B


「りょーすけ君。りょーすけは、なんであいつと暮らしてはるん?」

 泣きそうな顔をしたチビ灯が、俺にしがみついてきた。子供の力は、結構強い。子供といえど力一杯掴まれたら、大人に掴まれるより痛いくらいだ。足の上に座り、俺の腹に抱きついてくるチビ灯は、いくら宥めても俺の傍から離れようとしない。
 仕方なく頭を撫でていると、灯が射殺しそうな視線と空気をチビ灯になげかけている。チビ灯は気づいているのかいないのか、無視して俺の胸に顔を押しつけてきた。泣いてはいないけど、泣きそうだ。
 灯には、今後チビ灯を叩いたり暴言を吐いたりしないよう釘を刺してあるので、そういった真似はしないけど、このままだと灯の機嫌が悪くなる一方だ。
 過去の自分なのに、どうしてそんな邪険に扱うのだろう。こいつがいなくなったら、お前もいなくなるかもしれないんだぞ。前に、チビ灯がいない場所でそう告げたことがある。すると、灯はこう答えた。

『僕がこんくらいの年の頃、良介くんは側におらんかったし。せやからあれは僕やなくて別の何かやもん。本物の僕はここにいてるし』

 拗ねたようにそう言った。子供みたいな理論出してくるなよ。そもそも、こうやってチビ灯が俺に抱きついているのだって、灯が原因だ。

 素直でかわいい子供と遊ぶのは楽しい。
 もともと、子供は嫌いじゃない。素直で可愛い子供ならなおさらだ。
 チビ灯は今までずっと一人で遊んでいたから、誰かと一緒に遊ぶのは初めてだと喜んだ。
 そんなこと言われたら、いろいろ遊んであげたくなるだろ。一人で地面に絵描いたり石が遠くに飛ぶ遊びしかしたことないとか言われたら、切なくなるだろ。切ない通り越して悲しいわ。
 だから、俺もあんまり知ってる方じゃないけど、複数人で遊べるようなゲームをやっていた。
 トランプとか、簡単なカードゲーム。灯はやらなかったけれど、しばらくチビ灯と二人で一緒に遊んでいると、突然目の前が翳った。
 すると後ろから力強く引っ張られ、首を思い切り曲げられたかと思ったら、灯がキスしてきた。
 生暖かい感触に慌てて灯をどかせたけれど、チビ灯はきょとんとした顔をして「なんでチューするん?」と、問いかけてきた。

 俺がなんて答えようか考えあぐねている間に、灯が口を挟む。
「僕と良介くんはチューしてええから。お前はだめやで」
 その言葉に、チビ灯が顔を歪めた。口を開きかけた俺の口を手で塞ぎ、挑発的というべきか、子供っぽい顔でチビ灯を見下した。

 それが、数分前に起こった出来事だ。
 こじれにこじれて、言い合い勃発。5歳児と言い合う灯もどうかしてると思うけど、結局灯とチビ灯は喧嘩してしまった。
 フォローしようにも、チビ灯が「僕もちゅーしてええ?」と聞いてくるので、うんと答えることも出来ず、今の状態に至る。

 いや、小さい子とはいえ、やっぱりキスすんのは駄目な気がするんだよな。
 犯罪臭もするし、ってのは建前で、キスすることでこいつの性癖が歪んだりするのがいやなのかもしれない。
 今のチビ灯は、割と素直で愛想がよく、胡散臭い笑顔張り付けてない、子供らしい子供だ。あわよくば、このまままともに育ってほしい。それに、キスしたらしたで、灯がどんな行動にでるのか考えると、少し怖い。
 多分、灯は自分が体験できなかったことを体験している自分の分身が、妬ましいのだと思うから。

「りょーすけ君……なんでなん?」
「あー……、と、一緒に住んでるのは、まあ、いろいろあって」
「ぼくも、りょーすけくんと一緒に住む! りょーすけ君、ぼくずっと一緒におって?」
「駄目に決まっとるやん。このボロ屋に住んどる時点でお察しやろ。お前養う余裕なしやわ」

