ヒナタと笠原(数年後)


多分渦笠ルートBADとかの数年後……。
本編に出てきたヒナタ君の成長を書きたかったので深く考えないでください。




















 僕、明星(みょうじょう)ヒナタは病気なのだ。
 
『ヒナタ、ヒナタ、ねえねえ』

 子供の頃から、時々黒い物が見えた。それはまるで霧の塊のような、不明瞭で黒い影。
 子供の頃、僕はそれを黒い奴と呼んで、たまに話しかけてもいたけど、それが答えを返すことはなかった。
 そして、それが普通の人には見えないものだと知ったのは、小学校の高学年に上がった頃だったと思う。僕が指し示す方向に、何もいないよという友人に、いると主張しなかったのは、僕なりに空気を呼んだからかもしれない。
 元々、母さんも父さんも、黒い奴が見えるなんて変なこと、言うんじゃないと言っていた。変なことを言っても、禄なことにならないよ、と。実際、それは正しかったと思う。
 子供の頃ならいざ知らず、ある程度年齢を重ねれば、自分を客観的に見ることも出来る。
 自分が見えない物を、見えると主張する人間は、見えない人間にとって、異質に映ることだろう。彼らにとって、きっと正常ではない。

 だから、僕は病気なのだ。
 人に見えない物が見える。
 今も、黒い奴は近くに居る。最近は、話しかけてくることもある。昔は話しかけても、返事なんてしなかったのに。
 黒い奴は僕にべたべたとくっつくので、鬱陶しくてしょっちゅう手で振り払う。その姿が、他の人には奇妙に思えるらしい。おかげで、僕は飛蚊症だと思われている。

『ヒナタ、ヒナタ。こっちにおいでよ』

 僕は病気なので、常に声が聞こえてくる。
 この黒い奴はしつこい奴で、僕にいつも憑いてくるのだ。振り払っても、結局は同じ。僕はいつも無視するけれど、黒い奴は何が楽しいのか、笑いながらまとわりつく。
 目も耳も、僕はおかしい。けれど、病院で検査しても、何か問題があるわけではない。
 これは僕の妄想であり、幻覚だ。

『ヒナタ、ヒナタ、あれみなよ』

 妄想は僕に語りかけてくる。
 大抵は無視するけれど、たまたま目に飛び込んだ姿が、とんでもないものだったので、僕は言葉を失った。
 黒い奴の声に耳を傾けるのもしゃくだけれど、なんせこいつは勝手に喋る。

『あれ、可哀想。可哀想だね、ヒナタ』
「…………」

 真っ黒い人が、いた。
 公園のベンチに腰掛けている。
 物理的に黒い訳じゃない。その中心にいる人は、あくまで普通の人なんだと思う。だけれど、その周りに黴の様に沸いている黒い奴は、今までの比ではなかった。
 まれに、僕の様に黒い奴に好かれている人もいる。しかし、ここまで黒い人は初めてだ。好かれている、なんてもんじゃない。まるで吸い寄せられているみたいだ。僕があまりにじっと見つめているので、その人は僕に気がついたらしい。
 一瞬、目が合った。

「……あ」

 目が合った瞬間、鮮やかに記憶が蘇る。
 よせばいいのに、気がつけば、僕の足はその黒い人へと向かっていた。

「……笠原のお兄さん?」
「…………ええーっと……」

 昔、僕は現住所とは違う場所に住んでいた。
 両親が亡くなり、今は転居したけれど、お金がない頃、両親と共に、ぼろアパートへ住んでいた。あの頃はあれが普通の生活だと思っていたけれど、今思えば、随分と異質だったように思える。
 壁が薄く、友達も呼べないようなぼろアパート。その隣に住んでいたお兄さんが、僕は大好きだった。
 何故好きだったのか、といわれても、思い出せない。
 多分、放っておけないと思っていたのかもしれない。記憶の中のお兄さんは、いつも黒い影にまとわりつかれていた。
 それは、今の僕と似通うところがあり、つまるところ、同族への親近感だったのかもしれない。けれど、僕は結局お兄さんよりも先に引っ越し、数年後訪れた時には、すでにお兄さんはいなかった。
 まさか、こんな所で会えるなんて。
 戸惑った顔をしているお兄さんに向かって、僕は出来るだけ柔らかな笑みを向けた。

「……僕、ヒナタです。小学生の時、たまに遊んでもらったんですけど、覚えてないですか?」
「……! あ、ああー……、ヒナタくんか! うん、ああ! 思い出した! でかくなってるから気がつかなかった、背とか伸びたなー、イケメンになって」
「お兄さんは、あんまり変わってないですね」
「未だに大学生に見える?」
「見えます」

 ははは、と笑うお兄さんに告げると、お兄さんは苦笑する。実際、少し年を取ったようには見えるけど、同年代に比べると若く見える方だと思う。
 僕と会ったとき、お兄さんは成人しているかいないかくらいだったと思うので、今は二十代後半のはずだ。今は、何をしているんだろう。ここで仕事しているんだろうか?
 僕はなんとなく高揚し、もっと話したいと思った。
 それにはまとわりついている黒いのが邪魔で、お兄さんの表情が見えない時がある。なので、無理矢理ひっぺがした。
 それから、隣を指さして問いかける。

「座ってもいいですか?」 
「あ、ああ。いいけど……あれ?」
「どうしました?」
「いや、なんでも……」

 不思議そうに肩に手を当てるお兄さん。
 この人は、あの頃から、ずっとこうして過ごしてきたんだろうか。こんなにまとわりつかれちゃ、重たいに決まっているのに。
 祓うことも出来ず、見ることも出来ず、一人でこの黒いのと一緒に過ごしてきたのだろうか。そこまで考えて、それはないだろうと僕は考え直した。

