電マ灯笠


「おめでとうございます! 四等賞で〜す!」

 カランカランと小気味良い鐘の音と共に渡されたのは、普段自分の金で買うことはないであろうハンディタイプの電気式マッサージャーだった。浮かれた法被姿の男におめでとうございます、と笑顔で渡され、俺は戸惑いながらも受け取った。
 商店街の福引きとはいえ、振り返れば長蛇の列。本当は二等の米か一等のチャリが欲しかったけど、当たっただけでも御の字だ。
 中古ショップで売れば金になるかもしれないし。
 買い物袋ぶら下げながら家路へと足を向けるが、その足取りは重い。
 あーあ、帰りたくねえなあ、あいつ、絶対怒ってんだろうな。
 はぁ、と吐いたため息が白い息となって消えた。季節はまだ冬で、俺はかじかむ手をポケットへと突っ込んだ。

**


「…………ただいまー」
「おかえり良介くん」
「……お、おお、ただいまー……」

 家に帰った俺を迎えたのは、現在同居している灯だ。
 すぐにいなくなるか俺が追い出すことになるかと思ったけど、なんだかんだ言って、しばらく一緒にいる。相変わらずのにこやかな笑顔に、俺もひきつった笑みを返すが、油断してはいけない。怒ってなさそうに見えて怒っている。
 こいつは元々ポーカーフェイスだし、どんなに怒っていても、笑顔は崩さない節がある。それは、しばらく一緒にいて学んだことだ。
 俺がそっと隣を通り過ぎようとすると、灯が俺の腕を掴んだ。

「良介くん、部屋に入る前に、僕に何か言うことあるやろ?」
「……ええーと……ただいま?」
「ははは、嘘ついたらあかんちゃうかった?」
「………………」

 灯が笑顔で問いかけてくる。俺は目線をさまよわせ、しばらく口ごもっていたが、そのまま続けていても埒があかない。すぐに観念して頭を下げた。

「……すんません、お前のあれ、ぼろぼろにしちゃいました」
「最初からそう言えばええのに、豪快にぼろぼろにしとるんやからバレへんはずないやろ」

 尤もな言葉に、俺は言葉を詰まらせ、小さく頷いた。
 灯は俺と一緒にあの渦見の家から逃げる際、ほとんど身一つみたいなもんだったけど、持ってきたものが少しだけある。それは俺にはあまり必要のない物に思えたけど、灯には必要なものらしい。
 その一つが、灯があの屋敷で身に纏っていた着物だ。着物なんて、元々高価な物だし、洗濯の仕方もわからないしで、普段は触らない様にしていた、けど。
 昨日は灯が仕事で使ったらしく、珍しく居間に出してあった。
 匂いを取るためらしい。灯はまた別の仕事に出かけていて誰もおらず、、やめておけばいいのに、興味本位で触っていたら、テーブルの上に置いてあったコーヒーを思い切りぶっかけた。すぐに広がっていくコーヒーの染み。
 慌てて拭こうと手に取ったのがまたまずかった。油仕事様のコックコートで、さらに汚れが付着してしまった。コーヒーが染みて、油仕事している時に使った服のせいで油まで染みた。
 その後重曹つけて拭いてみたり洗剤や石鹸やらで拭いてみたけど落ちなくて、最終的に掃除機で汚れが吸い取れないかとか色々試しているうちに、取り返しが着かないことになり、大学の時間も迫っていることもあり、結局放置して出てきてしまった。
 今日の帰り、着物屋によって、同じ様な物がないか探したけどどこにもなくて、あったとしても高くて手が出せないだろう。これはもう、全面的に俺が悪い。

「……ごめん」
「まあ、出しっぱなしにしとった僕もアレやったし」

 今回に関しては俺が確かに悪いので謝ると、灯もそこまで怒ってはいないらしく、少しだけ安堵した。しかしぼろぼろにしてしまったのは事実だし……、そういえば、と俺はさっき商店街の福引きで当たったマッサージャーを灯に渡した。
 何かの足しになるってことはないだろうが、まあ、何もしないよりはマシだよな。

「えーと、お詫びの品と言ってはなんだけど、これやるよ」
「何これ?」
「さっき福引きで当てた」
「ふーん、良介くん運ないのによう当てたなあ…………電マやん」

 乾いた音を立てながら熨斗と包装用紙を剥がし、現れたマッサージャーを見て、灯の動きが一瞬止まった。それから、すぐに俺の方に視線を移す。とてもいやな感じの笑みを浮かべながら。

