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 正直な話、こいつは本当に昔の灯なのかと不安になることがある。

「りょーすけ君りょーすけ君! あんなあ、僕、雪だるま作ったんやで! 見て!」
「おー、うまいうまい、お前って昔から器用なのな」
「昔からって?」
「いや、なんでもない。すごいな!」
「…………」

 ぐりぐりと頭を撫でると、ちび灯は口元を綻ばせ、頬を染めた。一緒に居てわかったけど、喜びを直接口では言わないタイプみたいだ。けれど、喜んでいるのがわかりやすくて、正直可愛い。灯は「馬鹿な子供」と言って蔑むけれど、俺には素直ないい子に見えるし、今の灯の方がどちらかというと子供っぽい。
 実際に子供な年齢な分、チビ灯の方が、よっぽどまともだ。後から聞いたけれど、まだ5歳らしい。それにしては、利発というか、頭がいい子供だった。
 物覚えも早いし、聞き訳もいい。なんというか大人の理想とする「いい子」だった。
 だから俺はその度に褒めてやるのだけど、ちび灯は褒められ慣れていないのか、褒められる度に目を丸くする。今更ながら、歪んだ環境で育てられたのだと言うことを認識した。
 まあ、歪み切っていたけどな、あそこは。
 っつーか、このまままともに育てたら、今の灯に変化が訪れることはないんだろうか?
 外に出て雪だるまを作っているちび灯を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。

「おーい、ともすくんー、風邪引くからそろそろ家に戻ってこい」
「うん!」

 俺の声に、チビ灯はぱっと声を上げた。今は、灯は仕事に行っていて部屋にいない。出ていく瞬間まで、チビ灯の方を忌々しそうに見ていたけれど、子供相手にやめろ、と俺が言うと、悔しそうにしながら出て行った。
 最近機嫌悪いんだよな、あいつ。俺がちび灯に構えば構うほど機嫌が悪くなるので、嫉妬か何かなのかもしれない。子供相手に、しかも自分相手に、大人げないにも程がある。
 
「りょーすけ君、僕、ご飯作るの手伝うで」
「おー、ありがとな」

 とてとてと小さい体を揺らしながら、ちび灯が走ってきた。握った手は、今まで雪を弄っていたせいか冷たい。赤くなった手をぎゅっと握ると、もう一方の手で俺の手を包んだ。

「りょーすけ君の手、あったかいなぁ」
「部屋、暖房つけるか」
「あんな、りょーすけ君、お金ないんやったら、僕つけんでもええんよ」
「子供はそういうのあんま気にすんな」

 というか、それを子供に心配されるのは流石に情けない。というか、お金ないとか言ってないのに。灯が告げ口したんだろうか、あいつ帰ってきたらもう一度話さないと駄目だな。今は灯と二人で住んでるし、前ほどカツカツというわけでもない。
 俺の隣を歩くちび灯は、変な服を着ている。服がなかったので、とりあえず近場の古着屋で適当に買ったやつだ。めちゃくちゃダサイが、顔がよければどんな服でもそれなりに見えるものだ。
 顔は雑誌にでも乗っていそうな愛らしい顔立ちなので、あまり気にならないが、これでいい服着てたら、子供モデルにでもなれそうだ。

「りょーすけ君」
「んー?」
「あんな、僕、最初ここに来たときほんまは怖かってんけど、今は嫌やないよ、りょーすけくんおるし」

 きゅっと手に力を込めて、ちび灯が言った。

「っ……」

 か、可愛いなーちくしょう! どうすればあんな人を監禁して犯す様な奴に育つんだ? どこでどう道を間違えたんだあいつは? これは神様がくれたチャンスとかじゃないのか?
 にこにこと笑うちび灯の顔には邪気がなくて、俺は頬を両手で包んだ。

「うに」
「ともすくんはいい子だな、そのままのお前でいろよ……!」
「……? うん、りょーすけ君がそう言うなら……」

 不思議そうな顔をしながら、チビ灯が頷いた。俺は小さな手を握って、部屋に戻る。正直暖房代をケチっているのであまり暖かくはないが、ちび灯自身が温かい。子供体温ってやつかな。
 ぎゅっと抱きしめると、熱源を抱きしめてるみたいだ。

