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※チビ灯視点














 いーち、にーい、さんごのて
 ろくしちはちぬけ、ちょんぎった……

 お父さんが、僕に教えてくれた歌。
 いつもそればっかり歌っとった。ヒマやったから。
 地面に絵ぇかいたり、蜘蛛の巣に虫落として遊んだり、池の中に石投げてどんだけ水飛沫があがるか試したりして、遊んどった。誰も遊んでくれへんし、誰も構ってくれへん。でも、ある日僕の前に「かみさま」が現れた。
 ほんまは、僕の家は「かみさま」って言うたらあかん。渦見の家の神は渦見しかおらんから、他の人を崇めたら駄目って言わはるから、うずみさまって呼ばなあかんねん。でも、僕は「うずみさま」なんて、絶対呼びたくない。せやから、かみさまでええんよ。
 かみさまは、僕のことをちゃんと名前で呼んでくれた。
 一緒にいて、遊んでくれた。
 知らないこと、教えてくれた。
 ご飯作ってくれて、変な服もくれた。
 僕がほしかったもの、全部くれた。
 せやから、かみさまなんや。

「……りょーすけくん?」

 でも、いなくなってしもた。
 今のいままで、目の前におったのに、僕が瞬きしたら、その瞬間、りょーすけくんも、あいつもいなくなった。ぱって、電気の灯りみたいに消えてもた。
 僕は池の前で座ってて、手には土がついとる。洋服は、いつもの服や。りょーすけくんが僕にくれたやつやない。

「りょーすけくん」

 声に出してみても、りょーすけくんの返事はない。周りにも、誰もいない。お天道様がお空の真上で笑ってはる。初めて僕がりょーすけくんに会った日と、同じや。
 夢やったんやろか? そんなはずない。りょーすけくん、どこ? どこにおるん?
 がさがさと近くの草むらを探したけど、そこにはいてへん。なんで、なんで急にいなくなるん? ずっと一緒にいることはでけへんって言うてはったけど、もう少しだけ、一緒にいたかったのに。あかん、あかんよ、泣いたらだめ。あいつに負けてまう。
 涙をこらえて探していると、後ろから夕ねえが声をかけてきた。

「そんな所で、何してるの?」
「ゆ、夕ねえ……あんな、僕、りょーすけくん探しとるんよ、夕ねえ知らん?」
「りょーすけ君? ごめんね、お姉ちゃん知らないわ」
「ほ、ほんならなっ、親戚にそういう人おらん? 親戚やって言うてはった!」
「さあ……、ほら、こっち来て、汚れちゃうよ」
「夕ねえっ、僕っ」
「ごめんね、お姉ちゃんこれから終夜のところ行かなくちゃいけないから。あんまり草むらで遊んだら駄目よ、汚いからね」

 そう言って、夕ねえは僕の頭についとった葉っぱを取ると、あいつのところに行ってしまった。いつものことやから、悲しくない。大丈夫。こんなん全然大丈夫や。
 でも、りょーすけくんがいないのは悲しい。なんでおらんの、どこにいったん? 僕のこと、嫌いになった?
 土で汚れた手を、ぎゅっと握りしめた。
 りょーすけくん、僕の手握って。頭なでて。あんな嫌なやつ、一緒におらん方がええ。いじわるなことばっかり言う。僕やったら、そんなこと言わんのに。りょーすけくんが喜ぶこと、いっぱいするのに。
 お手伝いもちゃんとするし、わがままも言わへん。おべんきょもして、がんばるのに。どうして僕は一緒にいたらあかんのやろ。

「……りょーすけ、くん……」

 夢やった? ちがう、りょーすけくんはちゃんといたもん。ポケットの中に手を突っ込むと、中からしわくちゃになった紙がでてきた。

「……!」

 ふくびき、や。
 ちゃう、くじの紙。ただのゴミに見えるかもしれへんけど、僕にとってはゴミやない。大事な大事な物なんや。
 ドキドキしながら紙を開くと、りょーすけくんの字があった。

『いっしょに おいしいごはんをたべる券』

「……う、う〜〜〜……っ」

 あかん。
 泣いたらだめ。
 駄目や。
 だってあいつは泣かへんのやろ。あいつにできて、僕が出来なかったら、またお母さんに怒られる。駄目な子って言われてまう。
 でも、どうしても我慢でけへんかった。
 その字を見た瞬間、りょーすけくんの顔が頭に浮かんで、涙がぽろぽろって、こぼれてくる。ごめんなさい、悪い子でごめんなさい。泣いてごめんなさい。
 僕、がんばるから。一緒にいても怖いことなんておこらへんようにします。がんばるから、そのときは、また、一緒にいてください。
 おねがいします。