「お兄さん、虫取り網のお兄さんとは、まだ友達なんですか?」
「ああ、渦見?」

 そう、渦見。確か、そんな名前の人だった。
 あの頃、僕はあの人が嫌いだった。嫌いというよりも、怖かったんだろう。何を考えているのかわからなかったし、それにたぶん、僕と同じものが見えていて、僕よりも簡単に追い払っていた。いや、捕まえていたのかもしれない。だから、あの頃から黒いものが周りにいるお兄さんの周りの奴を、捕まえていた。
 僕は知っている。お兄さんが、気づいていたのかどうかは、知らないけど。

「まだ、一緒に住んでるんですか?」
「ああー……成り行きでね」
「そうなんですか、仲いいんですね」
「ヒナタくんは? こっちの学校通ってるの?」
「はい」
「そうかあ、まさかここで会うとは思わなかったよ」
「僕もです」

 そう言って、お兄さんは笑う。僕も笑みを返す。
 あの頃、僕はあの人と隣にいると、なんだか寒くて、喋る度にぞわぞわとした気分になった。まるで、背中を虫が這いずっているような、嫌悪感。
 いつもお兄さんの隣に居たから、お兄さんは大丈夫なのかと、心配していた。

「笠原のお兄さん、今も、あの、ウズミさんと一緒に住んでるんですよね?」
「え? うん……そうだけど」

 何故か少し浮かない顔で、お兄さんは呟いた。その割には、真っ黒いやつらに取り憑かれていた。一緒にいるなら、ウズミさんが、捕まえそうなものなのに。
 実際、数年前はそうだったはずだ。

『ヒナタ、ヒナタ』

 妄想が僕に話しかけてくる。うるさい、人と話している時くらい、大人しくしていてほしい。
 僕が睨みつけると、僕に憑いてるそいつは、恍惚とした表情でお兄さんを見ていた。

『美味しそう、美味しそう、たべたい、おいしそう』

 そして、ゆっくりと手を伸ばす。僕は、慌てて、その手をたたき落とした。

「やめろ!」
「え?」
『いたい、ヒナタ、いたい!』
「すみません、虫が居て……」
「あ、そうなんだ」

 これが僕の妄想であってもなくても、これ以上まとわりつかれたら、お兄さんが可哀想だ。可哀想なんてものじゃない、僕だったら、死にたくなる。見えていて、四六時中この量にまとわりつかれたら、きっと発狂する。
 だって、さっき剥がしたはずのものとは、また別の黒いもの達が、お兄さんの周りに集まっている。
 まるで誘蛾灯に集まる蛾の様に、ざわざわと這い寄ってきている。剥がしても剥がしても、きりがなさそうだ。
 あの頃から好かれている様には見えたけど、いつからこんな風になってしまったんだろう。

「……お兄さんは、今こっちに住んでるんですか?」
「え? ああ、うん」
「京都で仕事を?」
「……まあ、そんな感じ。ごめんな、もう少し話してたいんだけど、そろそろ行かなくちゃ」
「あ、はい」

 言いにくそうにすると、お兄さんは立ち上がった。そもそも、休んでいただけで、どこかに行く予定だったのかもしれない。
 足を悪くしているのか、右足を引きずっている。そういえば、近くに松葉杖が置いてあった。

「っだ、大丈夫ですか?」
「うん、平気平気」

 全然平気じゃない。
 足のことだけじゃなく、僕の目には、平気そうには見えない。そういえば、今って平日の昼間なのに、こんな公園で何をしていたんだろう? 失業中なんだろうか? だとしたら、悪いことを聞いてしまったかもしれない。
 しかし、こんな足で帰れるんだろうか?

「あの、よかったら家まで送ります」

 その言葉に、お兄さんは目を丸くして笑った。

「はは、ヒナタくん本当大人っぽくなったな〜、モテるだろー」
「モテませんよ」
「そうか? でも大丈夫だよ、ありがとう。ヒナタくんも学校帰りだろ、早く帰りな」
「……また会えます?」
「うん、俺、たまにここ来るし。また会えるよ」

 その言葉になんだか嬉しくなった。また、あの頃と同じように話せる。そのことがとても嬉しい。
 そして、それと同時に不安を覚える。さっきはがしたのと同じ量の黒いものが、お兄さんの肩にくっついていた。僕は再び剥がすけれど、多分、何度やっても同じだろう。
 お兄さんは、こんな状態で大丈夫なんだろうか? 

「すみません、話し込んで引き留めちゃって。どこか、行く予定だったんですか?」
「あー……行けたらなって思ってたんだけど、まあ無理だな。じゃあ、またね」

 そう言って手を振ると、お兄さんは歩きにくそうに去っていった。
 僕も、なんとなく手を振ってその姿を見送る。無理だから、ってどういう意味だろう。公園の外に、黒い車が見えた。お兄さんが、中にいる人に何か言われて、そのまま車に乗り込んでいくのが見える。
 誰だろう。ウズミさんだろうか? 車はすぐに小さくなるほど離れて行ってしまった。

『ヒナタ、ヒナタ』
「うるさい、話しかけるな」
『アレ、美味しそうだった』

 アレ、というのは、お兄さんのことだろうか。そういえば、さっきも同じ事を言っていた。
 おいしそう、ってどういう意味だ? こいつらに食べられたら、どうなるんだろう。

『食べたいなあ、食べたいなあ』
「…………食べるなよ」
『えー』

 他の黒いのも、同じ事を思っているのだろうか。食べられたら、お兄さんは死んでしまうのだろうか。そんな姿は見たくないな。
 僕が、力になってあげられればいいのに。



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