A


「布団ー!」
「はー、すげえ変な目で見られてたよ……もうやだー」

 受付の人の視線に耐えながら、モニターで選んだ部屋に入った。ラブホなんて普段行かないし、そもそも相手がいねーし高いしでシステムがよくわかんねーけど、男同士なのに、よく止められなかったなと思う。まあ、すごい変な目で見られてはいたけど。完全にホモだと思われた。いや、ある意味これからすることを考えたら間違っちゃいないのか? くそ、どうしてこうなった。渦見は、男同士で入れるホテルとか、調べてたんだろうか、それとも、単純にラッキーだっただけか? 俺にとってはアンラッキーだけど。
 そこは和室ベースの部屋らしく、薄い盆提灯の灯りが、部屋をムーディに演出していた。畳に敷かれた大きめのサイズの布団の上に、渦見がダイブする。足をばたつかせて、ケラケラと笑っている。子供か。赤い階段箪笥の中には、なんか見ちゃいけないような、大人の玩具が取りそろえられていた。うーわー、見なきゃよかった。
 俺は近くに荷物を置くと、頭を抱える。

「…………」

 さーてと。つい、勢いで一回だけなら、とか言っちゃったけど、これからどうすりゃいいんだろう。女と違って、突っ込む穴がないんだし、俺、何すりゃいいの? ていうかやっぱなかったことになんないのかな。二人でマリカーとかしてた方が、俺的には楽しいんだけど。いや、もしかしたら渦見の冗談っていう可能性もまだ否定できない。

「な、なあ渦見」
「笠原も、こっち来て」
「あ、ああ。あのさ……」

 手を引かれて、布団の上に誘われる。ああー、なんか冗談の線薄そう。そりゃいくら渦見でも、冗談でホテルまで入んねえか……。一度やると言って、ホテル代も出させた手前、なんて切り出せばいいのか。言葉に迷っていると、渦見が俺の肩を掴んで押し倒してきた。

「ねーねー、ちゅーしていい?」
「あー……っていうかさ、渦見。やっぱりやめ、ん」

 言い終える前に口を塞がれる。柔らかい感触が俺の唇にあたり、目の前には、目を瞑った渦見の顔があった。俺が少しだけ手足をバタつかせると、その双眸が開き、視線がかち合う。瞳の中には、焦る俺の姿が映っている。

「……お、お前な」
「あひゃひゃっ、笠原はムボービだよね!」
「うるせ……っておい!?」
「ん?」
「……ど、どこ触ってんだよ」

 いつの間にやら、ズボンのベルトに手がかけられていて、その手は俺の下着の中に入り込み、ぎゅうと、俺自身を掴んでいた。まさかいきなり掴まれるとは思っていなかった。手早すぎんだろ、お前って淡泊な奴かと思ってたけど、そういう奴だったの? っつーか、なんかおかしくないか。この構図。渦見はというと、キョトンとした顔で首を傾げている。

「だって、ヤらせてくれるんでしょ?」
「? ち、ちょっと待て! ヤるとは言ったけど、ヤらせるとは言ってない!」
「そうだっけ、まあいーじゃん。別に」
「よくねーわ!」

 ヤるとヤられるじゃ大違いだ。俺が突っ込む側だと思っていたのに、渦見の中では全くの逆だったらしい。シャツをたくし上げてくる手を掴んで、俺は渦見を睨みつけた。

「なんで俺がヤられる側なんだよ!」
「ていうか、逆になんで笠原は自分がする側だと思ったの? 俺よくわかんない」
「だって、俺男だし!」
「俺もだけど」
「……お、お前、俺で勃つか?」
「それは笠原も一緒じゃーん。勃たなかったら、やめるよ」
「え、ほんと?」
「うんうん、ほんと」

 頑として譲る気配のない渦見に、俺は口を噤んだ。でも、勃たなかったらやめてくれるのか。少しだけ希望が見えた。俺が渦見の立場だったら、勃たない確率の方が高そうだし。けど、誘った側が勃たない確率ってどんくらいのもんだ? 挿れられるのって痛そうだよな……。
 ……いや、まて、流されるな! なんか俺がやられる側ってことで落ち着きそうになってるけど、ここはちゃんと主張すべきだ。のし掛かってくる渦見を押し返して、言葉を返した。

「いやっ、でも俺は」
「それに、笠原どうすればいいのかわかんないでしょ」
「…………う」
「これからどーしよって困ってたくーせーにー」

 ぐりぐりと、頬をつつかれる。そこを言われると、俺は黙るしかない。そりゃ、男同士のやり方なんて知らねえよ。ていうか、知ってたらやだろ。目線を外した俺に向かって、渦身は密やかな笑みをこぼすと、そのまま屈んできた。柔らかな髪が、俺の首もとにかかって擽ったい。鎖骨に鋭い痛みが走ったと思えば、渦見が俺の鎖骨に噛みついていた。