「う〜〜〜っ……」

 くしゃくしゃのくじを握り締めて、僕はその場に蹲った。
 それから、また何時間も探したけど、りょーすけくんは、どこにもおらへんかった。
 










 それから何年か経って、僕も成人と呼ばれる年になった。最悪なことに、終夜の贄役をやらされてから、薄かった力が強なって、押さえづらくなったけど、それでも少しはコントロール出来るようになった。少なくとも、いるだけで毒みたいなあいつよりマシになったはずや。

「…………」

 十五年や。
 あれから、十五年経った。
 いろんなことがあったと思う。夕姉は終夜の生贄にされて死んだし、相変わらず旭兄は何を考えとんのかわからん。父とも母とも、ほとんど喋らんくなった。本家の連中も嫌なやつばっかりや。
 白子は相変わらずやし。こんな家、なくなってまえばええのに。昔から何も変わらない家を見渡して、小さく毒づく。
 着物の袂から色あせた紙を取り出した。もうすっかり色は薄くなってしまったけれど、彼がいた証拠は、確かにここにある。この家の中で、これだけが僕の心の支え。
 ぎゅっと握ると、部屋の戸が開いた。

「最近、終夜が大学で友達と楽しんでるらしいね」

 旭兄が、ノックもせずに入ってきた。
 珍しく僕の部屋に入ってきたと思ったら、開口一番にそれや。僕も一応大学は行っとるけど、最低限単位を取得するくらいで、あまり行ってへん。そもそも、行ったところで、この家関連の職に就くんやから、あまり意味がない。
 けれど、終夜が誰かと楽しくしていると聞くのは、心が苛む。やってそうやろ、あいつは、友達なんて作れるような奴やないのに、何をはしゃいどんねん。胸くそ悪いわ。
 舌打ちでもしたい気持ちを隠して、端的に問いかける。

「……それで? 何がいいたいん?」
「おいおい、兄弟のただの雑談だよ。でも、そんなに仲がいいなら、きっと……いい贄になるだろうね」

 人畜無害を装った、あくまで穏やかな顔で、旭兄は笑った。その笑みには僕ですら寒気がする。何が兄弟、や。弟やのうて道具の間違いやろ。おおかた僕に何かしてほしいんやろうけど、そういうこと、僕が簡単にすると思ったら大間違いや。
 僕が何も答えずにいると、旭兄は思い出したみたいに言い募った。

「そういえばお前、昔バカみたいにりょーすけくんりょーすけくん、言ってたよね」
「……なんやの」

 汚されたくない思い出を、口に出されるのは不愉快や。剣呑な目つきで睨むと、旭兄はおどけたように笑った。

「ははは、怖い顔するなよ。ただ、今終夜が仲いい子の名前も”良介君”だから、こんな偶然もあるもんだなって、思ってさ」
「は……?」
「まあ、興味がないならいいよ。僕はただ、終夜がこの家に戻ってくればいいんだから」

 そう言って、写真を一枚置いて出ていった。
 なんや? さも意味ありげに置いて行かれた写真を手に取ると、心臓が飛び跳ねた。

「……っ!」

 目に飛び込んできたのは、笑っているあいつの顔。でも、それはええ。そんなん、どうでもええ。それよりも、隣にいる人。それは、紛れもなく。

「りょーすけ君っ……」

 幼い頃、かみさまとなった彼やった。
 膝から崩れ落ちそうになるのを堪えて、震える手で写真をなぞった。探しとったんや。あの日から、ずっと探しとった。
 でも、見つからへんかった。そもそも、笠原良介という人間は渦見の親族にはおらん。
 そして、日が経つにつれ、いつもりょーすけくんの隣にいたあいつに、自分の容姿が似て行くことに、気づい取った。なんとなく、あれがなんだったのか、感づいていた。
 夢かとも思ったけど、この紙だけが、証明してくれる。
 良介くんは、やっぱりおったんや。

「やっと見つけた……」

 びり、と終夜の部分だけ破いて捨てた。
 どうしてあんな事になったのかは、未だに僕にもわからへん。けど、これは運命なんやない? そんなん、信じてへんかったけど、これに関してだけは別や。
 このままあいつと一緒におったら、りょーすけ君は、いつか終夜に食われてまう。あいつに殺されて、死んだあともずっと嬲られ続けて……。
 そんなん、許せるはずないやろ。僕の神様、あいつの傍にいていいはずない。
 待っててなりょーすけくん。僕が今、助けにいくから。
 あいつになんて、殺させへんから。

「また、頭撫でて、一緒に遊んでな」

 くしゃくしゃになったくじに口づけをすると、僕は写真を懐へと仕舞い込んだ。



 


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