幕間


※渦見が失踪した時の、渦見視点の話です。

『幕間』

「お帰り、終夜」

 暗い暗い、とても暗い。まーっくらな部屋の中で、旭が言った。白子は、俺をここに連れてきてからどっか行っちゃった。ココカラオクハシュウヤサマダケノバショ、とか何とか、呪文唱えて逃げちゃったんだけど、本当冷たいよね、俺なんかとは一緒に居たくないんだって。俺と一緒にいたら、大変なことになるからって。
笠原は俺とずっと一緒に居てくれたってのに。この家の奴らって、そんなのばっか。俺は旭に笑いかけながら、椅子に腰掛けた。軋んだ回転椅子がギィギィと音を立てて、笑い声みたいに聞こえる。実際、笑ってるんだろうけどね。聞こえるからわかるよ。けらけらって。

「ただいまー」
「よく帰ったね。大学卒業するまでは帰らないって話だったのに」
「うん? うん、まー、もう飽きたし、別にいいよ。それより旭ー、ここ暗い。なんも見えなくてつまんないから、蛍光灯つけてよ」
「ああ、その内ね」
「今すぐして」
「わかった、後でやるよ」

 そう言って、旭はくすくすと笑う。知ってるよ俺、旭はこういう奴だって。なんでもかんでものらくら笑ってかわして、そんで、言う事なんて聞いてくれない。昔からそう。やってる様に見せかけて、本当にしてほしい願い事は聞いてくれねー。妥協案を持ちかけて、叶えたって見せかける。努力した体で自分のいいように進めるの。優しそうに見せておいて、結構ドライな兄ちゃんだよ。俺ね、旭のそういうとこ、昔からちょっときらーい。

「笠原くんは、もういいの?」

 旭が、眼鏡の位置を指で調整して、俺に問いかけてきた。俺はその言葉に、目を逸らす。その名前、今は聞きたくなかったのに。
 笠原。かさはら、カサハラ、かさはらりょーすけ。俺と一緒に居た奴。俺と一緒に居ても逃げなかった奴。俺と一緒に居たせいで、死にそうになった奴。俺が、助けてあげたいって思った奴。もう一緒に居ない奴。

「……別にぃ。もういいもなにも、もとから執着だってしてないしー」
「そう、じゃあ、貰っていい?」
「はぁ〜? いー訳ないでしょ、旭は馬鹿?」
「だって、執着もしてないんだろ?」
「人として、どーかと思うって話をしてるんだよ、俺は」
「ふふ、終夜に人としての道を説かれるとはね」

 面白そうに、旭が笑う。別に説いてるわけじゃないけど、俺が離れたことで、笠原がもう少しだけ、生きやすくなればいいなって思っただけだよ。だってさあ、もうどうしようもないじゃんね。俺のこの体質じゃ、好きになっても一緒になんて居られない。一緒に居たら死んじゃうし、だったら少しでも距離を取った方がいい。離れることが一番の幸せって、俺はなんなの。ああ、むかつく。

「…………」
「怒らないでよ、部屋が寒くなってきちゃった」
「あのさあ、旭、最初に言っておくけど」
「何?」
「俺がここに戻ってきたのは、旭が戻ってきてほしいって言ってたからだよ」
「それは、ありがたいね。優しい弟を持って僕は幸せだな」
「あひゃひゃっ、俺も、旭みたいな優しいお兄ちゃんが居て幸せっ」

 そう、帰ってきた途端、こういう所にぶち込む優しいお兄ちゃんが居てね。

「だから、旭が俺をがっかりさせるようなことしたら俺、旭のこと嫌いになっちゃうかも、ひひっ」

 俺が笑うと、旭も笑った。

「やあ、それは悲しいなあ、終夜に嫌われたら悲しいから、僕も嫌われないようにしないと」
「うん、そうして」
「どうすれば嫌わないでいてくれる?」
「俺ね、こっち戻ってきたから、もうあっちに居たことは忘れることにしたの」
「ふうん?」
「だから、忘れたんだから、旭も手ぇ出さないでね。手ぇ出したら、怒るよ」

 俺の言葉に、旭が再び眼鏡の位置を直すと、レンズが、持っていた灯りで少しだけ光る。この仕草をしている時の旭は、ろくでもないことを考えてる。昔からよく見る、旭の癖だ。

「わかった、もちろん。終夜が言うなら僕は手を出さないよ」
「本当?」
「もちろん、僕はね。ああ、それじゃあ僕はそろそろ。じゃあね終夜、後で夕飯持ってくるから」

 そう言って、旭は笑うとそのまま部屋から出ていった。重たい扉の音がして、部屋の中に静寂が訪れる
……僕は、かー。せっかく離れてやったのに、このままじゃ駄目かなあ。駄目だよね、
そりゃそうなるか、俺が笠原と一緒に居た時間も、結構長いし、そうなると笠原は…………だもんね。あんなの旭が見逃すはずないって、わかってたのに。わかってたから、俺は戻ってきたのかな、うーあー、よくわかんないっ。
 でも仕方ないから、笠原がここにもし連れてこられたら、俺が逃がしてあげよう。

「いーち、にーい」

 それまでどうしようかな。指を数えて待っている。つまらない歌でも歌って待ってる。
笠原がここまで来ないのが、本当は一番いい気がするけど、それはそれで寂しい気もする。俺が逃がしてあげたら、笠原、なんて言うかな。ありがとうって言う? 喜んでくれる? また戻って来いって、言ってくれる? 俺のこと、笠原はどう思ってた?
……わかんない。でもいいよ、笠原のことは逃がしてあげる。俺の知らない女と結婚してもいいし、子供作って、幸せになっていいよ。女の子と付き合って、テンパって失敗する笠原はちょっと見たかったけど、渦見の家とは離れて、暮らせばいいよ。笠原だけ、特別ね。見逃してあげる。

「…………笠原」

 ぼそりと呟いた言葉は、真っ暗闇とすすり泣きに紛れて消えちゃった。もうここには何もない。沢山いるのに誰もいない。
 もし、もしもだよ、笠原が、俺と一緒に生きてくれるって言ったら、その時は……。
 闇の中でぐっと掴んだ手のひらは、何も掴めなかった。


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