〜〜〜!?」
「えっ、わっ!?」

 ぐしゃぐしゃ、と突然髪の毛を両手でかき乱された。
 お面は外れなかったけど、外れそうな勢いでぐりぐりと髪の毛を乱される。お、怒らせた!? いや、どっちかっていうとこれ、ペットの毛をわしゃわしゃってやるやつ……! 西園の手の中で、僕がもがいていると、べし、と頭をはたかれる。

「逆に今まではなんだと思ってたんだよ!」
「………………え……?」

 何って、そんなの決まってる。

「い、いい人……」
「アホかッ!!!!!」
「痛っ!」

 びしっ、頭を指で弾かれた。

「この悪人面でそんないい人か? オイ! っつーか友達でもねえやつ助けるほどお人好しでもねえよ俺は!」
「えっ……、じゃ、じゃあ僕、西園のこと友達って思っててもいいの……?」
「だから逆にお前……ああー、もういいや、お前がそういう奴だってわかってたし。おい、明日暇か?」
「え? え?」
「休みだろ、明日。暇なら遊びに行くぞ、どうせ俺もしばらく暇だから」

 唐突な質問に、僕は狼狽える。けれど、遊びに行こう、という誘いには、お面の奥で目を瞬かせた。
 確かに、今日は金曜日で、明日は土曜日だからお休みだけど、西園は謹慎中なんじゃ……。

「西園、謹慎は……」
「は? 平気だろ」
「でも、バレたら……」
「あー、ハイハイじゃあバレねえように変装すっから。……友達らしく遊びに行こうぜ」
「………………!」

 その言葉に、僕は、今までの心配事なんて、全部吹っ飛んだように、力強く頷いた。

「行く!」
「……おお、お前そういうでかい声も出るんだな」

 西園は、優しくていい人だから、友達じゃなくても、助けてくれるのかと思ってた。実際、僕と西園は、ラインはするけど、今まで話したこともなかったし。だけど、西園の口から「友達」だと言って貰えて、僕の胸がじんわりと熱くなる。
 どうしよう、嬉しい。すごく嬉しい。
 本当は、西園が謹慎になって、残念なはずなのに、今この瞬間は、すごく幸せだ。

「ど、どこ行こう……」
「カラオケ? いやでもお前歌わねえんだっけ」
「今日練習する……」
「病み上がりで無茶な真似やめろ。ボーリングとか? ゲーセン? 近くじゃない方がいいか」
「うん、うんっ……!」
 
 それから、しばらく明日遊びに行く予定を練った。
 近くだと、同じ学校の生徒に遭遇するかもしれないから、遠くに遊びに行こうとか、遠くだとしたら、どこに遊びに行こうかとか。今まで憧れていた、友達と普通に遊びに行くという、ただそれだけの行為。
 なのに、こんなにも心が躍る。
 気がつけば時間は過ぎていて、情報を調べていたら、スマホの充電も切れそうになっていた。


「あ、もうそろそろ妹帰ってくるわ」
「……! じゃ、じゃあ、僕そろそろお暇します……」
「飯食ってく? 別にいーけど」
「! う、ううん、悪いから。それじゃ、また明日……」
「おう、また明日な」

 当たり前のようにかわされる言葉が嬉しかった。
 西園の家を後にして、そういえば、と僕はつけていた狐面を外した。一人で歩いてる時まで、このお面をつけていると、通報されかねない。
 お面を外すと、風が頬を撫でて、気持ちよかった。さらりと、風で髪がなびいた。顔が熱い。また、風邪がぶり返してきたのかな。いやいや、僕は明日死んでも西園と遊びに行くのだ。絶対に治さないと!
 そもそも、治りかけているんだから、大丈夫!

「…………よしっ……!」

 日曜日が終われば、また学校が始まる。その時には、西園はまだ謹慎中で、僕一人で学校に行かないといけない。それはとても憂鬱だけど、それでも明日遊びにいくことを約束したのが、嬉しくて、少し、足取りが軽くなる。
 どんな服にしよう。
 化野とか、服はオシャレだったし、変な服着ていったら、西園にまで迷惑がかかりそうだ。隣にダサい男が居たら、西園も笑われてしまうかもしれない。
 前に、勇気から貰った服を着ていこうかな。こんなことなら、もっと格好良い服とか、用意しておくんだった。

「…………」

 楽しみだな。休み明けまでのつかの間の楽しみに、僕は心を躍らせた。

****

 翌日、僕と西園はいつも通り駅で待ち合わせた。
 昨日話し合った結果、電車を乗り継いで、ちょっと遠くにある遊園地にでも遊びに行こうかという話になった。色々遊ぶ場所は話したけれど、最終的には遊園地で遊ぶことになった。
 そこは、仮装オーケーの遊園地だから、お面をつけていても別に変には思われないし、絶叫系の乗り物に乗らなければ、お面をつけたまま遊べるから、という西園の配慮だった。
 だけど。

「……に、西園……!」
「おー……、小波お前のが遅いとか珍しいな。まあまだ待ち合わせ時間には早……」

「…………あは、……と、友達なのに、素顔見せないのは、変、かなって……」

 せっかくなら、一緒に色んな乗り物とか乗って遊びたいし、何より、西園となら、なくたって話せるかなって、そう思ったから。

 だから、お面は置いてきた。

 変装のつもりなのか、普段はしていない伊達眼鏡にキャップを被った西園は、レンズの奥で目を丸くしていた。顔に、じわじわと熱が集まってくる。変に思われてるかもしれない。
 やっぱり遊ぶのやめようって言われたらどうしよう。それ以前に、うまく話せるかな、とか、この服ダサいっておもわれてたらどうしようとか、そういう疑念が浮かんでくるけど、それを振り払うようにして、僕は笑みを浮かべた。

「ゆ、遊園地楽しみだね……!」
「…………おう」

 こくりと頷いてくれた西園に安心して、僕は西園の隣に並んだ。



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