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「当た〜〜〜り〜!」

 いつも行っている近所のスーパーで買い物を終えると、近道となる商店街へやってきた。スーパー自体が家に近いけど、ここを通ると更に近い。
 チビ灯の手を引いて商店街を横切った瞬間、近くで小気味良い鐘の音と共に、快活なおっさんの声が聞こえてきた。
 その声に、チビ灯が弾かれた様にそちらを向いて足を止めたので、俺も必然的に歩みを止めて顔を向けた。
 人ごみの中心で、おっさんが「4等おめでとう!」とか言いながら、子供に何かを渡している。
 
「あー、福引やってんだ」
「ふくびき?」
「くじみたいなやつだよ」

 福引なんて、子供なら一度くらいは経験してても良さそうなもんだけど、そもそも近所のスーパーですら目を輝かせていたような子だ。
 基本的に箱入りというか、世間知らずというか。俺らにとって当たり前な事柄を、あまり知らないのかもしれない。興味津々なその様に苦笑しながら、俺はチビ灯の手を引いた。少しだけ体を持ち上げて、広場の中心を見やすいようにする。

「あの真ん中にガラガラがあるだろ」
「あれ?」
「そう、あれを回して、色のついた球が出てきたら当たり。当たったら商品が貰えるんだ」
「へー、そうなんや……」

 言いながら、チビ灯はまじまじとその姿を見ていた。
 今引いているのは、中年の女性だ。二回ほど回してみたが、結果は残念ながらどちらもはずれ。残念そうに笑いながら去って行った。

「じゃ、行こうか」
「ん……」

 言いつつも、未だもの欲しげにじっと見ている。……多分、いや、確実に、やりたいんだろう。
 今までその存在すら知らなかったんだ、そりゃやってみたいだろう。そうでなくても、子供はくじびきとか好きだし、俺だって好きだ。
 けど、残念ながら、俺はその肝心な「福引券」を持っていない。
 福引会場の横に書いてある看板の案内を見るに、この商店街で買い物をすれば、1000円につき1枚券がもらえる。その券を5枚そろえれば1回出来ると言う仕組みらしい。ただし、俺はその券を1枚も持っていない。
 買い物ならさっきスーパーでしたし、そもそも1回の買い物に5000円は使わない。チビ灯には悪いが、ここは諦めてもらうしかない。

「ごめんな、俺福引券持ってないから、あれできないんだよ。家に帰ったら似た様なの作ってやるから」
「! ぼ、僕全然やりたいなんて思ってへんよ!? あんなん、こどもの遊びやし! ほな、早くかえろ!」

 ぎゅ、と手を握り返し、俺を引っ張る様に歩き出す。うわ、すげー意地張ってる。というより、俺に余計な気を揉ませないためなのか、子供らしくないといえば子供らしくないし、その全然隠せてない様子はある意味子供らしい。
 申し訳ないけど、まあ仕方ないよな。できないもんはできない。
 そう思って歩き出そうとした瞬間、後ろから肩を叩かれた。

「あのー」
「はい?」
「よかったら、これ、どうぞ」
「え」

 なんと、女子高生2人組が、券を一枚ずつくれた。

「ウチら、2枚あってもどうしようもないし」
「ねー」
「集めればできるかもですし〜」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ〜」
「お嬢ちゃん、ばいばーい」

 そう言って、女子高生はチビ灯に向かって笑い掛ける。チビ灯は見知らぬ人間に警戒したのか、一瞬硬直していたが、手を振られた瞬間、まるで条件反射の様に俺に隠れながら、少しだけ手を振った。そうすればいいと躾けられたのか、それとも自分で学んだのか。いやお嬢ちゃんじゃないけどな。
 しかしその様を見て満足したのか、女子高生二人は笑いながら去って行った。

「……よかったな」
「ふくびき、出来るん?」
「いやー、あと三枚ないと……」

 3枚、となると3000円……3000円はでかいな。福引の期限は今日までだし、やっぱり諦めるか、と思ってると、今度は近くにいた老夫婦が声をかけてきた。

「よかったら、こちらもどうぞ」
「え?」
「私たちも、やるには足りないから、よければ妹さんにやらせてあげて」
「あ、ありがとうございます!」

 まさかの3枚。速攻で5枚集まってしまった。運がいいのか、それともチビ灯がやたら可愛い顔をしているからなのか。妹じゃないけどな。
 困惑している俺に、チビ灯がおずおずと後ろから顔を出した。