「いっ……」
「俺が全部やるからさあ」
「け、けど俺、そういうのマジでやったことない」
「だいじょーぶだいじょーぶ。あひゃっ、笠原は何もしなくていーよ」

 ちゅ、という音を立てながら、渦見の唇が首元から下へと、どんどん落ちていく。熱を含んだ柔らかな感触に、肌が粟立つのを感じていた。

「っ……う」

 言い様のない恐怖が、俺を襲う。さっきまでは、なんとなくどうにかなるだろうという甘えみたいなもんがあったけど、じわじわと退路を塞がれている気がする。上唇と下唇で突起を食まれた瞬間、肉食動物に捕らえられた、草食動物にでもなった感覚を覚えた。え、食われる? 俺このままこいつに食われんの?
 つい数時間前まで、病院に居たかと思えば、なんでこんなことになってんだろ。そもそも俺、何もわかってなくね? 確かめたい事ってなんなんだよ?
 渦見も、なんだってこんな事しようだなんて言い出したんだ。ぐるぐると回る思考の中で、再び、俺のモノに渦見の手が触れた事で、正気に戻った。

「わーー!」
「……なに」
「いや、あの、やっぱさ、こういうのって良くなくね? どっちがヤるとか、ヤらないとかじゃなくて、俺らって、一応友達みたいなもんだし、こう言うこと、すること自体おかしいじゃん? やめよーぜ」
「一回だけならいいっつったでしょ」
「だ、だけど、あん時はホラ、俺が下とか思ってなかったっていうか、マジでするって思ってなかったし」
「…………笠原ぁー」
「な、なに」

 にぃっと不気味に口の両端を釣り上げて、渦見が俺の手を押さえた。布団に押しつけられて腕に力が込められて、顔が僅かに歪む。薄橙の照明を背に、逆光で渦見の顔が陰っている。

「いっ……て」
「あんま、俺を怒らせないで」
「…………お、怒らせるって」

 笑ってはいるけれど、その表情は確実にイラついているように見えた。薄く開いた口からは、赤い舌が覗いている。ぺろりと舌なめずりするように笑まれ、俺は若干の恐怖を覚えた。渦見はいつもヘラヘラと笑っていて、怒るなんてこと滅多にない奴だから、そんな風に凄まれると怖い、というか、どうすればわからない。狼狽えている俺に向かって、渦見の顔が近づいてくる。普段笑顔の奴が切れると怖いって本当だな。けど、だからってそのままやられるのは、男としてどうだろう。
 ぐ、と拳をにぎって、渦見を見返した。

「で、でもさ」
「何」
「………………あー…………っと」

 見返したけど、すぐ屈した。なんなのこいつ、超怖いんだけど。声とかめっちゃ低いんだけど、お前普段もうちょっとテンション高いじゃん? あひゃあひゃ笑いながら虫取り網振り回しるような奴だろ? 暢気を地でいく奴じゃないの?
 なのに、なんでそんな低い声で笑ってんだよ。なまじ顔が笑顔なだけに怖いんだよ。背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。覆い被さってくる渦見が怖い。断れ、俺、早く断れ。
 しかし、布団に縫いつけられた手は未だに剥がれない。

「う、渦見」
「だから、なに」
「……あ、えっと、ふ…………」
「ん?」
「ふ、風呂、先に、入ろうぜ……、ほら、夏だし……、ダメ?」

 苦肉の策とばかりに、わけのわからない言葉を口走ってしまった。とっさの回避行動。夏だしってなんだ。夏は関係ないだろ。しかし、意外な事に、その言葉に渦見は機嫌の悪さを消し、満面の笑みを返してきた。手に掛かっていた圧力がなくなり、渦見が退いたことで、真上に掲げられていた照明の光が目に飛び込んできた。眩しさに、少しだけ目を細める。

「……あひゃっ、そーだね! 先にお風呂入ろっか!」

 ほっと胸をなで下ろした。とりあえず、今の危機的状況は回避出来たようだ。俺の上から退いてくれた渦見は、鼻歌交じりに浴室の方へと向かっていく。……やっぱ、俺も一緒に入らなきゃいけないんだろうか。なんか、どんどん自分の退路を塞いでいる様な気がしないでもないけど、もしかしたら風呂場で萎えて気が変わるかもしれないし。可能性という言葉に賭けて起き上がり、緩慢な動作で、渦見の後に続いた。渦見はすでに上着を脱ぎかけていて、白いけど筋肉質な肉体が露わになっている。……俺も、別に鍛えてないわけじゃないんだけどな。自分の貧相な肉体を見て、少しだけ悲しくなった。

「先に準備とかもしなきゃだしねっ」
「あー……はは。おー……ソウダネ」

 準備? 準備って何?
 無邪気な笑顔の裏にある狂気に気づかないフリをして、俺は布団の上に転がっていた自分の上着を、荷物の上に放った。


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