B



 家に帰ると、灯が作った料理がテーブルの上に置いてあったので、それを温める。レストランの飯もうまいけど、灯が作った料理も美味い。というか、下手な料理屋よりはよほどおいしい。
 今日は煮物と冷蔵庫には湯葉の刺身、鮭のあら汁に、焼きなすと焼き魚が用意してあった。魚が安かったんだろうか。渦見と話していたら、思ったよりも遅くなってしまった。
 温めた料理を食べていると、さっき起こった出来事が現実にあったことなのかという、疑問が沸いてくる。ただの現実逃避だ。
 もう、終わった事のはずなのに、なんで今更現れるんだよ。あまり変わっていなかった渦見を思い出して、ぞくりと寒気がした。
 その時、玄関の鍵が開く音が響く。

「っ!」

 一瞬、渦見だったらどうしようという考えが頭をよぎった。けれど、それは俺の杞憂に過ぎなかったらしく、すぐに灯の声が部屋に届く。

「ただいま〜、今日、思ったより仕事早く終わったで」
「おー、おかえり」
「僕もご飯まだ食べてへんから、一緒に食べ……――」

 食事をやめて迎えに出ると、丁度灯が玄関から部屋に入ってくる所だった。時季的にはそろそろ冬で、厚着をした灯の鼻と頬は僅かに赤くなっている。冬の匂いを携えて入ってきた灯は、俺を見ると一瞬顔を歪めて、足早に俺の方へと駆け寄ってきた。

「? どうし……」
「なんで」
「は?」
「良介くん、あいつに会ったやろ」
「え……」

 まだ、何も言ってない。
 けれど、あいつ、が誰のことかなんて、聞くまでもない口調だった。
 これから、食事を終えた後にでも相談しようと思っていたところだったのに、その前に灯は言い当ててしまった。今まで一度だって、そんなこと、言ったことはなかったというのに。
 血走った目で俺を見る灯の顔は、青ざめていて、手が僅かに震えてる。血相変えて、俺へ近づくと、両肩を掴んで言った。

「会ったんやろ」

 それは疑問ではなく、断定だった。

「……なんで、わかったんだ?」
「わかるよ、そんなん」

 掴まれた両肩に力が籠もる。
 なんでだろう。普通、そんなことわからないはずなのに。灯が、俺を通り越して、俺の後ろにある何かを見ているように見えた。

「……?」

 背後を振り向いてみたが、そこには何もない。テーブルの上にある料理と、テレビ画面でバラエティ番組が放映されているだけだ。睨みつけているようにすら見えるその顔は、最近では見ない顔で、少し怖い。
 けれどすぐに俺より高い位置にある顔を歪めて、屈みこんできた。肩の手に置かれていた手が外れると、両腕で抱きしめてくる。

「どうしたんだよ」
「……せっかく、少なくなってきた、思っとったのに」
「灯……?」
「いやや、僕もう、あいつに取られるの、真っ平ごめんや」
「おい」

 玩具を取られまいとする子供みたいに、ぎゅうぎゅうと抱きついてくる灯を落ち着けようと声をかけるが、聞いていない様だった。独り言なのか、自分に言い聞かせるように呟きながら、俺を抱きしめてくる。

「今更、なんなん? あと少しやのに、なんなんあいつ。ほんま空気読めない奴……昔からそうやった。でももうそんなんイヤや、今更、やるわけないやんな? やって、僕がせっかく」
「灯、何言ってんだ?」
「……良介くん」
「な、なんだよ」

 腕の力を緩め、するりと俺から離れると、灯は薄く微笑んだ。胡散臭さだけは変わらないけど、ここ数年で、昔よりいくらかは穏やかになった気がする。
 けれど、その笑みには、若干の悲哀が感じられた。俺が数歩後ずさると、灯が小さく声を上げた。

「僕、良介くんのこと好きやで」
「それ……何回も聞いた」
「せやね。ほな良介くんは? 僕のこと嫌い?」
「………………」

 思わず、言葉に詰まる。それを見て、灯は唇を噛んだ。
 最初に暮らし始めたとき、少なくとも好きではなかった。そもそも、第一印象は置いといてやったことが最悪だ。好きになる方がどうかしている。その後が上回る最悪さだったから、あの家を抜け出したときは、少しはマシになっていたけれど、それでも、好きにはならないと思っていた。
 一緒に暮らしているのは、呪いとかいう非科学的なものに対する、単なる保身だって。
 だけど、五年も経てば、その言い訳だって、それなりに変化する。環境も考え方も、いろいろ変わる。しかしそれをそのまま伝えるのはなんだか歯がゆくて、セックスはするけど曖昧な関係のまま保ってきた。
 それが、渦見が現れた途端こうだ。
 なんとなく避けていたけれど、今ここで避けたら、どうなるんだろう。俺は言い淀んでいた口を結ぶと、やがて覚悟を決めたように口開いた。

「……好きだよ」
「え?」
「好きだって」
「……なんて?」
「だから、お前のこと、好きだって言ったの」
「…………」

 灯は驚いたように口を開けた後、目を何度か瞬かせた。予想外の答えだったらしい。
 結局、俺は避けていただけで、心の奥底では、許していたのかもしれない。けれど、それを簡単に告げるのは、昔されたことが許せなかったから。そろそろそれも、潮時だ。
 されたことは多分一生、心に残るけれど、俺はこいつを心底憎むことが出来ない。その時点で、負けているのだ。

「ほんまに?」
「お前と違って嘘そんなつかないし」
「…………っ」

 一瞬、泣きそうになった後、灯が再び抱き寄せてきた。

「良介君」
「え、おい」
「良介くんっ」
「待……っ」

 制止の声も聞かず、灯の唇が俺の唇に重なった。やわい舌で唇を舐められ、深く口づけると、すぐに離れた。そしてまた別の角度から重ねてくる。目を細めると、目を瞑った灯の睫が、照明の下で影を落としている。傷一つない、綺麗な肌。
 綺麗な顔。なのに、なんでこんなことになってるんだろう。
 こいつも、育った環境が違えば、もっと違う未来があったかもしれないのに。そう考えると、どうしようもない気持ちになる。

「っ、ん……」
「はぁっ……」

 柔らかく入り込んでくる舌に絡ませると、灯がとろけそうな顔で俺を見た。
 つぅ、と口の間から伸びた唾液が落ちる。

「僕も好き」
「……さっき聞いたよ」
「良介くん、エッチしよ。僕、良介くんとしたい」
「俺、まだ飯食ってない」
「ほな、した後で食べよ」
「せっかく温め直したのに……んっ」
 
 俺の言葉を遮って、再び覆い被さってきた。着ていたジャージのチャックが下げられる音がして、首筋に吸い付いてきた。ちくりと痛む感覚に、眉間に皺が寄った。近くにあったソファの上にそのまま押し倒されると、縋るように、灯が囁いてきた。

「良介くん、あいつん所、行かんといてな」

 まるで、いつかの時みたいに。



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