「……?」
「良介くん、僕の勝負服ズタボロにしたん、悪いと思ってはる?」
「あれ勝負服だったのか、だから悪かったって……謝るよ、ごめん」
「ほな、これ、良介くんに使ってええ?」

 ずいっと俺の前にそれを掲げ、灯が問いかけてきた。
 ……いや、何で俺だよ。

「俺がお前にじゃなくて?」
「ちゃうよ、僕が君に」
「なんで?」
「使わせてくれたら、着物のことはチャラでええよ」
「…………はあ」

 頭の中で、電マを俺の肩に当てている灯を思い浮かべた。何が楽しいんだ。いや、これをやるなら俺が灯にじゃないのか? 相変わらず何考えてんだかわかんねえやつ。
 胡散臭い笑みを浮かべる灯を怪しみながら睨むと、ちなみに、と口を開いた。

「ちなみに、良介くんがボロ雑巾みたいにしたあの着物、普通に買ったら100万はいくで」
「好きに使ってください」

 そ、そんなにすんのかよ。
 つーかそれを普段着ているこいつがおかしい。そんな高いもん出しっぱなしにしてんじゃねえよ。宝箱に入れてどっか洞窟の奥にでも閉まっとけよ。
 今更ながら事の重大さにおののいていると、灯が近づいてきた。
 つーかあれ、やっぱもうダメなんだろうか。もう何をしても戻らない? やっべー、俺すごいぼろぼろにしちゃったよ……、なんとかなんねえかな。

「良介くん」
「んあっ?」

 ちゅ、と口づけされて、思考が止まる。
 顔を上げると、綺麗な顔が、意地悪そうに微笑んでいた。

「……なんだよ、急にやめろよ」

 別に、もうキスくらいじゃ驚かないけど、いきなりするのはやめてほしい。驚くし、なんか怖いし。
 すると灯は、いつの間に箱から出していたのか、ピンクの電マを俺の顔に押し当てた。先端は柔らかいゴムやシリコンの素材でできているらしい。むに、と頬に食い込ませると、灯は笑った。

「使わせてくれるんやろ?」
「え、今かよ」
「ええやん、今日バイトないやろ」
「お前、仕事は」
「僕も休み。ほら足開いて」
「……ほんとに着物はこれでチャラだぞ……って待て待て、なんで足? 普通肩だろ?」
「…………」

 そう言うと、灯が興奮したような顔で口角をつり上げ、笑った。足マッサージから入るのか? 太股とか、ふくらはぎとか? いや、でもなんかすごいやな予感がする。
 そっと後ずさると、灯の手が俺の腰を掴み、己の方へと引き寄せた。俺と灯すの胸がぴたりと重なった。

「な、何」
「良介くん、なーんもわかってへんかったんや。まあ了承するなんておかしいと思ったけど」
「何がっ」
「僕、これを良介くんの肩に使わせてなんて、一言も言うてへんよ」
「…………ど」

 どこに使う気だ?
 それを問いかける前に、なんとなく答えを察してしまって、俺は顔から血の気が引くのを感じた。
 やばい、やばいやばい。俺は、なんで自分で自分の首を絞めるような真似をしてしまったんだ。今更ながら、自分の行動に後悔する。
 慌てて身を引こうとすると、灯が小さく漏らした。

「着物、あれ、すごい気に入ってたんや……」
「うっ、お、お前、それとこれとは、は、話が別だろ」
「良介君、嘘ついたらあかんって決まり作ったの、自分やろ〜」
「…………」

 ぐりぐりと、顔に電マの先を押し当てられ、口を噤んだ。確かに、確かにその決まりを作ったのは俺だけど、でもそれとこれとは話が別じゃね?
 だって俺、騙されたようなもんじゃね?
 確かに着物をぼろぼろにした事実は変わらないし、使わせることでチャラってのも了承したけど、まさかそんな変態的なことに使うとは思わないだろ。いや、違う、こいつ変態だった。俺にあんなことしてくる時点で疑っておくべきだったんだ。じゃあ俺のせいか? いやいや、でも……。
 後悔しても今更遅い。ちらりと目線を動かすと、にこにこと笑っている灯の顔。

「……ちなみに、嫌だっつったら?」
「別に、どうもせえへんよ。ただ僕の仕事着が質素になって、仕事が減ってお金も減るなあ。そんで良介くんはずっと僕に借りを感じながら生活する感じになるだけやね」
「脅してんじゃねえか」