 ボロ屋って言うな。そのボロ屋に住んでる俺はなんなんだよ。
 いや、実際学生身分で何ヶ月もいられるとマジで困るけど、それをこの場で言えないし。
 すると、チビ灯は顔を真っ赤にして灯を睨みつけた。俺の服を握っていた手に力がこもる。

「僕知っとんで。お前みたいなの、カイショーなしって言うんや」
「はぁ?」
「っ、ぼくがおっきなったら、もっとおっきい家買うもん。そしたら、りょーすけ君一緒に住んでくれはる?」

 そう言って、再び俺の服を握ってくる。いや、今将来的には一緒に住んでるけどな。なんで一緒に住むことになったのか俺も最近わからなくなってきたけど。
 ……それより灯の顔が怖い。もともと貼りつけたような笑顔を浮かべてる奴だし、俺と一緒の時は笑顔なことが多いけど、怒るとストレートに怒ってますって顔をする奴なのだ。あからさまに不機嫌になる。
 わかりやすいけど、普通に怖えよ。

「と、灯、落ち着け。子供のいう事だぞ」
「子供やないもん、ぼく、がんばって勉強して、おかねもちになるし」
「うん、ありがたいけど、ともすくん、一回膝から降りて」
「いやや」
「…………」

 また視線が鋭くなった。
 子供のすることにそう目くじら立てるな、と言いたいけれど、灯にとってはチビ灯は子供ではなく、過去の自分で、友達のいなかった自分が誰かと一緒に遊んでいるのだ。その姿を見るのが、許せないのかもしれない。
 今すぐ頭でも叩きそうな雰囲気を持っている灯を牽制する。子供虐待は駄目だ。

「怒るなよ?」
「……別に怒ってへんで」
「いやお前顔怖いよ」
「僕は元からこうやし」
「機嫌直せよ」
「怒ってへん」
「お前言葉と顔真逆。ええと……あ、そうだ。灯の頭も撫でるか? なんて……」

 刺々しい空気に耐えきれず、冗談めかして力なく笑うと、意外にも灯は素直に頷いて俺の隣に座った。

「…………えーと」
「何? 撫でてくれはるんやろ?」
「うん……じゃあ」

 撫でて収まるなら、と手を上げようとした瞬間、俺の手をチビ灯が掴む。

「あかん! あっちいけアホ! ぼけー!」
「は? お前がどっか行けや。良介くんはもともと僕のやで」
「ちゃうもん! りょーすけ君はぼくと遊んでくれはったし、僕のことちゃんと名前で呼んでくれはるもん! ぼくのこと好きゆうてくれはった!」
「それはお前が可哀想な存在やからや」

 また始まった。そして、灯はチビ灯を見ると過去の自分を思い出すようで、忌々しそうに顔を歪める。
 苦虫を噛み潰したような表情で、俺の手を取った。

「せやからさっさとそこをどけや、そこも僕のやで」
「嫌やー!」
「お前らちょっと落ち着け!」

 ぐぐぐ、灯がチビ灯を押す。止めようと口を挟むが、完全に無視だ。
 何が何でもどこうとしないことにいら立ったのか、灯が剣呑な声を上げた。

「お前っ、我がままやで! そんなわがまま通るわけないやろ!」

 流石にその声に驚いたのか、チビ灯が俺の膝の上で震えた。そりゃ、大人の男が、しかもこいつが怒る姿とか俺でも怖い。子供なんてもっと怖いはずだ。思わずかばうと、また灯の目つきが鋭くなる。

「お、おい……、いいだろ別に、これくらい」
「ええわけないやん! ずるいやん! やって、僕がこいつくらいの頃……!」

 そこで一度言葉を止めると、悔しそうに俯き、小さく言葉を漏らした。

「僕がこいつくらいん頃は……誰も隣にいてくれへんかったのに……」

 そう呟くと、俺に抱き着いてきた。膝の上にチビ灯、横から灯。なんなんだこの状況は。けど、ここで突き放すと碌な展開にならない気がする。二人とも、大人しく俺に抱き着いていて、今は言い合う気配はない。
 色々と言いたい事とか、考えていることとかあるかもしれないけど、とりあえず、今この状態を乗り切ることから始めなければ。


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