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 飲みに行こうよ、と渦見は当たり前の様に誘ってきた。
 まるでさっきの同僚みたいに、普段顔を合わせてる奴が、今日飲みにいかない? と軽く誘ってくる。俺はその対応が理解できず、一瞬固まった。

「……お前、何言ってんの」
「ん? 笠原お酒飲めるよね?」
「っ、そうじゃねえよっ……!」

 そうじゃない、そういう意味じゃない。
 けれど、そこで、はっと口を噤んだ。
 いくら生徒達のほとんどが下校したとはいえ、まだ残っている生徒もいる。校内で口論している姿なんて、見られたくないし、ほかの教員にも知られたくない。
 俺は目を伏せて、絞り出すように言葉を紡いだ。

「……帰れよ……、俺はもう、お前の顔なんて見たくない」
「俺は笠原に会いに来たのになんで帰るの? やだよ」
「…………」

 わがままさ加減が、まるで成長していない。
 外見は、俺の記憶の中にいた渦見とは、多少異なっている。外見というよりは、格好か。顔はほとんど変わらず、五年という歳月を感じさせない若々しさだ。いや、そもそも25歳はまだ若いのか。けれど、あまり年を取っていないように見える。
 髪の色が金に近い色から黒に変わり、服装がスーツなだけに、一見すれば、まともな会社員に見えなくもない。もしかすると、俺が知らない間に、いろいろと変わったのか?
 呪い、とやらももうなくなって、あんな場所から抜け出して、普通に就職したのか? 渦見が普通に働くという図は想像できないけれど、可能性がゼロというわけではない。じりじりと間合いを計っていると、後ろから、これから帰る生徒に声をかけられた。

「あ、かさはらせんせー、さよーなら!」
「っ! あ、ああ、さよーなら。また明日な」
「はーい!」

 びくついて振り返ると、後ろにいた生徒がにこにこと手を振って去っていった。手を振り返すと、目の前で渦見がくつくつと笑う。

「……なんだよ」
「笠原せんせー?」
「うるさいな、おまえ。何しにきたんだよ」

 思わず語気が荒くなる。しかし、渦見はあまり意に介さず、へらへらと笑っていた。昔からこうだ。
 何を考えているのかわからない。何を言ってもあまり通じない。ここで言い争っていても、きっとどうにもならないだろう。

「お前と飲みにはいかない」
「ふーん」
「でも、話があるなら、話くらいは聞いてもいい」
「あ、ほんと?」

 じゃあ行こう、と言うと、渦見は俺の手を取って渦見が進み出す。ひやり、と触れた瞬間冷たさが手に伝わってきた。五年前と変わらない、冷たい手。
 俺はその手を振り払うと、渦見はきょとんとした顔で俺を見た。

「繋ぐなよ、手」
「ひひっ」

 何が楽しいのか、薄く笑うと、渦見は俺の横に並んで歩きだした。


***

 結局、俺たちは近くにあるファミレスに来ている。相変わらず人目を引く容姿をしているけれど、二人で話すくらいなら、人目を引いた方がいい。二人きりで話すなんて御免だった。
 最後にこいつにされたことを、俺は忘れてなんていないのだから。

「俺、これ食べよ。笠原決めた?」
「何しに来たんだ?」
「食べないの? じゃあ俺が適当に頼んじゃうね」
「渦見」
「ご飯、食べないと元気でないよ」

 にこにこと明るく言うけれど、俺は別にこいつと飯を食いに来たわけじゃない。
 何しに来たのか、聞きたいだけだ。店の端にある席に腰掛けると、夕食時には時間がずれているらしく、まだ店内はまばらだった。あと少しで、人も多くなるだろう。
 渦見は店員に注文を終えると、先に頼んだアイスフロマージュをストローで啜った。俺も頼んだコーヒーを一口含み、喉を潤す。さっきから、こいつを前にすると乾いて仕方がない。

「元気だった?」
「お前、俺の話聞いてんのか」
「あひゃっ、ごめんごめん、聞いてるよ」

 そういって笑う渦見の姿は、やはりあの頃とあまり変わってはいなかった。

「……その格好、お前、なに、どっか就職したの?」
「ん? 似合う?」
「……ああ」
「旭がさあ、会うんだったら髪染めたらって。俺ももう子供じゃないんだから、バカみたいな色やめろってさ〜、俺あの色気に入ってたのに」
「お前、俺と知り合った時点で既に成人してただろ」
「あひゃひゃ、20歳はまだ子供だよ!」
「お前は25になっても子供だろ」
「あひゃひゃひゃ! 厳しい!」

 けらけらと笑いながら、渦見はまた一口、ジュースを啜った。ごくりと喉を鳴らすと、一拍置いて、渦見が昔と変わらない瞳で俺を射抜いた。その目線に、ぞくりと体がわななく。

「ところでさ、笠原」
「……なんだよ」
「まだ、あいつと暮らしてるんだ?」

 その言葉に、体がぎくりと固まる。
 あいつが誰か、なんて、考えるまでもない。

「……お前に関係ないだろ」
「あるよ、だってあいつ、俺の弟だもんね」
「…………」
「笠原さあ」
「な、んだよ」
「なんで、あいつと一緒にいるの?」

 近づいた顔が、じっと俺を見つめる。渦見のでかい瞳の中には、焦った俺の顔が写っていた。俺はすぐに目線を反らし、答える。

「お前には関係ないって、言ってるだろ。俺が誰と暮らそうが俺の勝手だ」
「ふーん?」
「そもそも、俺はもうお前と関わる気なんてない」
「んー……」
「もう、近づかないでくれ」

 俺の言葉に、渦見は何も返さず、ただ笑っているだけだった。俺の言葉、まともに、捉えているんだろうか?
 やがて、店員が料理を運んでくると、ぴりぴりとした空気が一瞬揺らいだ。渦見はハンバーグ定食を前にすると嬉しそうに箸を手に取った。子供っぽい仕草に、スーツがアンバランスに感じられる。この格好は、もしかしたら小学校というセキュリティがしっかりした所で怪しまれないための、フェイクだったのかもしれない。

「笠原、なんでジャージなの?」
「今日体育の授業があったし」
「ふーん、笠原先生だもんね」
「…………俺、もう帰る」
「帰るの? またね」
「止めないのか」
「今日は会いにきただけだから」
「……もう会わないっつってんだろ」
「それは無理だよ」

 何がどう無理なのか聞こうかと思ったけれど、どうせ聞いた所で、まともに答えてなんてくれないんだろう。
 コーヒー代だけをテーブルの上に置くと、俺は鞄を抱えて席を立った。

「奢るよ?」
「いい」
「ふーん」

 意外そうに目を丸くしたけれど、もう興味がなくなったのか、すぐにまた食事に戻ってしまった。何かあるかと思っただけに、拍子抜けだ。
 結局、大げさに怖がっていたのは、俺だけだったんだおうか。聞きたかったことは全く聞けなかったけど、渦見が何を考えているのかなんて、俺にはわからない。
 またね、と渦見は言うけれど、俺はもう会いたくなんてなかった。


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