 こいつすげえ腹立つ。追い出そうかな。そもそも俺は家に置いてやってる立場だから弱気になることは……あ、でも100万もあったらここ何年住めるんだろ。
 ここ家賃すげえ安いし、光熱費や食費も今こいつが半分出してるし……。
 罪悪感というものが、むくむくと沸き上がってくる。ちなみに、件の着物は、居間のテーブルの近くにそのままの状態で放置してあった。

「…………」
「良介くん、そこに座って、足おーきく広げて、な?」

 笑いながら言われて、仕方なく俺はその場に腰を下ろした。体育座りをして、なんとか見逃してもらえないだろうかという一縷の望みをかけて、灯を見た。

「い、言っとくけど……お前がこういうことする度に、俺の中のお前の好感度はどんどん下がっていくからな」
「やるの? やらへんの?」
「…………なあ、こういうのやめね? ふ、普通のセックスならいいから」
「はーい、足開いて」
「…………お前、後で覚えてろよ!」

 半ばやけくそで足を開いた。満足そうに笑うと、灯もまた俺の近くにしゃがみ込む。

「良介くん、どうせ後でめっちゃ気持ちいいって言いよるやんか」
「言わねえし!」
「ほな賭ける?」
「お前と賭け事はしない」
「ふーん」
「っ!」

 スイッチを入れる音がした。機械的な振動音が部屋の中に響き、電マの先端が俺の股間へあてがわれた。

「あ、……っく」

 布越しとはいえ、バイブの振動音が伝わって、くすぐったい気分になり、身を捩って腰を引いた。むずむずとした感覚が襲ってくる。灯すは逃げ腰になる俺の腰を捕らえると、動かせないように固定した。

「ほらほら、逃げへんで」
「この……変態……」
「あらら、ひどいわ〜」
「あ、あっ」

 ヴィィイイン、という電子音が下部で響く。
 灯の髪が俺の顔にかかり、興奮した吐息まで聞こえてきた。俺も、段々体が熱くなる。押し当てられた電マがちょうどちんこの先っぽあたりをぐりぐりと刺激し、不覚にも勃起しそうだ。

「気持ちええ?」
「…………っ」

 歯を食いしばって、息を漏らさないように目を瞑った。毎度のことだけど、反応するから喜ぶんだ。こいつはそういう変態だ。だから、無反応で面白くなければすぐやめるだろう。そう思っていると、案の定灯は面白くなさそうに舌打ちし、もう一方の手で俺のシャツを捲り、胸に手を這わせてきた。
 自分を支える手に体重を預けていたけれど、電マの力が強くなった瞬間、手が滑った。

「ひっ」
「おっと」

 後ろに背中から倒れ込むと、頭を打たないよう支えてくれたが、そのまま灯が多い被さってきた。

「……えーえ眺めやなあ、良介くん」

 逆光のせいで、やけに威圧感を感じる。俺をお組み敷いた灯は、笑いながら、今度は俺のズボンのチャックを卸してきた。ベルトを外す音が耳に届いた瞬間、俺は両手で灯の体を力いっぱい押す。まずい、このままだと、本当にまずい。

「ま、待て! 待て待て!」
「何? ここまで来てやめるんはなしやで」
「いや、そうじゃなくて……ちょ、ちょっとトイレいかせて、欲しいんだけど」

 実は、さっきから我慢していたのだ。
 家に帰ってきたら行こうと思っていたのに、こんなことになってしまって、行くタイミングを逃した。でも、このまま続けられたら、我慢できなくなって更に悲惨な事になる。恥を忍んで懇願すると、灯がとても嬉しそうな顔をした。キラキラした表情で、俺を見ている。
 ……ああ、そうだな、お前はそういう奴だよな。なんとなくそんな気がしたよ。

「なんや、良介くん、トイレ行きたいん?」
「そ、そうだよ、だから一旦手え止めてくれ」
「大きい方? 小さい方?」
「あっ、ちょ、マジ出るって、小さい方だよ! 小!」
「ああ、おしっこしたかったんやね〜」
「ちょ、やめ」

 言ってる間も、灯の手は止まらない。むしろ、膀胱付近を刺激してくるので、さらに尿意が高まってくる。ベルトを外され、半分ずれたズボンを上に上げながら、灯に頼んだ。

「た、頼む、トイレ行ったら続きしていいからっ……」
「ん〜」
「ここで漏らしたら大惨事だぞ! 畳だからな! 借家だからな! 掃除とかすげー大変!」
「あー……まあ、せやねえ」