「はー、ぬくい。あ、ごめんな、今暖房つける」
「う、ううん……ええよ、つけんでも」
「いや、風邪引くと大変だからな」

 保険証とかねーから、病院にも連れていけないし。ストーブの電源を入れると、後ろからちび灯が抱き着いてきた。

「うおっ!?」
「りょーすけ君、今日、一緒に寝てもええ?」
「え? あ、ああ……どっちみ布団足りないから嫌って言われても俺か灯かどっちかの布団に入ってもらわなきゃなんだけど……」
「灯は嫌や! 僕あいつ嫌いやもん……」
「…………」

 いや、将来のお前なんだけどな。
 同族嫌悪なんだろうか。灯が威嚇するからか、チビ灯は灯に対して敵愾心を燃やしている。灯は灯で、こいつを嫌っているみたいだし。自分同士ならもう少し仲よくすればいいのに、俺もこのSFの様な展開に大分疲れているのかもしれない。
 とはいえ、子供は可愛いし、慕ってもらえるのも、悪い気はしない。
 ぽん、と頭に手を置いて、目線を合わせて言う。

「じゃあ、今日は一緒に寝ようか」
「! うん!」
「駄目」
「うわっ、灯、お前いつの間に帰ってきてたんだ?」
「今やけど、油断も隙もないわ」

 突然声が割り込んできたかと思ったら、背後に灯が立っていた。音もなく家に帰ってくるなよ、怖い奴だな。俺にくっついているチビ灯を引き離すと、灯はチビ灯を睨んだ。

「良介くんは僕と寝るからあかんよ。お前には僕の布団貸したるから、そこで寝ればええやん」
「なんやのそれ、僕りょーすけ君と寝る!」
「人の物に手出したらあかん言うとるやろ」
「お前は何寝言抜かしてんだ」

 後ろから叩くと小気味よい音が響いた。

***


「いーち、にーい、さんごのてー」

 よく晴れた寒空の下、俺とチビ灯は買い物をしに、近所のスーパーへ向かって歩いていた。
 丁度食材も切れてきたことだし、チビ灯はスーパーに誰かと買い物に行ったことがないみたいで、じゃあ行ってみるかと言うと、見るからに上機嫌になった。
 嬉しそうに口元を抑え、にこにこしている。灯は仕事でおらず、それがチビ灯にとってはまた嬉しかったようだ。
 軋む雪を踏みしめながら、小さな手を握り、スーパーまで並んで歩く。

「ろくしちはちぬけ、ちょーんぎったー」
「なあ、それなんの歌?」
「んとなあ、僕もようわからんねやけど、お父さんが教えてくれたんよ」
「へー、お父さん好きなのか」
「……ようわからん、あんま喋らへんし」

 俯いてしまったちび灯を見て、俺は失言だったと後悔した。
 あの家に関することは、あまり聞かない方がいいかもしれない。灯自身、「楽しくなかった」と言い張る子供時代だったし、あんなことがまかり通っている家の親がまともなはずもない。
 それに、帰りたいと言われても今は帰す方法がわからない。俯いてしまったちび灯を見て、俺は慌てて話題を変えた。

「ともすくん、スーパーついたらお菓子買ってやるよ。100円までな」
「ほんまに? どんなんあるん?」
「沢山あるよ」
「僕、楽しみやわあ」

 嬉しそうに口元を綻ばせたチビ灯を見て、俺もいつの間にか笑っていた。なんというか、微笑ましい。
 灯があの性格だから、その子供時代なんて、どんなに歪んでいるんだと思ってたけど、素直で可愛くていい子じゃん、とてもあいつの子供時代とは思えない。何をすればあんな悲惨なことになるんだよ。

「僕なあ、甘いの好きやねん」
「そうかー、でも100円までだぞ」
「わかった! なあなあ、りょーすけくん。これ買ってくれるの、僕にだけやもんな? あいつには買うたらんもんな?」
「あー……」

 一つ難があるとすれば、灯のことを嫌っていることくらいだ。
 今日だって、灯が、最後まで仕事に行かないとちび灯を睨みつけていた。
 その行動が大人げなさすぎるので叱ると、最後まで憎々しげにチビ灯を睨んで家を出て行った。親の仇でも見るような目は、俺でも怖かった。普通の子供なら泣いてるぞ。
 けれど、チビ灯はチビ灯で、灯のことがすでに嫌いになっているからか、俺の後ろに隠れながらも睨み返していたので、俺を挟んでの睨み合い。
 非常に複雑な気分だった。