「……りょーすけくん?」
「よかったな、福引1回引けるぞ。お礼言わなくちゃ」
「……ありがとう」
「いいえ、よかったわね」
「一等出るといいな」

 老夫婦は顔をくしゃりと歪めて笑うと、ほっこりとした表情で去って行った。すげえいい人達に2回も遭遇してしまった。
 俺はチビ灯の手に福引券を握らせると、未だガラガラを回している人たちの後ろに並んだ。
 1等がマウンテンバイクで、2等が米5キロ、3等がタオルと洗剤セットで4等がお菓子の詰め合わせ、5等がティッシュの実質はずれか。
 2等から3等への落差がすげえな。米5キロかマウンテンバイクは正直欲しいけど。

「りょーすけくん、りょーすけくん」
「ん?」
「あんな、僕これ当てたらな、りょーすけくんにあげてもええよ」
「そっか、ありがとな!」
「うん、あてたるよ!」

 まあ、そう簡単には当たらないだろうが、その気持ちは素直に嬉しい。チビ灯は初めての福引にワクワクしているのか、少し頬を赤らめて背伸びしていた。
 やがて、前の人がはずれて、チビ灯の出番が回ってくる。回すには少し背丈が足りないので、俺はチビ灯の脇に手を入れて、再び持ち上げる。

「一回お願いします」

 福引のおっさんが、チビ灯から福引券を受け取るとにっかり笑った。チビ灯は、少し怯えながら問いかける。

「……これ、当たるん?」
「おう、嬢ちゃんがんばってな!」
「僕お嬢ちゃんやない! 男やもん!」
「そ、そうか、じゃあ僕! 頑張って1位あてろよ!」
「うん、りょーすけくん、見ててな」

 ぐるぐると、初めての福引に緊張した面持ちでガラポンを回す。何回か回した後、受け皿に赤色の球がぽとりと落ちた。

「おっ! 色つき!」
「当たり!?」
「あた〜〜り〜〜! 4等賞! よかったな僕!」

 小さなお菓子の詰め合わせを渡されて、チビ灯はまごまごと口を動かしていた。

「うん……」
「よかったなー」
「……りょーすけくんも嬉しい?」
「おー、うれしいうれしい」
「ほんまは1等がよかった?」
「なんで、4等でも当たったんだから嬉しいよ」

 そう言うと、俺の手を握り返し、大事そうに受け取ったお菓子を抱いた。

「……おうち帰ったら、りょーすけくんとお菓子たべる」
「いいけど、ちゃんと歯磨かないとな」
「うん」

 300円くらいの駄菓子の詰め合わせだったけど、やっぱり当たると嬉しいものだ。
 商店街を抜けると、俺達は帰路へとついた。


***


「……なんなん、それ?」
「寝ちゃったんだよ」

 開口一番に、灯が不機嫌そうに眉を寄せた。
 箱から散らばったクジに、膝の上ですぴすぴと鼻息を立てて眠るチビ灯を、灯は相も変わらず不愉快そうな目で見下ろしていた。
 こいつは、昔の自分、というよりも今こうしている過去の自分にコンプレックスがあるらしく、この状況が許せないらしい。
 当初俺は、過去に嫌なことがあったから、昔を思い出したくないという意味でチビ灯が嫌いなのかと思っていたけど、そうではなく、何も持ってなかった子供時代の自分が今は恵まれている、という状況が気にくわないらしい。自分なのにな。そもそも、これが恵まれている状況、と思うあたり、こいつの子供時代の寂しさが伺えるので、少しだけ悲しくなる。
 眠っているチビ灯をまた容赦なく起こしにかかるかと思ったが、灯も仕事で疲れていたのか、それとも俺に言われるのが億劫だったのか、そのまま隣りに腰を下ろした。

