雨の日の夜


※灯ルート後の話です。雨くん視点。

『雨の日の夜』

 雨くんはね、お母さんの宝物なんよ。せやから、絶対にお母さんを裏切らんといてな。
 子供の頃からその言葉だけを聞かされて育ってきた。京花姉さんが渦見の家の人形で、奏姉さんが京花姉さんの人形なんやとしたら、僕はお母さんのお人形なんやと思う。遊ぶのに丁度ええお人形さん。昔から、お母さんは姉さん達やなくて、僕ばっかり構ってきはったから、お母さんの言うとおりにしなあかんって思ってた。でも、笠原さんを見て、少しだけ僕の中で諦めていたものが揺らいだ。
 諦めた方が楽なものも、諦めなければなんとかなるかもしれんって、思えるようになった。せやから僕は。

 雨の日の夜に、家を出た。
 来年には高校生で、本当は県外の学校に行きたかったけど、そんなんあの家が許すはずもなく、結局お母さんの望んだ学校を志望した。またこの渦見の家で三年も過ごさなあかんのかと思うと、気が滅入る。せやから、内緒でこっそり家をでた。
 外は雨がしとしとと降ってはって、青い傘を差して飛び出した。多分、すぐ白子が追って来るやろうけど、どこまで行けるか、なんとなく試してみたくなった。変やな、今まで、別にこんなん気にしいひんかったのに。多分、あいつのせいや。

「…………」

 頭の中に、一年ほど前、贄として捕まってきた僕より少し年上の男を思い浮かべる。変な奴やった。どうせ、あそこに贄として捕らえられたんやったら、もう終わりやのに。特にあの呪い子のお気に入りやったら、逃げる術なんてないのに。絶対に諦めたりせんで、結局あの家から抜け出した。
 やからといって、呪いが消えることはないんやけど。
 でも、それは僕の中でちょっと、本当にちょっとだけ印象的やったから、今も頭の中に残ってはる。時計を見ると、もう時刻は夕刻で、今乗ってるこの列車が着くのは夜になりそうやった。

「どんな反応、しはるんやろ……」

 ぼそりと呟いた言葉に、自分が少しだけわくわくしているような気がして、不思議な気分やった。

「お久しぶりです、笠原さん」
「…………あ、雨君!?」

 家の場所は、元々調べてあった。そもそも、渦見が逃がすはずもないし、ずっと監視はされとるんやけど、それはこの人は知らんのやろな。
 僕が訪ねると、笠原さんは、一年経ったにも関わらず全く変わらない姿で、ぼろいアパートの玄関の中、僕を見た。今日は鍋らしく、笠原さんの後ろのテーブルで鍋がぐつぐつと煮えているのが見えた。すると、部屋の中に居たらしい呪い子のレプリカが、顔色を変え、笑顔で笠原さんを後ろに下げて前へとでてきた。

「本家の方が何の用ですやろ?」
「…………」

 僕はそもそも、笠原さんに会いにきただけであって、別に、こっちには興味ない。僕は首を少し曲げて、笠原さんに声をかける。

「ちょっと家を出まして、まあすぐ連れ戻されるんやろうけど、一晩泊めてもらっていいです?」
 笠原さんは、僕の言葉に少しだけ目を丸くして、何かを考えていた。
「あー……そうか、……俺、またあの屋敷に連れてかれたりしない?」
「大丈夫です」
「……ならいいよ」

 その言葉に、眉を寄せたのは、レプリカの方やった。

「はぁ!? ちょ、良介君、本気なん!?」

 隠すことも繕うこともせず、レプリカが焦るのは、当然と言えば当然やけど、笠原さんは苦笑しながら言った。

「助けて貰ったこともあるし、約束もあるから」
「約束? 何それ、僕聞いてへんよ!」
「言ってないからな」
「なんで教えてくれへんの!?」
「入ってもええですか?」
「ああ、狭いけど、どうぞ」

 隣でうるさくわめくレプリカを無視して、笠原さんは僕を家の中へと招いてくれた。この人なら、断らないやろうと思ってたけど、本当に家に入れてくれることに、少しだけ驚く。忘れたい記憶の一部やのに、まあこいつと暮らしてる時点で図太いんやろな。けど、隣はまだ納得してへんらしく、笠原さんを説得しにかかっている。

「良介君、嘘やったらどないするん? 連れ戻されるやん! あかんて!」
「せやから嘘やないて言うとるやないですか、そもそも、あの時アンタを奏姉さんに通したの誰やと思ってはるんです? 僕に、借りがあるんやないですか」

 その言葉に、レプリカは言葉を詰まらせた。こういう時の為に、色々と保険はかけておくものやなと思う。
僕がそのまま部屋の中に入ると、笠原さんは笑って鍋を指さした。

「今日は鍋なんだけど、苦手なものある?」
「別に、なんでも」
「ふーん、好き嫌いないの偉いな、じゃ入って」

 言われる前にもう入っていたけど、入ってみると、外から見るよりもボロボロで、狭い部屋やった。僕の家の玄関と同じ大きさやな。そう思ったから、素直に口に出す。

「ぼろぼろですね」
「うるさいなぁ」
「良介君、僕も好き嫌いはないんやで」
「知ってるよ」

 レプリカと笠原さんは、まだ何かを言い合っている。この人は、こんなぼろい家に住んでいて、あの呪い子の呪いまで受けていて、なんでこうも呑気に暮らしていられるんやろ。なんで、自らをあんな境遇に貶めた相手と、こうやって笑って暮らしていられるんやろ。ボロボロになった癖に、最後まで諦めずに、今もこうやって暮らしていられるのはなんでやろ。

「良介君、鍋二人分の材料しかないで」
「意地悪すんなって」

 別に、笠原さんの事を羨ましいとは思ってない。僕やったら、笠原さんみたいな境遇に見舞われるのはごめんやし、こんなレプリカと暮らすのもまっぴらごめんや。
けど、笠原さんと楽しげなやりとりをするレプリカだけは、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまった。
 ふと外を見たら、もう雨は止んでいた。

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