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 西園曰く、化野の好みはわかりやすい、らしい。
 小学生の頃からずっと腐れ縁で一緒に過ごしてきた西園からしてみれば、化野が好きになる物に一定の法則がある、と教えてくれた。
 一つ、変わった物が好き。
 一つ、皆に選ばれないような物が好き。
 一つ、マイナーな物が好き。皆が好きになるようなものはまず好きにならない。
 そして、一度欲した物は、手に入れるまで満足しない粘着野郎、と西園は顔に難色を示しながら言った。ただ友達で話す分には楽しいけれど、粘着されたら絶対に縁を切る、と西園は笑った。
 僕は西園の話を黙って聞いていた。
 僕は化野とまた普通の友達になりたいけれど、西園が言うには、化野が僕を好きな限り、きっと友達にはなれないらしい。
 でも、西園の話す化野は、僕の想像するイメージとは少し違っていた。

「……あの、変わった物が好きって言うけど、化野は流行の物とか僕によく教えてくれたよ」
「話題作りじゃね? 別に興味がねえわけじゃねえと思うけど、お前が喜ぶから教えたんだろ」
「そ、それに、そんなに物に執着してるイメージもない……」

 前に、化野と一緒にゲームセンターへ遊びに行ったことがある。
 化野は、クレーンゲームで自分が欲しい、と言った物が取れなくても、すぐに諦めていた。服とかも、欲しいなー、と言っているのを聞いたことはあるけど、それを絶対に欲しい! と言ってるイメージはあまりない。むしろ、ゲームセンターでも服屋でも僕がいいね、と言ったものの方が取ろうと躍起になっていた気がする。
 西園は、僕の言葉に当たり前のように返した。

「そんなの、別に心の底から欲しいわけじゃないからな。あいつのツボって独特だから」
「…………」
「だから、欲しいものが出来た時のあいつはマジでキモい。最終的には死骸まで欲しがるし。昔、クラスで飼ってた金魚の死骸持ち帰って保管してたし、そういうの何回もあるんだよ」

 バッサリ言ってきた。
 キモい、と言っていいのかわからず、頷くこともせずにただ黙って西園の話を聞く。
 ……そういえば、前に化野の部屋に行ったとき、死んだ金魚の骨を喜々として見せられた事があったっけ。冗談か本気かわからなかったけど、化野はあれを宝物と言っていた。
 あれは、化野にとって、本当に「欲しいもの」だったのかな。

「今の小波はあいつの好みなんだよ」
「……そ、そうかな……」

 西園は、さっきの条件が僕に全部に当てはまっていると言う。
 僕自身は特に面白みはないし凡庸たるものだけど、狐面をつけて学校に登校するのは、確かに変わっているのかもしれない。変わっていると言うよりは、ちょっと頭がおかしい。自分でも恥ずかしいけど、慣れてしまえばこっちの方が普通になるんだから、少し変なのかもしれない。

 誰からも好かれない、という点もあっている。
 実際、この学校で、化野以外からあからさまに好意を向けられたことはない。敵意なら、何度かあるけれど。みんなに好かれるような人間には、きっとなれない。それどころか、今のままだと、きっと誰からも好かれない。
 だって、無口のコミュ障で、狐面なんてつけてきている変な奴だからだ。僕自身、僕に関わりたいとは思わない。
 そういえば、西園はどうしてこんなに協力してくれるんだろう。西園の方を見ると、真剣にこれからのことを考えてくれていた。
 
「だから、お前が今と真逆になれば、あいつの興味も薄れるんじゃね」
「…………な、なるほど、逆に……………………えっ?」
「だーかーら、普通に顔出して、今みたいに普通に喋れよ。そうしたら、お前大志の好みから外れっかも」
「………………」

 僕は、勢いよく何度も首を真横に振った。
 む、無理。無理無理無理無理!
 そんなの、僕にクラスの人気者になれって言ってるのと同じだ。つまり、化野みたいになるってことだ。化野みたいに、皆をまとめて、引っ張って、面白いこと言って、ムードを盛り上げて……そ、そんな天地がひっくり返っても出来ないような無理難題。
 出来ないに決まってる。僕は化野みたいに格好良くもないし、背だって高くない。話も下手だし、何よりすぐにつっかえるし、顔だって赤くなるから、それをからかわれる。

「む……無理だよ……」
「今は普通に話してるじゃん」
「そ、それは顔を隠してるし、西園だから……」
「……別にクラスの人気者になれっつってる訳じゃねえよ。ただ、そのお面が目立つからさ」
「わ、わか、っわかっては、いるんだけど……」