「そんなん、床にでも転がしておけばええのに」
「じゃあ、そっちに布団敷いてくれよ。そこに寝かすから」
「…………」

 不満そうだったけれど、そのまま膝に寝かせているのも嫌だったのか、灯は無言で布団を敷いた。俺は起こさないようそっと布団の上へチビ灯を移す。手には、さっきまで遊んでいたなんちゃって福引の紙を握りしめていた。微笑ましい子供の様子に、俺は少しだけ頬を緩める。

「良介くん、これと何やってはったん」
「これ呼ばわりすんなよ。福引ごっこ」
「福引ごっこ?」
「……お前もやったことない? ガラポンだよ。福引券集めてガラガラ回す奴」
「ない。存在くらいは知っとるけど、そもそも僕、子供の頃あんまり出かけへんかったし」
「そうか……」

 そりゃ、そうだよな。チビ灯だって知らなかったんだ。チビ灯は今俺と会ってやったから知っているけど、この灯は知らない。いや、存在は知っていても、やる機会がなかったのかもな。
 そう思うと、なんとなくしんみりしてくる。

「やる?」
「何が書いてあるん?」
「俺とチビ灯で、貰ったら嬉しい物」
「『ごはんをおかわりしてもいい券』……。良介くん」
「あ、憐みの目で見んなよ! いいだろ!」

 俺がこいつを憐みの目で見ると同様に、灯も俺を憐みの目で見てきた。
 床に散らばっていたくじを再び箱に戻す。

「僕が書き足したらあかんの?」
「駄目だ。お前変な事書きそうだから、今あるくじな」
「ふーん……」

 そうは言いながらも、少しだけ嬉しそうに、灯は箱の中へ手を突っ込んだ。

「何枚でも引いてええ?」
「駄目、価値が薄れるだろ。1枚だけ」
「ほな、これ」

 折りたたまれた紙を受け取ると、俺は中身を開いた。
 これは、俺が書いた奴ではなく、チビ灯が書いたクジの様だった。
 幼くつたない字で、クジにはこう描かれていた。
 『りょーすけくんが ずっといっしょに いてくれるけん』

「…………」
「なんて?」
「やり直し」
「えっ、価値が薄れるから一回だけやってさっき」

 俺はすぐさまその券を折りたたみ、自分のポケットに入れた。これは、チビ灯が貰って嬉しいもの、だ。
 俺はチビ灯とはその内さよならしなくちゃいけないだろう。何故現れたのかはわからないけど、この状態がいつまでも続くという保証もないし、急に消えてしまうかもしれない。それなら、このチビ灯の願いは、今の灯といることで叶うのか? いや、けど、この灯とチビ灯は、同じであって、違う存在だ。この願い事は、俺が見ても仕方ない気がするし、叶わないのかもしれない。
 箱のくじをぐるりと回して、再び灯に突き付けた。

「ほら、引けよ。良介くんに美味しいご飯を奢る券が入ってるかもしれないぞ」
「それ君が嬉しいやつやん。僕は良介くんと一緒にいる券のがええなあ」
「……入ってねえよそんなもん」

 灯は苦笑しながら、箱の中見をかき回す。
 チビ灯とは、その内お別れしなくちゃいけないけれど、灯とも一緒にいられるとは限らない。
 そもそも、こいつも渦見の家を勝手に出てきた身だ。いつか連れ戻されるかもしれないし、離れてしまう可能性の方が高いのだ。いつか、渦見が会いに来るのかもしれない。
 それを考えると、どうしようもなく怖くなる時もあるけど、今はまだ、このぬるま湯の様な状況が、少しでも続けばいいと思ってしまっている。

「ほな、これ」
「ん」
「いや、自分で開くわ」
「おう」

 灯は、さっき俺がくじを隠したことを根に持っているのか、俺の手をかわして、自分で紙を開いた。

「なんてかいてあった? 俺も全部は見てないんだよ」
「……なんも書いてへんな。ハズレくじや。もう一回」

 くしゃりと紙を握り潰して、灯が手を伸ばした。

「え? またかよ」
「ええやん、良介くんもさっき抹消したやろ」

 本当に白紙だったのか、書いてなかったのかはわからないけれど、お遊びのくじびき、もらえないことが多い景品の書かれた箱に、灯は再び手を伸ばした。





 

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