 少し悩んだ末に、灯が電マのスイッチを切った。よ、よかった。こいつにも少しは人の心があったか。
 ほっと息を吐いて、なんとか起き上がり、トイレに向かおうとすると、後ろから灯がついてきた。

「……何?」
「まあまあ」

 言いながら、俺の背中を押してくる。
 ……まさかついてくる気じゃないだろうなと思ったけど、そのまさかだった。俺の後ろにぴったりくっついて、ドアを開いた後も一緒に入ってきた。おいおい、している所まで見る気じゃないだろうな。いい加減腹が立って言い返す。

「おい入ってくんなよ」
「ここやったら漏らしてもええもんな?」
「……は?」

 しかし、吐かれた言葉は俺の予想の斜め上で、思わず固まった。今何つったこいつ。も、漏らしてもいいって、俺が?
 確かに俺の部屋のトイレは風呂とトイレが同じスペースにあるので、床はタイルだけど、そういう問題でもない。もっと人道的な問題だ。俺がどん引きしていると、再び電マのスイッチを入れ、押し当ててきた。

「ちょっ、お前何考えてんだ!」
「もう我慢せんでええよ、安心して漏らしてええから」
「や、やめろよ、マジで!」

 押し返そうとするが、力を入れると下もやばい。そのままなし崩しに電マで攻められ、電マ以外にも、ぐい、と膀胱部を手で刺激される。じんじんとちんこが熱くなる。
 やばい、本当にまずい、このままじゃマジで漏らす。そんなの嫌だ。この年になって、しかも人前で漏らすとか絶対に嫌だ。

「灯、頼む、やめてくれ」
「あんまり我慢すると病気になるで」
「あっ、あっ、待て」

 押し当てられていた電マの振動が強まった瞬間、我慢できない感覚が押し寄せてきた。上から下へと駆け抜ける尿意が、そのまま漏れていく。思わずしゃがみ込み、浴槽の壁を背に俯いた。風呂場の排水口へ、黄色の排泄物が流れていく。

「っ……〜〜〜」
「あらら、ほんまに漏らしてもた」

 ズボンの濡れた感覚が気持ち悪い。
 けれど、一度出したものは止められない。ズボンに広がっていく染みが、どんどん大きくなっていく。俺は情けないやら悲しいやら恥ずかしいやらで、泣きそうだった。
 濡れた下着がびしょびしょになっていく感覚が不快で仕方ない。水音と共に、小便が排水口へと流れていく。

「うっ……ううう……」

 死にたい。
 風呂場のタイルの上に、自分の尿が広がっていくのを見て、そう思った。
 なんでこんな醜態晒さなくちゃいけないんだ。
 確かに着物ボロ布にしたのは悪かったけど、別に悪気があったわけでもないのに、こんな嫌がらせすることないだろうが。いや、これは嫌がらせじゃなくてこいつの趣味なのか。悪趣味すぎる、しんじまえ。
 ようやく止まった自分の排出物を見て、目頭が熱くなる。

「いっぱい出たなあ、我慢しとったんやね」
「……お前なんて最低だ……っ」

 絞り出す様にそう言うと、灯が電マを置いて、俺のズボンに手をかけた。

「下脱ごうか、汚れちゃったから、後で洗濯せな」
「誰のせいだとっ……!」
「はいはい、脱がすで〜」
「自分で脱ぐよ、さわんな!」
「僕が脱がしたいんや。大人しうしとってな」

 言った通り、一気に下までズボンと下着を刷り下げた。もう何度も見られてるけど、他人の前に自分の性器を晒すのはいい気分じゃない。シャワーのコックを捻り、そのままお湯で洗い流すと、少しだけすっきりした。

「……気済んだかよ」
「うん、ちょっと」
「ちょっと!?」

 お前、俺がこんだけの目にあって、ちょっとってどういうことだよ。
 信じられないような目で灯を見ると、ぎらついた目線が俺の体にまとわりつく。

「まだ、全然使うてないやん。あ、これ防水仕様ちゃうんや。しょぼいな」
「お、お、お前……」
「どうせ風呂場にいるんやし、中洗っとこか?」

 灯が着ていた服を脱ぐと、いい笑顔で俺に言った。
 
「ちょっ、ま」

 伸ばした手は、間に合わなかった。


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