 このお面は、僕にとって一種のお守りというか、精神安定剤なのだ。
 これを付けていれば、表情がわからないから、何かあっても、相手にバレることはない。実際、僕はちょっとわかりやすいらしいけど、それでも、つけているのとつけていないのでは、やっぱりつけている方がバレないと思う。
 それに、面と向かって話すのが恥ずかしいんだ。
 人に顔を見られていると、何を考えているのかわからなくて、そればかり考えてしまうし、自然と顔が赤くなる。
 今だって、お面をつけていなければ、西園が相手でもうまく話せていなかったかもしれない。ただでさえ顔が赤くなるのに、面と向かって話したら、舌がうまく回らなくなるに決まってる。
 僕があまりに躊躇うので、西園は折半案を出してきた。

「…………あ〜〜〜、んじゃ、少しずつ始めてみるってのは?」
「少しずつ……?」
「そ。お前は、大志と友達になりたいんだろ? でも大志が好きな限り、友達にはなれねえし、簡単に嫌いになったりもしねえよ。振られたからってすぐ諦めるような奴じゃないしな。粘着質だしあいつ。だったら、まずは大志の好みの対象から外れるのがいいと思ったんだけど……、その狐被っててもいいから、喋るとか」
「…………喋る……」

 考えてもみなかった。いや、考えたことはあったけど、諦めていた。だって、今までは化野くらいしか、話す人が居なかったから。
 それに、この妙なキャラは自分から始めたことだけど、喋らないということが楽だから、いつの間にか、コレが当たり前になっていた。
 実際は、ただ言い訳にしていたのかもしれない。

「つか、耐え続けるとか、普通にやってらんなくね」

 という、西園の言葉に、僕は小さく頷いた。
 ずっと我慢すればいいと思っていた。学年が変われば変わるかもしれないという希望を抱いて、耐え続ければ、終わると思っていた。けど、きっとそうじゃない。
 それは自分でもわかっていた。でも、どうすればいいのかもわからなくて、怖くて、結局耐えることでしか自分を保てなかった。でも、僕がすべき行動は、そうじゃないのかもしれない。
 西園が、僕の背中をとんと叩く。

「なんかあったらフォローすっから」
「…………うん……」

 心の奥が、じんわりと暖かくなる。
 さっきとは違う意味で、目頭が熱くなってきた。
 そうだよね、出来るわけない、じゃ、きっと何も変わらないまま。出来るわけない、かもしれないけど、もしかしたら出来るかもしれない。出来るまで、やっていたらいつかは成せるかもしれない。
 やる前に、諦めるのは、よくないことだ。西園は、僕の背中を押してくれた。

「西園、僕……が、頑張ってみる……!」
「おう、頑張れ」

 にっと笑った西園に、僕もお面の奥で微笑んだ。
 西園は、こんなこと言ったら怒るかもしれないけど、僕は、西園のこと。

****

 翌日、僕は西園と一緒に登校した。

 西園は、僕の家とは正反対の方向に住んでいるけど、駅で合流すれば
一緒に登校出来る。
 朝が苦手らしく、眠そうに、何度も欠伸をしていた。
 そうして、人混みを抜けて、登校すると、珍しく化野はもう登校していた。いつものように、スマホを弄ったり、佐々木や井上と話している。普段は、あそこに西園も居るんだけど……。
 ちらりと西園に視線を向けると、西園はどうでもよさそうに、僕を促した。……西園は、寂しくないのかな。いつも一緒に居るグループに、自分だけが居ないの。僕だったら、寂しいけどな。
 それとも、昨日僕を庇ったせいで、ハ、ハブられてたら……。青ざめて、何か言わなきゃと思ったけれど、西園は僕の気持ちには気づかず、再び背中を押した。

「ほら行け、頑張れ」
「…………」

 とりあえず、置いておこう。
 僕はこくりと頷いて、自分の席に行く。
 机の上にゴミが溜まっていた。このくらいは、慣れてるから良い。
 それを無視して、僕は後ろを振り向く。化野は、今日もお面はつけていたものの、顔には付けず、横に付けている状態で、表情がよく見える。
 僕は固唾を飲み、ぎゅっと鞄を持つ指に力を込めた。だ、大丈夫。
教室の中はこんなに騒がしいんだから、僕の声なんて、きっと周りは気にしない。
 勇気を出さないと、ずっと前には進めない。
 出来ない、じゃない。やる、んだ。
 す、と息を吸い込んで、僕は声を上げた。

