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 それから、何日か過ぎた。幸いなことにあれから渦見が現れることはなく、平和な日が続いた。俺はいつも通り仕事に行って、休日はのんびり家で過ごしたり、灯と出かけたりしている。
 けれど、あれ以来灯の目が厳しくなった。正直、前から結構俺の行動を気にしてくるタイプだったけれど、最近は異常だ。
 仕事が終わるとすぐに迎えにくるし、行きも非常に不安そうに見てくる。灯は灯で自分の仕事があるし、渦見についていったりしないから安心しろと言っても、あまり聞いてもらえない。メールの数も増えた。傍から見ればヤバイ奴だけど、これも心配してくれてるんだろう。
 
 けれど、その日は灯の仕事が少し延びて遅れるというメールが入った。普通に俺一人で帰ろうと思ってメールを送ったけれど、すぐに電話がかかってきて、迎えに行くまで待っていろとのことだった。
 そのまま無視して帰ったら怒るだろうな。
 仕方がないので、近くの公園で待つことにした。学校内で待っていると、あの人毎日迎えに来てる、といろいろ見られるのもイヤだし噂を立てられるのも嫌だ。
 近くの店だと生徒や教師やその親がいるかもしれない。幸い、公園だとこの時間は子供も帰り、用が無ければ公園に寄るような人はそうそういない。割と人に見つかることも少ないだろう。
 自販機で買ったコーヒーを啜りながらぼんやりベンチにかけて時間をつぶしていると、夕日が沈みかけていた。
 真っ赤な夕焼けに、目が焼けそうだ。
 灯、どのくらい時間かかるだろう。あの様子だと、すぐに来そうな気もするんだけどなあ。
 はぁ、と息を吐くと、吐いた息が白い。もう冬が近いな。

「笠原、コーヒー好きになったの?」
「……っ!」

 突然、声が割り込んだ。

「この間も飲んでたじゃん。昔はそんなに飲んでなかったのに、好きになっちゃった?」

 驚いて横を向くと、いつの間にか、隣に渦見が座っていた。
 ……い、いつからいたんだ? 全然気配とか感じなかったぞ。どくどくと心臓が音を立て、嫌な汗が流れた。俺はすぐさま距離を取ろうと立ち上がったけれど、その前に腕を掴まれ、阻まれた。
 渦見の目が、俺を射抜く。

「なんで逃げるの?」
「っ、話したくないからだよ。もう、近づくなって言っただろ」
「? 無理だって俺言ったよね」
「…………」

 にこりと笑う渦見に、苛立ちが募る。

「お前なっ……!」

 なんなんだよ、本当。
 今更何しに来たんだ。そう伝えたいのに、喉まで出かかった言葉は、渦見の言葉に遮られた。

「俺はココアを飲むよ〜」
「……渦見、お前……」
「なに?」
「……この間も聞いたけど、何しに来たんだよ」

 今更、なんだ。
 5年もたったんだぞ。あの頃の事は謝るから許してほしい、とかだったら、まだいい。いや、許さないかもしれないけど、それでも、目的がはっきりするだけマシだ。
 でも、この調子だと、そうじゃないんだろう。
 どうして5年なんてまるでなかったかのように振る舞えるんだ。当たり前の様に俺の前に現れて、一体何がしたいんだ?
 すると渦見は、ココアのプルタブを開けて、一口飲んだ。そうして、俺に笑顔を向ける。

「迎えに来たに決まってるじゃん」
「は?」

 その言葉に、嫌な予感を覚えた。
 渦見が不気味に笑う。

「ひひっ、だってさあ笠原、まだあいつと暮らしてるんでしょ? 俺、そろそろ飽きちゃった」
「あいつって」
「俺、知ってるよ、なーんでも」

 俺の手を離すと、渦見は俺より前にでて、振り返った。夕日が背中にあるせいか、逆光で、顔が見えにくい。
 黒く染めた髪は、今は夕焼けで赤く染まっている。

「だから、迎えに来たよ」
「……何、言ってんだ」

 ぞわりと、何かが這い寄ってくる感覚に、身震いするが、その問いに渦見は答えず、ただ微笑むだけだった。渦見の影が、俺に向かって伸びている。大きく、黒い物になって、俺の影を覆っている。じゃり、と地面を踏みしめる音がして、渦見が近づいてきた。
 一歩。また一歩。
 俺は何故か動くことが出来なくて、その場に硬直する。心臓が破裂しそうなくらい、音を立てていた。どうしてだろう。あれから五年も経ったのに。
 まったくあの頃と変わっている気がしない。
 迎えにきた? それってどういう……