「りょーすけ君、今日は何買うん?」
「んー、もやしと肉と卵、あとネギ」
「僕料理お手伝いする?」
「この間も手伝ってくれたけど、料理好きなのか」
「……うん、りょーすけくんとするの楽しい」
「…………」

 くそ、可愛いな!
 照れたように笑うチビ灯の頭をぐりぐりと撫でた。すると、ケラケラ笑いながら握る手の力を強める。ぎゅ、ぎゅ、と歩くたびに雪音が鳴る。赤い頬は子供らしい幼さがあり、つつきたくなる。
 ちび灯は横にくっついて、少しだけ口を尖らせた。

「今日、あいつが帰ってこなかったらええのに」
「あー……と、灯は料理うまいんだぞ。食べたらわかる」
「僕はりょーすけ君の料理の方が好きやもん」
「……んんー……そうか、俺、あんまり料理はうまくないんだけど、ありがとな」

 嫌われてるな、灯。
 あいつの味覚は結構優れていて、ついでに料理の腕も優れている。
 味覚に関しては、成長する過程、あのデカい家で培われた味覚能力だと思うんだけど、俺の料理のせでその能力が失われないか、少し心配だ。
 いや、嬉しいんだけど、俺と灯の料理だったら、どう考えても灯の方が美味い。でも、こういうこと言われると悪い気はしないし、今日は挽肉買ってハンバーグにでもするか。玉葱はまだあったしな。

「ともすくん、何か嫌いなもんある?」
「……なんもないで。僕、なんでも食べるよ」
「そうか」

 本当は、あんまりしょっぱいの好きじゃないんだよなあ。灯、前にそう言ってたし、昔から苦手とも言っていた。
 でも、俺の前では褒められたいのか、そういうことは面と向かって言わない。こういう風に育てられたんだろうか。別に、それくらい言われても俺は気にしないのに。

「見てみてあの子、超可愛いー」
「本当だー可愛い女の子」

 公道に出ると、人通りも多くなる。
 必然的に周りの人に見られる機会も増える。丁度帰宅途中らしい女子高生が、俺達を見ながらひそひそ話していた。
 いや、俺達というよりはチビ灯を見て、だな。
 今でこそ俺より背は高いけれど、このチビ灯は5歳児で、身長もごく平均的。アイドルもかくやという美少女めいた顔立ち。服装がコートのせいか、確かに女の子に見える。灯はあまり気にしていないのか、それとも聞こえなかったのか、嬉しそうに俺と手を繋いでいた。
 傍から見たら、俺たちは一体どういう風に見えるんだろう。まあ、親戚の兄ちゃんとかかな。灯がいたら、確実に親族に見られただろうが、俺とチビ灯じゃ似てなさすぎる。
 古着屋で間に合わせで買ったような服だから余計女の子に見えるのは、ちょっと可哀想だな。後でもう少し男の子っぽい服を買おう。誘拐犯に間違われたらいやだし。

「りょーすけ君、スーパーってあそこ?」
「えっ、あ、ああ!」

 ぼんやり考えていると、あと少しで通り過ぎるところだった。
 手を引っ張られて慌てて顔を上げれば、見慣れた大型スーパーが目の前に構えている。
 俺はチビ灯の手を引いて、スーパーの中へと入っていった。いつも来るスーパーだけど、品ぞろえもいいし、割と安いので重宝している。
 ちび灯はと言えば、この年齢ではじめてくる場所ならはしゃぎそうなもんだけど、大人しく俺の手を握っている。けれど目は少しだけ輝いていた。

「僕、ここ来るん初めてや。人がいっぱいおる」
「お菓子コーナーはこっちだからそこで選んで待ってて……いや、やっぱ俺も一緒にいるわ」
「うん!」

 外国じゃないんだし、治安も悪くないけど、何かあったら嫌だしな。
 ましてや目立ってるし、にこにこと嬉しそうに笑うチビ灯に並んで、俺たちはお菓子コーナーまで進んだ。

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