「……――あ、化野! おっ、おはよう……!」

 僕が言葉を発した瞬間、シン、と教室内が波打ったように静まりかえった。
 化野はスマホを弄る手を止めて、僕を見た。
 目を丸くして、僕を見つめる。あの日、化野の家から帰った日以来、久しぶりにこうやって顔をつきあわせた気がする。と言っても、僕はお面をつけているけれど。
 言った後に、顔に熱が集中する。声は、震えていた。
 やっぱり、無視されるだろうか。あるいは、鬱陶しそうに顔を顰められるだろうか。
 ドキドキしながら、返事を待っていると、化野は口角を上げて、にこりと笑みを浮かべた。

「……――おはよー、小波くん」
「…………っ」

 化野の言葉に、僕は舞い上がる。
 よかった、挨拶、返してくれた。それだけのことなのに、嬉しくて、机の上に積まれたゴミがどうでもよくなってしまった。

「う、うん……っおはよ……っ」

 隣の席の佐々木が、驚いたような顔で僕と化野を見ていたので、嫌われているかもしれないけど、佐々木にも挨拶した。

「さ、佐々木も、おはよう。井上も……」
「えっ!? あ、お、おう、オハヨー……?」
「…………」

 佐々木は動揺しながらも挨拶を返してくれたけど、井上はスマホに集中していたのか、挨拶を返してはくれなかった。
 でも、それでも僕は声に出して言えたことが嬉しくて、お面の奥で頬を緩めた。噛むかと思ったけど、噛まなかった。言えた、ちゃんと言えた。
 周りから、「小波って喋るんだ……」「声始めて聞いた」「喋れないのかと思ってた」というひそひそ声が聞こえてくる。まさか、喋った瞬間静かになるとは思ってなかったけど、徐々にこれが日常になっていけば、変わるかもしれない。
 クラスの中で、喋ったのはこの学校に入学してから、初めてだ。うまく言えていただろうか。
 教室の後ろからゴミ箱を持ってきて、中にゴミを全部捨てる。このゴミの山も、昨日までは、見る度に死んだような心地になりつつも大丈夫と言い聞かせていたけど、今は西園が居るし、目標があると思えば、気にならなかった。
 少しずつでいいから、変わるんだ。
 挨拶からでいい。いつか、このお面を外しても普通に喋れるようになるまで、頑張っていこう。
 タオルで机を拭いて綺麗にすると、浮かれた気持ちで机に座った。今日は、教科書を入れる前に机の中を覗く。よかった、何も入ってない。椅子の上に接着剤もない。良い感じだ!

 実際は、化野に挨拶を返されただけで、状況としては何も変わってはいない。
 でも、もしかしたら、これから変わっていくんじゃないかっていう希望が、僕の中にあった。
 いや、変わっていくんじゃないかっていうより、変わらなきゃ。西園の方を見ると、ちょっと笑っていた。
 大丈夫、一人じゃないんだから。

「…………」

 浮かれた気分で席に着いたが、ふと、後ろから視線を感じて僕は再び化野の方を振り返った。
 正面を向いていた化野とばっちり目が合う。普段なら、無視されるけど、さっき挨拶をしたからなのか、特に無視はされなかった。

「あ……」
「何? どうかした?」

 にぃ、と笑いながら、化野が目を細める。僕は、なんとなく、背筋がゾクゾクした。なんだろう、この感じ。化野は、いつも通りなのに、たまに感じる悪寒の正体が、未だによくわからない。
 僕は、化野の問いに曖昧に首を横に振った。

「う、ううん……」
「小波くんてさあ」
「…………うん」
「喋るんだね」
「あ…………」

 『俺以外の前で、喋らないでね、お面も取っちゃ駄目だよ』
 昔、言われた言葉が頭の中に蘇ってくる。もしかしたら、化野は僕が化野以外の前で喋ることを、快く思っていないのかもしれない。だから、今喋ったことを怒ったのかな。一瞬、そう思ったけど、でも、あの時とは状況が違う。
 だって僕は化野の所有物じゃないし、僕には僕の意思がある。
 今までみたいに、根暗で、喋らない、狐面の空気みたいなイメージを払拭したい。化野とは、普通の友達になりたい。
 だから、変わりたいんだ。僕は頷いて、化野の目を見た。