「良介くん!」

 くわれる、と思った。
 しかし、その瞬間、空間を裂く様に別の声が割り込んできた。灯だ。
 声のした方向に顔を向けると、灯が焦った様に俺の元へと駆けてくる。

「と、灯……!」

 俺の顔を確認すると、灯は若干安心したような表情を浮かべた。俺も、少しだけ安堵する。まるで、まだ無事だったかとでも言いたげに。
 それから、すぐに俺の前に立って、渦見と対峙した。

「久しぶりやなあ」
「お前、誰だっけ?」

 冷たい口調に、灯が嘲笑を浮かべ、口元を掌で覆った。

「さあ? 誰やろ? 知らん奴やったら、もう帰ってもええなあ? ほな行くで、良介くん」

 灯が俺の手を掴んで、そのまま立ち去ろうとする。渦見は特に止めなかった。灯のことも、俺のことも。ただ、俺に向かってにこにこと手を振るだけだ。

「笠原、まったね〜」

 その言葉に、灯が舌打ちする。

「……っ、ええ加減にせえよこの腐れキチガイ」
「ん?」
「良介くんは僕のやで、僕のこと好きって言うてくれた! 僕と一緒に住んどるし、今更お前が取ろうとしても遅いんや。さっさと消えてまえ、そんでもう家から出てくんな、良介君の前に現れんといて。お前がおると空気が汚れんねんっとっとと死ねや」

 噛みつく様に灯が言うと、渦見は面倒くさそうに息を漏らした。

「……めんどくさくなっちゃった」
「はあ?」

 灯の言葉に、渦見が馬鹿にした表情を浮かべながら、舌を出した。

「お前さあ、ばーーーーっかじゃないの?」

 じゃり、とまた音がする。
 地面の砂利を踏みしめて、渦見がゆっくりと近寄ってきた。

「それはさあ、元々俺のなんだよ。横は入りしたのはおーまーえー。元から、決まってたんだから」

 げらげらと嘲笑すると、渦見は俺を指さした。何を、言っているんだろう。
 その間に割って入ると、灯が渦見を睨みつける。

「は? 自分頭おかしいやろ。ずいぶん愉快な頭してはりますなあ〜、あ、それは元からやっけ。自分が基準に世界が回ってるって勘違いしてるんとちゃうで」
「あひゃっ、お前、自分で気づいてるくせに、否定してなんか意味あるのそれ?」
「っ……」
「もう、無理だよね、むりむり、むーり。お前だって、そう思ってるくせに。本当はね、久しぶりだから、生きてる笠原にも何回か会おうと思ってたんだけど、面倒くさくなっちゃったから、いいよ。俺は背中を押すね」
「お前、お前なんかに……、今更なんやねん! 昔から、僕の欲しいもの、とって……今度は絶対渡さへんよ!」
「ああそ」

 興味なさげに言うと、渦見が俺に向かって微笑みかけてきた。

「かーさはらー」
「……?」
「後でね」

 ばきん、と何かが折れる音がした。
 その何かが、なんだったのか認識する前に、灯が何かを叫んだ。

「ーーーーっ!」

 目の前に、黒い影が迫ってきた。
 なんだ? これ。
 逃げなきゃ。そう思うのに、足が、体が、動かない。目が離せない。まるで金縛りにあったみたいに、指一本反応してくれなかった。
 動かなきゃ。
 動けない。
 逃げなきゃ。
 逃げられない。
 迫ってくる黒い影はどんどん姿を大きくして、やがて俺を飲み込んだ。

 ――ぐしゃ。

 俺が覚えているのは、そこまでだった。


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