「う、うん……僕、し、喋るの、下手だから黙ってただけ……」
「へぇ〜〜〜、そうなんだ」
「うん……そう」
「ソレも、外すの?」

 お面を指されて、僕は戸惑った。外す? そりゃ、いつかは外せればいいと思う。まだ、これに頼ってる部分はあるけど、僕はもっと普通でいいんだ。
 小さく頷くと、化野がふぅん、と鼻を鳴らした。
 ……なんだろう。
 なんとなく、チクチクとした空気を感じる。そもそも、僕が喋るのは苦手だなんてこと、化野には話したことがあるから、知っているはずなのに。もう、今までの記憶は全部消しちゃったのかな。
 タイミング良くチャイムが鳴って、真山先生が入ってきた。
 僕は前を向き、後ろから突き刺さる視線を、気のせいだと無理矢理思い込んだ。

****

 一限目は数学だった。
 この学校の授業は、基本的に皆自由なことをしている。携帯をいじったり、ゲームしてたり、漫画を読んだり、寝てたり、ひそひそと話したり。先生も、過度に邪魔をしなければ特に注意もしない。
 けれど、今日の授業は、まるで普通の高校の授業みたいだった。
 しんと静かな教室の中、チョークを黒板に走らせる音だけが響く。別に、皆が真面目に授業を聞いている訳じゃない。
 寝てる人だっているし、隣にいる佐々木だって寝ている。
 ただ、化野が誰とも話をしていないのだ。
 寝てもいないのに、静かなまま座っている、というのは珍しかった。化野が話せば、クラスの雰囲気は明るくなる。同時に、化野が黙ってしまうと、途端にクラス全体が沈んだような空気を醸し出す。このクラスは、ずっとそんな感じだった。
 そのせいか、普段より静かな授業風景なのに、先生もどこか気まずそうにそわそわしていた。いつも、先生に冗談を飛ばしたりもしているのに、今日は何も喋らない。
 確かに、いつも喋ってる佐々木は今寝てるけど、佐々木だけじゃなくても、色んな人と話すのが化野なのに……。
 静かな空気の中、授業が進む。

「じゃあ、次この問題解ける人」
「…………!」

 これは、チャンスだ。とばかりに、先生の問いに対して、僕は手を上げた。一瞬、教室内の空気が変わった。

「……はい」
「えっ、あ、小波くんね」

 僕が喋って手を上げたことに、先生は動揺する。周りも、少しだけざわめいた。
 職員室で、僕がどういう立ち位置になっていて、狐面が容認されていたのかはわからないけど、今までは先生からも喋らない奴と認識されていた。でも、これからの僕は、違うんだと、思って貰いたかった。驚きながらも、先生は黒板を示した。

「じゃあ、この問題解いて」

 僕は言われるまま、黒板の前まで歩いて、公式を書き、答えを記入した。カッ、カッ、と無機質なチョークの音が静かな教室に響く。
 ひそひそと、話す声が後ろから聞こえてきた。

「……はい、正解。珍しいね、小波くん」
「…………」

 その問いには、なんて答えればいいのかわからず、ただ頷いてしまった。けれど、すぐに口を開く。

「あ、す、数学、っ……好きなので……」
 
 僕の言葉に、先生が少しだけ口元を綻ばせた。
 僕はほっと胸を撫で下ろす。顔を上げると、お面を通して、視界が広がった気がした。初めて、こうしてクラス全体を見渡した気がする。
 皆、僕の方を向いていた。元々空気のような存在だったけど、化野が狐のお面をつけるようになってから、ますます存在感が薄れてきていたと思ったけど、みんなが、僕を見ている。
 かぁ、と顔に熱が集まるので、やっぱりお面はしばらく外せないけど。なんていうか、うまく言葉には出来ないけれど、もうちょっと、頑張りたいと思った。
 席へ戻る途中、化野と目が合う。向こうは、じっと黒い瞳で僕を見つめていた。……なんだろう。

「……あ、すっ、数学が好きなので〜だって」
「キモっ」
「お気に入りになりたいんじゃね?」

 席に着いた瞬間、周りからクスクスと笑う声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、また顔が熱くなった。
 ……いきなり、手を上げるのはやりすぎたかな。せめて、もうちょっと慣れてからにすればよかった……。そう思った時、西園が笑ったクラスメイトに向かっていった。

「なに笑ってんだよ」
「え……っ、あ、いや、別に……!」
「なぁ……?」
「なんでもないって」

 睨みつけられた人たちは、僕を一瞬見はしたものの、その後はもう笑ったりはしなかった。西園は、普段は授業中爆睡してるのに、今日は起きててくれたんだ。……頑張らないと。
 それから、僕は少しだけ、授業で話すようになった。



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